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2019年12月17日 (火)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の18二人には

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の18二人には

二人尓ハ加多禮さり介り悪刀曾
       剣に恐禮て手ハ出さり希里
読み
二人には勝れざりけり悪刀ぞ
       剣に恐れて手は出ざりけり
(ふたりにはかたれざりけりあくとうぞ
       けんにおそれててはでざりけり)

 新庄藩 寛政3年1791年 和歌之大事「二人尓は加多連さ里▢り悪刀そ剣尓恐亭手者出佐り介利(二人には勝れざり▢り悪刀ぞ剣に恐れて手は出ざりけり)」
 新庄藩 明治44年1912年 居合秘歌巻「二人尓ハかた連さり介り悪刀耳テ剣耳恐て手ハ出ざり介り(二人には勝れざりけり悪刀にて剣に恐れて手は出ざりけり)」
 曾田本その1の居合兵法の和歌にはこの歌はありません。妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝にもありません。

 此の歌の読みは細部に誤りがありそうですが、「林崎明神と林崎甚助重信」なかで最も古いのが新庄藩元禄14年1701年のこの歌ですから、そこから想像する以外にないでしょう。

 秋田藩の林崎流居合天明8年1788年の伝書に「二人尓盤可多連さり介り志能支つゝ▢▢尓お曾禮て手盤出尓介利(二人には勝たれ(語れ)ざりけりしのぎつつ「剣に?」恐れて手は出でにけり」文字の判読が十分できませんので参考迄。写真版ですから読み込めませんが原本を見れば少しは進むかもしれません。
 二本松藩の林崎神流文化10年1813年に「二人尓ハ勝連ぬ處と聞ぬ連と身▢能上尓勝ハ有り介り(二人には勝たれぬ處と聞きぬれど身▢の上に勝は有りけり)」此れもかんじんな処が読めません。
 これらの歌を総合すべきでは無いでしょうが新庄藩の歌を読み直してみます。「二人には勝たれざりけり悪刀剣に恐れて手は出ざりけり」居合には敵は一人だけではなく複数の業も、複数の場合の心得も残されています。そうであればこの歌心は「二人には勝たれざりけり未熟者、剣に恐れて手は出ざりけり」となってしまいます。術理に従った刀法を身に着けなさいと読むべきでしょう。
 文字や助詞などが変わる歌は恐らく伝承しても元歌の心が読めずにいじくりまわした結果となるかもしれません。ミツヒラブログに正しい読みをコメントいただければと思います。 思いつくままに

 

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