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2020年2月

2020年2月29日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の20我が道の居合一筋

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の20我が道の居合一筋

田宮神剣は居合歌の秘伝
我が道の居合一筋誰伝ふに
     知らぬ理かたの事をかたるな

(我が道の居合一筋さうだんに
     知らぬ兵法事をかたるな)

曾田本居合兵法の和歌
我道の居合一筋雑談二
     知らぬ兵法亊を語多る那

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
この歌は有りません

 この歌は、木村栄寿先生の居合歌之屑では「我道の居合一筋雑談にしらぬ兵法事をかたるな」とあります。田宮神剣は歌の秘伝は元歌が変化していったのか解りませんが、大凡曾田本と同じ歌心であろうと思います。
 曾田本は「我が道の居合一筋雑談に知らぬ兵法亊(わざ)を語るな」。解釈は、我が一筋に修行する居合について、雑談であろうと知らぬ兵法の亊(業)を語るな。
 田宮流の歌は「我が道の居合一筋誰伝うに(云うの誤字か)知らぬ理方の事を語るな」。解釈は、我が居合一筋の道であるが、その居合を誰に伝えるにしても、知らない理方(意義)の亊(業)を語るな、でしょう。
 
 何れの歌も、雑談でも誰かに話すにしても、居合について知らない事は語る事ではない。それでは当然のことを言って居るに過ぎないようですが、この奥に秘められた歌心は、はて、と頭をひねっています。
 更に他流に自流の業技法が漏れてしまう事を恐れる為の事であれば、その程度の事で不利となる武術では奥が知れています。この程度の事では極意に相当する内容とは思えません。
 何流にしても入門に際して起請文を入れていた様で今でも、恰好をつけて居る所もありそうですが、中山博道先生が細川義昌先生にお出しになった起請文が、木村栄寿先生の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説に掲載されています。この歌を読み解くに当たり歌心を求める者に此処に引用させていただきます。

 起請文
1、無双神傳英信流居合兵法修行之事
1、先師の御遺言堅相守他流混雑等非道之事
1、御相傳之儀におゐては親子兄弟たり共他言他見之事
右条々堅可相守若於違背仕者神明之義罰可罷蒙者也
 大正5年12月 中山博道

 この起請文の2項の「他流混雑」は何故いけないのか・3項の「親子兄弟たり共他言他見」に記された事の意味は何なのか。
 古流剣術は始祖の死闘の末に作り上げられた武術とも云える、それを学ぼうとするならば、それまでに習い覚えた武術を封印して習うべきもので、「竹刀剣道では」とか「神道無念流では」とか得々として持ち出す者が多い、居合もしかりといえます。習う時は素直に総てを習い覚えなければ本来の習いにはならないし、その奥義に到達する事を妨げてしまいます。それでも過去に習い覚えた動作は知らずに出てしまうものです。
 「親子兄弟たり共他言他見之事」は「親子兄弟たり共他言他見せざる之事」でしょう。聞いたり見たりしただけで奥義を相伝した内容に迫れるかは見たり聞いたりした者が、既に他流の奥義に到達する程の者でない限り大した障害にはなりそうもありません。特に現代のように、昇段審査や演武競技にとらわれ、形を「かたち」として演ずることしか出来ない様になってしまいますと、形から次々にほとばしる「まろばし」が失われ「格を放れ」ることすらできなくなってしまうものです。
 現代では、武術論を得々と述べて見ても、その世界に居る一部のもの以外は耳を貸すことも無いでしょうから、「好きにしたら」でいいのでしょうが、自慢げにしゃべれば品位を失うばかりでしょう。

 

 

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2020年2月28日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の19本の我に勝つ

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の19本の我に勝つ

田宮神剣は居合歌の秘伝
本の我に勝つがためぞといいならひ
      無事いふは身のあとなる

曾田本居合兵法の和歌
本の我勝が居合之習なり
      なき事云はゞ身の阿だと成る

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
本乃我尓勝可居合之大事也
      人尓逆婦ハひが多なり介里

