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2019年12月11日 (水)

道歌1極意之秘歌(林崎新夢想流 新庄藩)1の12下手こそは

道歌
1、極意之秘歌(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の12下手こそは

下手こそハ上手能上乃可多利もの
      かへ春〵もそし里者し春奈
読み
下手こそは上手の上のかたりもの
      かへすがえすも誹りはしすな
(へたこそはじょうずなうえのかたりもの
      かへすかえすもそしりはしすな)

 此の歌は新庄藩の寛政3年1791年の伝書に「下手こそハ上手能うへの可さり毛の可へ須可へ須(?)もそ志り者しす那(下手こそは上手の上のかざりもの返す返すもそしりはしすな)」で「下手こそは上手の上のかざりもの・・」「であって「上手の上のかたりもの・・」ではありませんが意味は同じ様にとらえられそうです。
 明治44年1912年の新庄藩の伝書では「下手古そハ上手能上乃かさり物返春返春毛そ志り者し須奈(下手こそは上手の上のかざり物返す返すもそしりはしすな)」で変体仮名の文字は違いますが歌は伝承されています。
 妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝では「下手見ては(下手こそは)上手の上のかざりなり返すかえすもそしりはしすな」。
 曾田本その1の居合兵法の和歌では「下手こそハ上手の上の限りなれ返春返春毛そ志り者し春な(下手こそは上手の上の限りなれ返す返すもそしりはしすな)」となります。
 この歌のポイントは「かたりもの」・「かざりもの」・「かざりなり」・「限りなれ」の処と、「そしりはしすな」のところでしょう。

 限るは、他に例の無いまざりもののない最も良いかざりもの、そしるは謗る・誹る、悪く言う、避難する、けなすでしょう。そこでこの歌心は、「下手こそが上手の人の癖などのない真っ新な見本である繰返して言うが誹るものではない」というのでしょう。新人が入門して来ると手取り足取り教えているのか、かまっているのか暫らくは寄り添っている古参が、其の内「にぶくて、何時まで経っても出来ないへたくそ」など悪く言って居ます。自分の指導や形が癖だらけでポイントが見えないへぼ先生である事を棚に上げています。名人上手と云われても長い修錬で其の人独特の癖が良きにつけ悪しきにつけ表面に出て来るものです。そんな時下手と云われる人の形を見ながら、其の流の真髄に立ち戻る最も良い見本が下手な人の居合なのです。
 こんな今から300年も前の歌に、指導者の有るべき姿が語られています。当時も監督やコーチに類する人が権威を持った権力者と錯覚し、夢中で学ぼうとする人たちを痛めつけていたのでしょう。それを見てこの歌が歌われ、今日まで伝承されにもかかわらず、相変わらず繰り返している事に嫌な思いと無駄な時間を費やすことに、心を痛めるばかりです。
 師たる者は、貴人に手ほどきする程の心遣いをもって指導すべきものでしょう。

 

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