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2019年12月 5日 (木)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の6鍔はたゞ

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の6鍔はたゞ

鍔ハ多々拳能楯と聲物を
      婦とくも不とく奈幾ハ非がこと 
読み
鍔は只拳の楯と聞くものを
      太くも太く無きはひがごと
(つばはただこぶしのたてときくものを
      ふとくもふとくなきはひがごと)
*
 此の歌の解釈は「鍔はただ単に、拳を守る楯と聞いているが、それならば大きいほど相応しいが、無いとなれば不都合だ」と歌っていると読めるのです。
 妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝には「つばはただ、こぶしの楯とするものを ふとくはふとくなきはひがごと」の次に「ふっと出る刀をおもいさとるべし、夢想の刀鍔は構はし」と並んでいます。鍔は無いと不都合でも意識の中にあるものではないと言って居るのでしょうか。

 新庄藩の林崎新夢想流には明治以降まで伝承していた歌で、曾田本その1にも居合兵法の和歌として田宮平兵衛業政之歌として伝わっています。
 現代居合でも古伝神傳流秘書の居合でも、居合として鍔の大小を云々する教えは見当たりません。秘歌之大事の新庄藩の林崎新夢想流は居合だけでは無かったとすれば鍔の有無は勿論その大きさも意味をなしていたかもしれませんが良く理解できません。
 この流の極意は「柄口六寸」です、現代居合では失伝している敵の拳に抜き付けるのであれば、敵の拳の楯となる鍔は邪魔なものです。しかし鍔の無い刀は短刀位ですから、鍔を気にして拳に斬り付けられない様では困ります「夢想の刀鍔は構わし」鍔などに捉われずに打込めというものです。
 無双直伝英信流居合道型の稽古で鍔付き木刀を使用する様指導されました。ところが別の古流剣術では鍔無しの木刀を使用します。真向打ち合ったりして木刀が滑り落ちてきて拳を痛めるから鍔で請けろと云うのですが、古流剣術では真向打ち合って間が少しでも近いとなると鍔が拳に当たってかえって拳を傷つけます。当然どちらも未熟だからのことです。
 居合抜きで、大刀に装着する鍔で右拳を鍔より指の太さ位離しても、抜き付けの際拳を傷つける事もあります、やや小ぶりの鍔で縁金に指が振れない様に握る必要もあります。
 また、刀を抜く際の鯉口を切る時に容易であるとか、鍔のお陰で刀身に柄手が滑り込まないとか、刀身と柄、或いは鞘との仕切りであったり、刀のバランスなどは鍔で調整できますからそれはそれなりの有効性は十分あると思いますが、絶対こうあるべきには至れません。

 この歌の本来の意味はこの程度のものでは無かったかもしれません。鍔を有効に使った業が土佐の居合の以前にあったかも知れません。思い付きではない文献等で実証できるものに出合えていません。
 

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