 この歌の「本の我に勝つ」までは、三首とも同じですが、そこからそれぞれの言い回しですが、歌心は同じと見ていいのではないでしょうか。「本の我に勝つ」の「本の我」とは本心なのか妄心なのかですが、妄心に本心が負けるわけには行かないでしょう。
 木村栄寿本の居合歌之屑では「本の我勝が居合の習なりなき事一つ身の仇となる」と読み下しています。
 そこで此処の「本の我」は本心が妄心に打ち勝つ事によって相手が見えて来るものだ、それが居合の大事な習い処である、無いものねだりする様な、相手がこうあってほしいなどの事を云っていては身の仇となる。とこの歌心をとらえてみました。
 田宮流居合歌の伝では4首目に「居合とは心に勝つが居合なり人にさかふは非法なりけり」と有りました。この歌の「心に勝つ」は「妄心」に勝つことを意味しています。
 沢庵和尚の不動智神妙録に「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」とあります。既説していますが、柳生宗矩の「兵法家伝書」ではこの歌を「心こそ(妄心とてあしき心也。我が本心をまよはする也) 心まよはす(本心也。此心を妄心がまとはす也) 心なれ(妄心をさして心なれと云ふ也。心をまよはす心也とさしていふ也。妄心也) 心に(妄心也。此妄心にと云ふ也) (本心也。心殿とよびかけて、本心よ妄心に心許すなと也) 心ゆるすな(本心也。妄心に本心をゆるすなといふなり)」と解釈しています。

 
 

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2020年2月27日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の18千八品

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の18千八品

田宮神剣は居合歌の秘伝
千八品草木薬を聞きしかど
      そのあてがひを知らでせんなし

曾田本居合兵法の和歌
この歌はありません。

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
千八品木草薬と聞し可と
      と乃病尓と志らて詮なし

 千八品(せんやしな・1008種類)ある草木薬(木草薬)と聞いてはいるが、その薬はどの病に効くのか宛がいを知らないのではどうしようもない。こんな意味合いでしょう。
田宮流と秘歌之大事に残された和歌ですが、文言に違いがありますが、歌心は伝わった様です。
 然しこの歌は居合の道歌ですから、居合に関連付けて読み解きませんと、「幾つもある、居合の業技法だが、どの様な状況に際して対応したらいいのか解らなければ意味はない」と、単純に幾つもある居合の業技法と理合(意義)に相当する仮想敵との攻防の状況と云えるのでしょう。
 例えば、相手の害意を察して機先を制して、立膝の横雲で抜き付けようと刀に手を掛けた瞬間、相手は詰寄って我が柄を両手で押さえて来た、大小詰の抱詰です。柄の押さえ方もいくつかあって下へ押し付ける、柄を握った右手を制せられる、など。
 この状況に対する応じ方は幾つも想定出来るでしょう。現代居合では稽古業は正しい抜刀の方法だけを示していますが、あらゆる状況に自然に対応できなければ修業を積んだとは言えそうにありません。
 一つの病に幾つもの草木薬が必要の場合もあるでしょう、同様に居合も習い覚えた業技法の瞬時の組み合わせが必要な場合もあるものです。左足を退て横一線に抜き付ける抜刀法のみで応じる事を前提としても、左廻りの横雲、右廻りの横雲、ある・ある・あるです。
 
 
 

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2020年2月26日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の17金胎の両部

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の17金胎の両部

田宮神剣は居合歌の秘伝
金銀の両部正に見えにけり
      兵法有れば居合はじまる

(金胎の両部正に見えにけり
      兵法有れば居合はじまる)

曾田本居合兵法の和歌
金胎の両部と正尓見へ尓介り
      兵法有れハ居合者しまる

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
金鉢の両部の二つと見しにけり
      兵法あれば居合はじまる
  (天童郷土研究会長伊藤文治郎氏読み)

