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2019年12月27日 (金)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の28終りに

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の28終りに

道歌1秘歌之大事は27首を以て終ります。
秘歌之大事は編著林崎甚助源重信公資料研究委員会による「林崎明神と林崎甚助重信」に収集されている新庄藩の相馬忠左衛門政住から田口彦八郎へ元禄14年1701年伝授されたものになります。
 本来ならば居合振武館に展示されている原本から読みとくべきものかも知れませんが、同資料研究委員会の原本写真を使用させていただきました。
 現在の処、この秘歌之大事に相当するもので、より古い林崎甚助重信を始祖とする居合の道歌は見聞きしていません。
 新庄藩には更に寛政3年1791年に常井大膳から押切傳之進へ伝授された林崎新夢想流の伝書の中にある「和歌之大事」、及び明治44年1911年松坂次郎左衛門臣盛から早坂理三に伝授された伝書にある居合秘歌巻が同書に原本写真が収録されていますのでそれを参考にさせていただきました。
 土佐の居合に於ける和歌は曾田本その1の巻末にある山川幸雅伝「居合兵法の和歌32首」で、田宮平兵衛業政之歌として文政4年1821年坪内長順から坪内清助に伝授された曽田先生の直筆書写を使用させていただいています。
 曽田先生が書き写された伝書については、一切不明です。曽田先生は恐らく土佐の居合の歴史的資料としてよりも、自らの居合修行に於ける参考として書き写されたものだろうと思っています。
 そのほかに、田宮流居合歌の伝26首を妻木正麟著詳解田宮流居合から使用させていただいています。
 これらの参考資料を置いて「秘歌之大事」を読まなければならなかった理由は、古文書の文字は紙や墨の経年変化に依る消失よりも、書かれた人の時代や地域に依るのでしょう、書体や当て字の癖、更に居合と云う独特の武術を理解していなければ文字の判読より歌の読み解きが厄介である事に依ります。
 従って、秘歌之大事の前書きに資料研究委員会では「新庄で発見された伝書では最古のものであるので、秘歌の大事を次に紹介することにしたが、下段には、読み易くするために天童郷土研究会長、伊藤文治郎氏の筆による解読歌を付した」と文字の判読から秘歌を読み解かれています。
 伊藤会長も大変ご苦労されて解読されたと思いますが、私も原本写真を基礎として解読して見ました。いくつか伊藤会長と異なる読みが点在しているのは、秘歌之大事が居合の極意を歌っている筈と心得、それを基礎として読み解いて見たわけです。
 一字ごとに、ルーペを片手に文字を解読する作業は手間取るもので、一句平均3時間は費やしてしまい、読めればその歌が示している極意のありようは何処にも参考とするものはなく、自らのつたない力量の範疇でしか読み取れないものでした。
 2011年に秘歌之大事をアップしておりますが、消去せずにそのままにしております、今回はその改訂版と最初は思ったのですが、殆んど参考にもしないで今回のものを書き込んでいますので、「前にああ言ったのに今回はこう言うのか」と言われる事もあろうかと思います。少しの進歩も無いのであれば悲しい事です。
 秘歌之大事をお読みいただいた方から、この歌はこの事を示唆しているとご教授頂ければ幸いです。
 次回は、秘歌之大事27種の読みを一括しておきます。

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