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2019年12月31日 (火)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の3水月之大事

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の3水月之大事

居合太刀打共 水月之大事 口伝 古歌に

水や空空や水とも見へわかず
      通ひて住める秋の夜の月

おしなへて物を思はぬ人にさへ
      心をつくる秋のはつ風

秋来ぬと目にはさやかに見へねども
      風の音にぞ驚かれぬる

右の心にて悟るへし我は知らね共敵の勝をしらする也、其ところ水月、白鷺、とも習有るべし、又工夫すべし

居合、太刀打ともに「水月之大事」で口伝、歌に託す

 水や空空や水とも見えわかず通いて住める秋の夜の月「水なのか空なのか、空なのか水なのか区別が出来ないような澄んだ日には、どちらにも通って住んでいる様に秋の月は見えるよ」と歌っているのでしょう。橘俊綱の歌会で「水上の月」」のお題に、それを聞いた田舎兵士が歌ったものとか、ミツヒラは和歌の道など歌を詠んでなるほどな~と関心はしても、その歌の詠み人や出典を知ろうなどと思う事すら暗すぎてトンと出典は判りません。
 居合太刀打の歌心は其の澄み切った無心で敵と対すれば、相手の心が我が心に見えて来るものだというのでしょう。

 おしなべて物を思わぬ人にさへ心をつくる秋の初風「一般的に物思いなどしない人でさえ、もののあわれを覚えさせる秋の初風」と読んでいますが、この歌は新古今集にある西行法師の歌とされます。
 物を思うは恋心とも解釈できるでしょう、「恋心を感じた事も無かったのに、頬に当たる秋の初風は、もののあわれを覚えさせる風であれば、台風でも無さそうだし、心地よい秋風でも無さそうで、冷たく木の葉を吹き散らす風をイメージしてしまいます。そんな風が吹くとしみじみとした気持ちになるというものです。
 さて、居合太刀打の「水月の大事」に残された歌として、どの様に結び付けたらいいのでしょう。相対して向かい合う時、無心な我が心に、相手の僅かな動きに、相手の変化を感じとれるものだ、と云うのでしょう。

 秋来ぬと目にはさやかに見えねとも風の音にぞ驚かれぬる「秋立つ日詠める」と題された古今和歌集にある藤原敏行の歌「秋立つ日とはいうものの、秋を目にハッキリ見えないのだけれど、吹く風にハッと気が付く」と歌っているのでしょう。対する敵も静かに構えているのだが突然ここぞと打込まんとする気勢によってハッと感じて応ずるものだ。

 この三首の歌心である水月の大事と白鷺心を習得する事によって相手の動きを知り応じられなければ敵を勝たせるばかりである、其の処を良く習いなさいと言って居ます。

 古伝神傳流秘書の居合心持肝要之大事の居合心立合之大事では「敵と立合い兎やせん角やせんと巧む事甚だ嫌う、況や敵を見こなし彼が角打出すべし其所を此の如くして勝たんなどと巧む事甚だ悪しし、先ず我身を敵の土壇と極め何心なく出べし。敵打出す所にてチラリと気移りて勝亊なり、常の稽古にも思い案じ巧む事を嫌う、能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」と居合太刀合の心持が述べられています。
 常の稽古にも此の心持ちを忘れずに稽古するのだと諭してもいます。

     

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