 田宮神剣は居合歌の秘伝の「金銀」は恐らく「金胎」の間違いが伝書に書かれていたのでしょう、妻木先生も「金銀」を(金胎)とされています。伝書ですから敢えて訂正は憚られたのでしょう。
曾田本兵法の和歌は「金胎の両部と正に見えにけり兵法有れば居合始まる」とされています。曽田先生と伝書違いでしょう、木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業付解説」でも「金胎の両部とまさに見へにけり兵法有ば居合はしまる」と、「金胎」から始まっています。この資料は細川家より拝借された「居合歌之屑」からのようです。歌の順番や歌の中に曾田本と異なる歌がありますので、両先生それぞれの伝書からの引用でしょう。
 新庄藩の歌は「金鉢」で文字は鉢の草書体ですから、当初から「金鉢」として書かれた様で、明治になっても訂正されず「金鉢」で通されています。
 古伝の歌は、意味不明でも、先師の残されたものなので消去されずに残ったと云えるでしょうが歌心迄読み取れたでしょうか疑問です。

 金胎とは仏教における、金剛界と胎蔵界を意味するもので、金剛界は大日如来を智徳の面から開示したもの、胎蔵界は理から説いたもので金胎両部と云われる様です。

 智徳とは、「智と徳と。知恵と徳行と。智徳合一。諸仏三徳の一。一切の法を照らしてさまたげなき菩提をいう。またこの徳をそなえた高僧をいう。」(広辞苑)
理とは、「物事の筋道。ことわり。道理。中国哲学で宇宙の本体。物の表面にあらわれたこまかいあや。文理。」(広辞苑)

 金胎両部のごとく智徳と理の一体であればよいものを、両部と別れて見える時には、和する事もならず、コミュニケーションの最終手段である武術に依る決着を計ろうと居合が始まる。この歌の意味はこんなところでしょうか。
 仏教用語が居合の歌心に使われたと云えますが、どこまでこの歌を理解し得たのか、寧ろ往時の武士の方が難なく読み解いたのでしょうか。
  意見の食い違いよりも、当座の利益が相反する時に兵法が前に出て来たでしょう、と云ってしまうと何か情けなくなってきます。

 

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2020年2月25日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の16待ちもする

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の16待ちもする

田宮神剣は居合歌の秘伝
待ちもするまたでも留まるやうもあり
       かける表裏にせの根元
(待ちもするまたでも留まることぞある
       懸待表裏二世の根源)

曾田本居合兵法の和歌
待ちも春る待たでも留る事ぞ有
       懸待表裏二世の根元

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
この歌はありません。

田宮神剣は居合歌の秘伝は、二首同じ歌が並べてあります。伝書を直接拝見していませんので想像すると、妻木正麟先生は初めの歌の方は書かれてある儘の文字を並べられたのかも知れません。括弧内の歌は無双直伝英信流の伝書を参考にされたかもしれません。
 妻木正麟著詳解田宮流居合は平成3年1991年に発行されています。
 この歌を載せて発行された無双直伝英信流の解説書では河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法叢書が昭和30年1955年に出されています。権威ある方の書籍ですからこれを参考にされたかもしれません。この叢書は河野先生が曽田先生からメモをいただいて曽田先生の死後に発行されたものです。
 田宮神剣は居合歌の秘伝の一首目では上の句は何とか意味をとらえられても、下の句は全く意味が分からない「かける表裏にせの根源」の句です。括弧の二首目は妻木先生が伝書によって解明できずにで古伝を研究され田宮流の伝書以外から引用されたものかも知れません。

 懸待表裏
 柳生宗矩の兵法家伝書にある懸待表裏から二世は二星かと想像するわけです。
 「懸とは、立ちあうやいなや、一念にかけてきびしく切って懸り、先の太刀をいれんとかゝるを懸と云ふ也。」
 「待とは、卒爾にきってかゝらずして、敵のしかくる先を待つを云ふ也。きびしく用心して居るを待と心得べし。懸待は、かゝると待つとの二也。「心をば待に身をば懸にすべし。なぜになれば、心をが懸なればはしり過ぎて悪しき程に、心をばひかへて待に持ちて身を懸にして、敵に先をさせて勝つべき也。
 心が懸なれば、は人をまづきらんとして負けをとる也。又の儀には、心を懸に、身を待にとも心得る也。なぜになれば、心は油断無くはたらかして、心を懸にして、太刀をば待にして、人に先をさするの心也。身と云うは、即ち太刀を持つ手と心得ればすむ也。然れば、心は懸に、身は待と云ふ也。両意なれども、極る所は同じ心也。とかく敵に先をさせて勝つ也。」

