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2019年12月 7日 (土)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の8居合とは

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の8居合とは

居合とは押詰ひしと出春刀
     刀ぬく連はやがて徒可累ゝ
読み
居合とは押し詰めひしと出す刀
     刀抜くればやがてつかるゝ
(いあいとはおしつめひしとだすかたな
     かたなぬくればやがてつかるゝ)

 この歌の解釈は何ともわかりずらい、意味を考えずに読むだけなら簡単ですが、文字を拾ってみても何にも伝わってきません。
 何処かにテキストは無いものかと思いつつ私ならこう解釈したいという気持ちで読んでみました。
「居合と云うのは気を籠めてピタリと抜き出す刀法である、刀を抜いてしまえば居合心に浸されるであろう」

 読まれたままに、「居合と云うのは押し詰めて行って、ピタリと抜き出す刀である、刀を抜いてしまえばやがて疲れる。」
 或は「・・・逆に突かれてしまう。」ではお粗末でしょう。
 此の歌は寛政3年1791年の新庄藩の伝書にも「居合とハ押詰ひ多と出須刀刀ぬ九れハや可て徒可るゝ」
 同様に明治44年1912年の新庄藩の伝書にも「居合とは押詰ひしと出刀可奈抜連はやがてつ可るゝ」
 曾田本その1の居合兵法の和歌には同じ歌は見当たりません「居合とは心を静抜刀ぬ希ればやがて勝を取なり」が近い歌かなと思いますがさて下の句が気になります。
 妻木正麟著詳解田宮流居合の歌の伝は曾田本その2と同じ歌い出しで「居合とは心を志ずめたる刀かたなぬくればやがてつかるゝ」とあります、下の句が新庄藩の歌と同じです。歌心が伝わる様に変化していったのかも知れません。
「つかるゝ」を「突かるゝ」と解釈するのは、私には疑問ですからここは「浸かるゝ」いわゆる「浸(ひた)れる」と読みたいものです。
 2011年の秘歌之大事のこの歌の解釈はひどいものですがあれから8年経っても、似たようなもので泣けてしまいます。それとも少しは進歩したと云えるでしょうか。
 曾田本その1の居合心立合之大事に「先ず我身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし敵打出す所にてチラリと気移りて勝事なり」とあります。この「我が身を土壇ときわめ」の心持が居合の大事であり「居合とは押詰ひしと抜く」と通ずると思うのです。 

 

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