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2019年12月29日 (日)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の1心水鳥

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の1心水鳥
右の心は水鳥と気を付工夫有べし 古歌に

帆を掛けて急ぐ小舟に乗らずとも
     行く水鳥の心知るへし

水鳥の水に春めども羽はぬれ須
     海の魚とて汐はゆくなし
(水鳥の水に住めども羽は濡れず
     海の魚とて汐はゆくなし)

古伝神傳流秘書の冒頭は「抜刀心持引歌」から始まります。
「荒井清信公言う 夫居合とは手近き勝負柄口六寸の大事あり其の形を亊となし前後左右之を知り先居合抜申形は「◯の中に▲」如斯
 1、身を正しくして抜申形肝要也 つりぬをたとえば(?) 面 薄桜
 1、居合之位 身の掛り 鉢の木口伝

   心水鳥
 右の心は水鳥と気を付け工夫有るべし  古歌に」

 江戸に於いて荒井兵作信定(名を改め荒井勢哲清信)から伝授され、土佐に居合をもたらした林六大夫守政の残された無雙神傳英信流居合兵法、古伝「神傳流秘書」は原本は不明ですが山川久蔵幸雅によって文政二年1819年に書き写され坪内清助にもたらされています。その神傳流秘書の冒頭の「抜刀心持引歌」なのです。
 土佐の居合も御多分に漏れず、明治維新によって絶え絶えであったものが板垣退助の肝いりで、後藤孫兵衛正亮先生・大江正路先生に依って復活し、江戸後期には流名を改めたのか無雙直傳英信流居合兵法とされて現在まで引き継がれています。所謂土佐の居合の始まりはこの「抜刀心持引歌」によって居合心を伝えてきます。

 林六大夫守政の師荒井清信公が言うには、居合と云うのは手近に云えばその勝負は柄口六寸による大事な奥義である。その形を体に浸みこませて前後左右の相手に応じる抜刀の形である。
 1、身も心も正しくして抜き付ける形が肝要である。其の抜く際の形は空中から吊り下げられているイメージで軽く膝を曲げ、足裏で床を踏み、丹田を稍々斜め前下に押し出す、お能の立姿を「つりぬ」と云ったのかも知れません。そして顔は、気張らず、こわばらず、威圧せず、ほんのり桜色とする。
 2、居合の位、身の掛りは、能の一曲「鉢の木」をイメージする様にとの口伝。前述の立姿や、能「鉢の木」の北条時頼と佐野源左衛門尉常世の相手の心を思いやる気持ちを示唆していると思います。

 「心水鳥」居合心は水鳥と同じと気を付けて工夫しなさい。その心は古歌に歌われている。
 帆を掛けて急いで水面を走り抜ける様な気分で相手に応じるのではなく、水鳥が水面を静かに滑るように進むあの姿を場に臨んでも失うなと、うたっている。
 そうであっても、水鳥は水に住んでいても羽は濡れないし、海の魚だとて汐に浸されてしまわない、その様に相手に飲み込まれず己を忘れず応じる事。
 
 遠い昔、百人一首や古文の時間に和歌を嘗めただけの世代なので、歌心などとんと音痴で読み切れないものです。然し古歌を読み解くばかりの国語学者では無いので、居合と云う武術を修業する身が、その奥義を求めて思いを致せば、其の力量のレベルで読み解くことは出来るかもしれません。
 断って置きますが、習っただけの形を見事に演ずるばかりの演舞修行者には歌心も不要でしょう。

 
 

 

 

 

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