 「表裏は兵法の根本也。表裏とは略(はかりごと)也。偽り(いつわり)を以て真を得る也。」

 二世はこの懸待表裏から推測すれば「二星(にしょう)は敵の柄を握った両手のこぶしの動きをいう。」で二世は誤字か秘伝に依る伏字かも知れません。田宮流の「にせの根源」ではこの歌からは私は読み解けません。意味不明です。

 林崎甚助重信の活躍した頃に懸待表裏とか二星とかの文言が使われていたかは解りませんが、田宮流や無双神伝英信流居合兵法の成立した頃には柳生新陰流は徳川家の剣術師範として名を成し、各大名家にも浸透しその教えの幾つかは流布されていたであろうと思われます。

 上の句の「待ちもする待たでも留まる事ぞ有る」は、待ちもするが、待ちの仕掛け依って留まる事も有る、と云うのでしょう。これはまさに懸る待つ、其の表裏としてのはかりごとで、ここぞという時に相手の拳に抜き付ける事がこの居合の根元である、として下の句と一体になるのでしょう。
 歌には拳への抜き付けが根元とまで言い切っていますが、拳に抜き付ける稽古業は少く、江戸中期までに業が大きく変わったと推測されます。刀も太刀から打刀に代り、甲冑を帯びる事も無く平服での攻防に変化していった時代と云えるでしょう。
 然し、肩阿を抜かせてしまっての攻防では無く、相手が抜く前に其の機先を制して二星に抜き付ける小さな動く目標に対する業の修得と、相手の戦力を奪うだけで切り殺さないこの居合の根元は学ぶべきものだろうと思います。

 
 

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2020年2月24日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の15つよみにて

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の15つよみにて

田宮神剣は居合歌の秘伝
つよみにて行きあたるこそ下手なれや
        まりに柳を上手とぞいふ

曾田本居合兵法の和歌
強身にて行當るおば下手と志れ
        鞠に柳を上手とそいふ

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
津よみ尓て行あ多るをバ下手と云
        鞠と柳を上手とぞいふ

 秘歌之大事にあるのですから、この歌も古くから歌われてきた極意の歌なのでしょう。戦国末期にも蹴鞠は貴族や上級武士には遊ばれていたのかも知れませんがよくわかりません。
 三首の歌とも同じ歌心で良いでしょう、竹刀剣道を続けて来た人が居合に転向してきて、強い早いを初心者に指導していますから、自然に力一杯に肩を怒らし、歯を食いしばって抜き付け、斬り下しをやっています。
 無駄な力を入れて、早く抜こうとするから力いっぱいの腕だけの抜き付け、斬り下しですから刀が鞘離れしたり、振り下されてからはそこそこ早く見えるのですが、無駄な動きや手足の拍子外れで動きに無理が出て結局抜こうとしてから抜付ける迄はもたもたしている様に見えます。
 その上っ強く握り締めていますから、剣尖は水平にも、真っ直ぐの斬り下しも出来ないものです。
 「力身で抜付けるのは、下手だと思いなさい、鞠に当たっても軽く往なしている柳の柔軟さを上手と云うのですよ」と修行の行き着く処を示唆しています。
 しかしこれは、見るからに力いっぱいの動作を否定していますが、手の力いっぱいが早い訳ではなく、足腰肩などを十分生かした動作は手打ちよりはるかに速い刀の動きが得られること、それが柔軟な体の動きから鋭い切先の走りが得られることを教えてくれているのです。

