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2020年1月 9日 (木)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の12身の曲尺

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の12身の曲尺

敵太刀打かたき我二切て懸る二はやく抜合せむと春れハ必す負事有能く工夫有へし 歌に

居合をば知ったふりしてつかるゝな
      居合の道を深く問ふへし

身の曲金の位を深く習ふへし
      留めねど留る事ぞふしぎや

「敵太刀うちかたぎ我に切って懸るに早く抜き合わせんとすれば必ず負ける事有り能く工夫有るべし」。敵は太刀をうち担ぎ我に切って懸るのに、早く抜き合わせ様とすれば、必ず負ける事有、能く工夫有るべし 歌に
 敵が太刀を上段に振りかぶって、我に切って懸る場合に、早く抜き合わせて請け太刀になろうとすれば必ず負ける事である、と云い切っています。
「抜合せむ」ですから、打ち込まれるのを抜き請けに請けようとすると解釈して見ました。竹刀剣道や木刀での太刀打などでは安易に打ち合わせて居ますが、真剣勝負では好ましいと云えません。間を外すとかの工夫は居合の稽古業にもあるもので心すべきものでしょう。

 「居合をば知ったふりして突かるゝな居合の道を深く問うべし」この句の難問は「つかるゝな」の処かも知れません。相手が青眼に構えて間境に達する時、来るなら来いとばかりに、居合抜きで倒そうなどと思う事は、相手に「突かれ」てしまうよ、居合の道を深く考えて見なさい。という解釈も有るでしょう。「つかるゝ」は「疲弊する」とも読めます。
 勝負の戒めでは無く、居合の事を、少し習った程度で知った振りして得意になっていると、ひどいめにあう、居合の道はそんな程度のものではないのだから、十分この道を会得できるようにするべきです。この様な解釈の方がすっきりします。
 竹刀剣道や格闘技などをやって来た者が、居合を習い数年で出来たつもりで得々として論じているのを見ていますと、先ず嫌われて相手にされなくなって演武会などにも呼んでもらえなくなったりしています。
  習い覚えた事は自分の中にしっかりしまって置く、其の上で新しい流派の業を磨く、それから自分の武術を作り上げること。論理性と実技に叶う事でも誹謗中傷するのを何とも思っていないようですから始末に負えません。
 此処では業じゃないよ磨くのはと、読めるでしょう。

 「身の曲尺の位を深く習うべし留めねど留る事ぞ不思議や」この歌は前の歌の解説とも取ることが出来そうです。上段から相手が打ち込んで来ようと接近して来る時、何時何処へ抜き付けるかは「身の曲尺」を間合いと取れば、稽古では相手の太刀が打ち込まれる間合いを如何なる状況でも応じられるように十分習い覚える事。「留めねど留る」は相手の太刀を受けた時は切っている、いや切った時には相手の太刀は筋を外されているとも云えると考えます。
 

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