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2020年1月 3日 (金)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の6止ると思はば其所に止れよ

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の6止ると思はば其所に止れよ

居合抜覚へるとはやく抜せす故に詰合の位能く執行有へし只太刀を抜くと計り思ふへから春抜春して勝の利あり是亊の位にて教ゆへし 人の我をとらへて抜かさしと春る時必す抜まし我をとらゆる人を此方より取りたおすへし或ハ先に(とられてもかつこともあり)とられぬ位在るべし 敵の仕懸により春く二とゞまり勝亊も有り 或ハ其気をさけて勝事も有り みな敵の仕懸に依るなり
工夫有るへし 歌に

止ると思はゞ其所に止れ与
      行と思はゞとくとくと行け

あだとのみ人をつらしと何か思ふ
      心与我を憂きものと知れ

右の心にて工夫あるべし 然れ共剛力或ハ色々と理屈を云うふ人有らば皆我敵と知れ 然れ共夫々に心を取られ迷ふ亊勿れ 歌に

無用なる手詰の論を春へから春
      無理な人二ハ勝て利はなし

「居合抜覚えると早く抜かせず、故に詰合の位よく執り行う事有るべし」この文章は何を云いたいのかよくわかりません。原書の写し違いなのかですが、曽田先生は「・・早く抜かせず」ですが写し書きの際「・・早人抜かせず」として「く」を「人」と書かれているのを迷って「く」と決められています。
 木村栄寿先生は林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」ではここを「・・早人抜かせす」と読まれています。行草連綿の江戸期の書体、それも当時は余程の能筆で役所の決まりごとに依る字体を持たない市井の人での書は厄介です。「く」は「久」の崩し字か、「く」でしょうから「人」の崩し字は使う文章を理解出来ていないと泣かされます。
 ついでに河野先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」ではこの部分で「・・・執行有へし」を「・・執行省へし」と曽田先生の「有」の草書を「省」に読んでいます。
 此処は、読んだ人がこの全体の文章の流れから、想像しなければならない処でしょう。何処で文章を区切るのかも句読点は無いので想像せざるを得ません。
 「居合抜覚えても直ぐに抜くばかりを考えてはならない、従ってお互いに詰め合って座す時の位取り(位置)をしっかり学ぶ事です」私はこの様に解釈します。「詰合の位」と有るのですぐに組太刀の「詰合」を思い描くのはいいのですが、その「詰め合う」意味を考えるべきでしょう。棒振りばかり思い描かない事です。ついでに、古伝は「詰合」であって「詰合之位」とは言って居ません。
 次の文章は「ただ太刀を抜くとばかり思うべからず、抜かずして勝の利あり、是は事(業)の処で教えるべきである」ここでの「位」は「位置付け」でしょう。
 「人の我を捕えて抜かさじとする時、必ず抜くまじ、我を捕らゆる人を、此方より取り倒すべし。或は先に捕られぬ位(方法、業技法)有るべし。(捕られても勝事も有り)」この教えは、敵が我を羽交い絞めするなり、の柄を押さえるなり、ぬかんとする手を取るなり、古伝の大小詰や大小立詰で基本的な業と業手付が古伝神傳流秘書には示されています。その敵の抜かせないようにする防禦を脱するには、無理に抜こうとしないで相手を、取り倒してしまえというのです。「取り倒すべし」ですから相手を逆に倒して押さえなさい、という事で切り捨てろなどと云ってはいない事を考えて置くべきです。武術は敵を殺す事が目的ではない、土佐の居合の教えを思い出すべきでしょう。
 「敵の仕懸けに依り、(直に抜刀して斬ろうとする心)を留める事で勝事も有る、或いは其の気を避けて勝事も有る、皆敵の仕懸けに依るのである、斬り倒すばかりに思いを寄せずに、工夫有べきでしょう。 歌に」この項の教えを読み解きますと、土佐の居合は、コミュニケーションの食い違いを、武力で解決するなよ、先に武力で仕懸けて留められても、振りほどいて更に相手の出方を見て和する心を持ちなさい、と神傳流秘書の巻頭の「抜刀心持引歌」で既に語っているのです。

 武力行使の戒めを語っているのですが、歌にはそうであっても、やらねばならない時はやりなさいと歌っています。
「止まると思うならば、止まりなさい、行くべきと思うならば速やかに行きなさい」
「憎むべき人に情けを何故か思う事もある、我が心の憂いは有るものです」
「右の心にて工夫あるべし、然れども、剛力、或いは色々と理屈を云う人もあるならば、皆我が敵と知るべきでしょう。然れども、いろいろの事を考えて心を取られて迷う事はダメです。歌に」
「無用な小手先の理屈を云い合うべきでは無い、無理やり(自分に有利にしようとする)人と口論で勝っても何の利するものも無い」

 土佐の居合の根底に流れている武術哲学が語られています。武術論を棒振りのみと考えていたのでは、竹刀剣道を50年やってきた人が「若い人に勝てない」などと云って嘆くのと何ら変わらないでしょう。武術を修業する事の意味を考えさせられるところです。

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