 8首目の処で「早くなく遅くはあらじ軽くなし遅き事おぞ悪しきとぞ云う」を歌ってきました。この歌も「柔らかく無駄のない身体操作」が目的を果たせることを教えていた筈です。
 現代居合の組太刀で居合道形や太刀打之位、詰合などを見ていますと、力一杯打込んでがっちり受け止めて、飛び跳ねる様な動作をよく見かけます。
 形はゆっくり正確な打込みと請けが出来るように、それも小手先でポンポン打込む悪癖をやめて、体を充分使って稽古して居れば自然に不必要な力みは抜けて、柔軟な素早い動きが養成され技が決まりだすものです。

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2020年2月23日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の14せばみにて

道歌
3、田宮流居合歌之伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の14せばみにて

田宮神剣は居合の秘伝
せばみにて勝をとるべき長刀
      短き刀利はうすきかな

曾田本居合兵法の和歌
狭ミ尓て勝を取へき長刀
      短き刀利ハ薄きなり

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
せばみにて勝をとるべき長刀
      みじかき刀利はうすき也

 新庄藩の秘歌之大事の歌の文字は「勢者美尓て勝をと留偏幾長刀ミ之可記刀利はうすき也」の草書体の文字で書かれています。
 読みは三首とも同じ「ぜばみにてかちをとるべきながかたなみじかきかたなりはうすきかな(なり)」で「狭い所での切り合で勝を得られるのは長い刀であって短い刀では利は薄いであろう」というものです。
 さて、本当にそうなのか、誰でも頷く得物の長短の違いによる有利性だけを論じた歌なのでしょうか。そんなレベルの秘歌之大事や秘伝なのでしょうか。
 曾田本に依る英信流居合目録秘訣上意之大事に壁添之心得があります。「壁に限らず総じて壁に添たる如きの不自由の所にて抜くには、猶以て腰を開きひねりて体の内にて抜き突くべし。切らんとする故毎度壁に切りあて鴨居に切りあてゝ、仕損ずる也。突くに越したる事なし。就中身の振り廻し不自由の所にては突くこと肝要」と教えています。

 この歌は「短き刀利は薄き也」と歌っていて「利はない」とは言っていません。ここが秘歌之大事として300年も残されてきた、然も流派を越えて引き継がれた秘伝なのでしょう。
 短い刀は長い刀より狭い所でも容易に抜ける、諸手突きや添手突きの必要は無い、摺外してそのまま突き込める、入り身になって突き込めば長さは補える。いくらでも対応策は考えられそうです。
 次いでですが、居合の稽古に不必要な長刀を自慢げに抜いている人を見かけます。何を基準にしているのか疑問です。
 

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2020年2月22日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の13抜かば切れ

道歌
3、田宮流居合歌之伝と曾田本居合兵法の和歌
2の2の13抜かば切れ

田宮神剣は居合歌の秘伝
抜かば切れ抜かずば切るなこの刀
       たい切ることに大事こそあれ

曾田本居合兵法の和歌
抜けば切る不抜バ切与此刀
       只切る事二大事こそ阿れ

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
ぬけばきるぬかねばきれよ此刀
       ただきる事は大事こそあれ

 田宮神剣は居合の秘伝の下の句「たい切ることに大事こそあれ」ですがここは「ただ切る事に大事こそあれ」を「たゝ」を「たい」と読まれたかも知れません。曾田本と秘歌之大事はほぼ同じと見ていいのだろうと思います。

 田宮流:抜かば切れ抜かずば切るなこの刀
          たい切る事に大事こそあれ
 曾田本:抜けば切る抜かねば切れよこの刀
          只切る事に大事こそあれ

