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2019年12月15日 (日)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の16人いかに腹を立て

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の16人いかに腹を立て

人い可尓腹を立徒ゝい可累とも
       心尓刀拳者奈春那
*読み
人いかに腹を立てつゝ怒るとも
       心に刀拳はなすな
(ひといかにはらをたてつついかるとも
       こころにかたなこぶしはなすな)

「人如何に腹を立てて怒っても、心に刀、拳(こぶし)放すな」此れでは意味が伝わってきません。上の句は「人は如何に腹が立つ事が有って怒るとしても」で良さそうです。下の句は「心は、刀も拳も放すなよ」「心は決して刀を抜くとか、拳で打ち据えるとかしてはならない」と読んでみたのですが、もっと深い意味が秘められているのでしょうか。
 前の歌が「居合とは心に勝が居合なり人に逆ふは非がたなりけり」でした。居合とは己の妄心に本心が負けてしまわない様にするのが居合なのだ、人の言に惑わされて逆らうなどは本意では無い」と歌った後ですから、更に、「武力で以って解決しようなどと考えるな」と追い打ちを掛けられたのは私だけでしょうか。
 
 妻木正麟著田宮流居合歌の伝「人さまに腹をたてつついかるともこぶしをみつめ心志ずめる」この歌は元歌ではなく、新庄藩の歌心を理解した上で歌の伝として伝承して来た様な気がします。
 新庄藩寛政3年1791年の伝書では「人い可に腹越立つゝい可るとも心耳か多れ拳者な須那(人いかに腹を立つつ怒るとも心に語れ拳葉放すな)」下の句の最後の句は「拳は為すな」とも読めますが意味は同じでしょう。
 新庄藩明治44年1912年居合秘歌巻「人いかに腹をた傳てい可るとも心尓刀拳ゆるしな(人いかに腹をたてていかるともこころに刀拳許しな)」。「拳許しな」の意味を拳で打つことぐらいはいいよと云うのか、刀も拳も許してはならないのか、答えは腹の立つ事に対して如何様に考えて行動するのか、居合を学ぶ者の人生哲学によるとしたのでは伝承すべき価値は無さそうです。
この歌は如何に腹立たしくとも、刀を抜くな、拳も振るうな、相手の意図する事をとことん聞いて、和する糸口を見つけ出せ、居合とは神妙剣であると云い切っていると信じます。個人対個人でも、国と国でも同様で何時迄武器を以て多くの人を、それも権威も権力も振るわずに平和に暮らす一般人を殺めて意味のない争いを人類は続けていくのでしょう。
 国境のない世界を実現するには、国を治めようとする人の存在が邪魔するのでしょう。
 曾田本その1にはこの歌に相当する居合兵法の和歌はありません。

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