 田宮流は、刀を抜けば切る、抜かないのならば切るなこの刀、只切る事に大事がある。
 曾田本は、刀を抜けば切る、抜かなくとも切れこの刀、只切る事に大事がある。
 
 田宮流は相手が抜かないのならば切るな、曾田本は相手が抜かなくとも切れと云っています。居合は鞘の内の教えがあるならば、相手も鞘の内に殺意を秘めているものです。抜く抜かないに拘わらず、切りかからんとする意図を察したならば抜き付ける修行を基とします。ここぞという時に抜き付けるべきものでしょう。
 ここぞという時は、左手が鞘に触れた時、鯉口を切った時、右手が柄に触れた時、刀を抜きつつある時、抜刀の瞬間、斬り込んできた時。田宮流の「抜かずば切るな」は刀を抜き出していないのならば、抜き付けるなと云うのでしょうか。
 柳生新陰流の抜刀を稽古しています。
 刀を前半差しに帯に差しています。抜き付けは、左右同時に刀に手を懸け瞬時に抜刀します。その際鯉口は切ることはしません。前半差しですから、既に刀は半分抜いた状態にあります。左手を後に引き、右手を前に出せば瞬時に抜き付ける事になります。此の抜刀を破るには相手が刀に手を掛ける瞬間には相手の拳に抜き付けていなければならないでしょう。其の為には抜刀しようとする起こりを察知する気が必要です。相手が抜いてからでは斬られてしまいます。

 

 

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2020年2月21日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の12人さまに

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の12人さまに

田宮神剣は居合歌の秘伝
人さまに腹を立てつついかるとも
       こぶしを見つめ心志ずめる

曾田本居合兵法の和歌
如何に人腹を立つゝ怒るとも
       拳を見込み心ゆるすな

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
人いかに腹を立てつゝいかるとも
       心に刀拳はなすな

田宮神剣は居合歌の秘伝の読みは「人様に腹を立てつつ怒るとも、拳を見つめ心静める」でしょう。「人さま」を「人様」と読んでみましたが、何となくぎこちない気もします。この三首の歌は上の句はほぼ同じ意味合いで「どんなに人に腹を立てて怒っても」でしょう。下の句は田宮神剣は居合歌の秘伝では、「拳を見つめて怒りの心を静める」というもので怒りがこみあげて来る心を静める、本心の働きを強く持たねばなりません。
 曾田本の下の句は「拳を見込み」とはどういう意味か解りませんが、「拳を見つめ」の誤りか「拳を見込んで怒る心を本心が諭す」のでしょう。
 新庄藩の秘歌之大事は「心に刀拳放すな」ですから「怒る心と刀と拳を本心が放すな」と読むのが良さそうです。
 心をとらえた歌に沢庵の不動智神妙録の歌に「心こそ心まよわす心なれ心に心心許すな」と有ります。
 柳生宗矩の兵法家伝書ではこの歌の解釈を以下のようにされています。
 心こそ(妄心とてあしき心也。わが本心をまよわす也) 
 心まよわす(本心也。此の心を妄心が迷わす也)
 心なれ(妄心をさして心なれと云う也。心をまいわす心也とさしていう也。妄心也)
 心に(妄心也。この妄心にと云う也)
 心(本心也。心殿とよびかけて、本心よ妄心に心ゆるすなと也)
 心ゆるすな(本心也。妄心に本心をゆるすなというなり)
 
 この歌心は、様々な場面に適用できる心遣いですが、時にどれが本心でどれが妄心なのか見極めがつかないのも未熟の為せるものかとふと立ち止まるものです。
 宮本武蔵も兵法35箇条で「残心・放心は事により時にしたがふ物也。我太刀を取りて常は意のこころをはなち、心のこゝろをのこす物也。又敵を慥に打時は、心のこゝろをはなち、意のこゝろを残す。残心・放心の見立、色々在る物也。能々吟味すべし」と二つの心を述べています。

 人は如何に、意見の食い違いや利益に反することが互にあるとも、コミュニケションの最後の手段として武術(戦)をもって解決すべきものではない。この居合は、戦国時代の真っ最中の頃に始まり、関ケ原の戦い、二度の大坂の戦いを経て平和な時代に学ばれたものです。戦う事の意味を強く意識されたものでしょう。

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2020年2月20日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の11ふっと出る

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の11ふっと出る

田宮神剣は居合歌の秘伝
ふっと出る刀をおもいさとるべし
      夢想の刀鍔は構はし

曾田本居合兵法の和歌
与風出る太刀を思い覚るへし
      無想の刀鍔は可満王じ
ふうと出る太刀を思い覚るべし
      無想の刀鍔は構わじ)
新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事にもありません。

 田宮神剣は居合歌の秘伝では「ふっと出る刀を想い悟べし、夢想の刀鍔は構わじ」この前の歌は「鍔は只拳の楯とするものを太くは太く無きは僻事」でした。
 鍔は大きければ大きいほど拳の楯になるが、斬り込んで来る相手の刀を受けていたのでは、柄口六寸の勝はもとより、斬り込むことも出来ない、かと言って無ければ柄と刀身との境も、バランスもとれない無ければ不自由だ、夢想神伝による居合の極意は鍔にかまわず抜き打つものだ。というのでしょう。
 曾田本居合兵法の和歌では「ふうと出る太刀を思い覚るべし夢想の刀鍔は構わじ」とあって同様に四首前に「鍔は只拳の楯とするものを太くも太く太無きは僻事」とあります。
 無双直伝英信流はすでに柄口六寸の極意を失念してしまったのか拳への抜き付けは無いも同然です。肩・首・こめかみなどに抜き付け、真向から斬り下して相手を制しています。
 妻木正麟著詳解田宮流ではどうなのでしょう、林崎甚助重信の極意は継承されているでしょうか。表之巻11本の抜き付けの部位を読んでみます。
 一本目稲妻:肘
 二本目押抜:鍔打して右脇腹
 三本目除身:受流して右側頭部
 四本目廻り掛:右胴
 五本目胸之刀:右腕
 六本目柄外:顔面
 七本目突留:柄にて相手の突きを押さえ足(腹)
 八本目白波:水月に突き
 九本目逃身:左敵の胴
 十本目追立:右側頭部から顎
 11本目嶺上:真向
 
 歌の秘伝が成立した時期は、妻木先生の業手付より古いものでしょう、表之巻に肘又は腕が二本あります。鍔を意識する業は見当たりません。虎乱之巻では、五本目右腕の右袈裟抜打の写真が小手に抜打ちされています。虎乱之巻十一本目月陰の太刀が両腕があります。これは無双直伝英信流の正座の部月影の抜打に相当します。
 其の他下からの切り上げがありますのでこれは小手への抜き付けに使えます。
 他流の事なので深読みは差し控えますが、大江居合より小手への抜き付けは残っていると云えるでしょう。
 
 

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2020年2月19日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の10つばはただ

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の10つばはただ

田宮神剣は居合歌の秘伝
つばはただこぶしの楯とするものを
       ふとくはふとくなきはひがごと

曾田本居合兵法の和歌
鍔は只拳の楯とするものを
       大くも婦とく無きハひがこと

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
鍔はたゞ拳能楯と聞く物を
       ふとくもふとくなきはひがごと

 この歌は、文言の違いはあっても、300年の時を経ても伝承されて来ています。
 「鍔は、相手が真向に斬り込んで来りした時に、請け太刀となっても辷り込んで来る時があるので拳の楯とするものと聞いているが、太くも太くあった方がよいだろう、しかし無いのでは不都合である」と直訳できるでしょう。
 秘歌之大事で解説済みですが、田宮流の田宮神剣は居合の秘伝にはこの歌の次に「ふっと出る刀をおもいさとるべし夢想の刀鍔はかまはじ」と続いて記載されています。「拳を守る楯だけれども鍔にかまわず応じなさい」と読めます。
 
 よく聞く話で、竹刀の打ち合う音や木刀の打ち合う音で、力量の有る無しを云々するのですが、さて如何なものでしょう。請け太刀の稽古で見事に木刀で相手の打込みを受けても、真剣ならば折れる事も刃がボロボロになる事もあり、お勧めの事とは言えません。其れよりも受けられてしまう様な打ち込みそのものが「へぼ」なんでしょう。
 古伝神伝流秘書の太刀打之事や詰合、大剣取、などでも例えば太刀打之事一本目出合「相懸りにかかり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足なり」とあります。
 古流の形も受太刀を手附としていますから、初心者にはそこから指導されていくことになるでしょう。この一本目に相当する居合の業は大森流居合之事の陽進陰退(大江居合の八重垣)、英信流居合之事の虎一足でしょう。
 現代居合では相手の斬り込みを、抜きざまに受太刀をしていますが、古伝の手附は陽進陰退では「初め右足を踏出し抜付け左を踏込んで打込み開き納、又左を引て抜付跡初本に同じ」、虎一足では「左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同じ」と教えています。是は刀刃を下にして、抜き付けんとする相手の拳に下から抜き付ける業なのですが失念してしまい、斬り込まれたら受太刀になってしまっています。
 この流の古伝は極意とする処は「柄口六寸」所謂拳に勝つことです。相手が斬り付けるその刀を受けるのではなく拳に抜き付ける事を示唆しています。
 木刀や居合刀、或いは真剣で相手の拳に抜き付けるわけには行きませんから、便宜上受太刀として稽古している様になっていると解釈すべきでしょう。それがいつの間にか、受太刀の形は「こうすべき」とかになって、本来の目的から逸脱している事を良しとしているようなものです。
 太刀打之事の一本目で、打太刀の下への斬り込みを、仕太刀は相手の拳に抜き付け此処で一本終りになるのですが、続け遣いとして、打太刀が引く処を追い込んで真向に打込み打太刀はこれを頭上で請けています、是も受けられたのでぐいぐい押し付けているなど論外で、打太刀は先ずしっかり受けてやる、しかし仕太刀の力量が上がって来れば、受けた瞬間に摺り落してしまう、更には頭上に打ち込ませるように誘い受太刀の形で誘い打ち込まれた瞬間に身を外してしまう、と進化していくことが形稽古なのです。
 業に決められた形は無いはずが、いつの間にか形骸化して武的踊りになってしまったと思われます。それでは仕合の形をとる防具に身を固めた竹刀剣道に蹂躙されて当然だったでしょう。

 鍔と拳の歌から横道を辿りつつこの歌心を味わってみました。刀と刀を打ち合って良い音を出したり、鍔で受けたり、鍔迫り合いを平気でやっていたり、私の求める古伝神傳流秘書の指し示す武術とは程遠いものです。
 この歌は、鍔は大きければ拳の楯にはなるけれど、それで、いいの、と云っています。無ければ構造上もバランスも安全性にも支障があるよとは言っていますが、其の事に気を執られて異物を作るよりも「与えられた刀を駆使すべきだよ」と聞こえて来ます。

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2020年2月18日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の9急な為に

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の9急な為に

田宮神剣は居合歌の秘伝
急な為によくも丹練いたすべし
       心と刀こぶしはなすな

曾田本居合兵法の和歌
如何に人腹を立てつゝ怒るとも
       拳を見込心ゆるすな


新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
人いかに腹を立てつゝいかるとも
       心に刀拳はなすな


 田宮流にしか見られない居合に臨む際の心得を歌い上げたものだろうと思います。この歌を読み解くには「急な為に」の語句に惑わされ「よくも丹練いたすべし」でまどわされ、下の句の「心と刀こぶしはなすな」でさらに落としどころが読めなくて一瞬唸ってしまいます。
 其の侭素直に読み解けば、突然刀を抜いて抜き付ける必要が出来てしまった、その時の為に十分鍛錬して置くように、常に心と刀と拳を一体にして応じられる様に心かけなさい。そんな修行の心掛けを歌っている様に思うのです。
 免許皆伝を受けても、その後稽古を怠れば、唯の棒振り体操になるばかりです。
 曾田本居合兵法の和歌及び新庄庵林崎新夢想流秘歌之大事では、人に腹を立てて怒ったとしても、拳を見つめて心を許すな、或いは心に怒りをおさめて拳を心から放してはいけない、と争いを避ける歌心です。
 田宮流の歌にも後で出て来るのですが「人さまに腹を立てつついかるともこぶしを見つめ心しずめる」とありますから、今回のこの歌は純粋な心技体及び刀の一体を悟らせる歌かも知れません。

 もう一つは、「よく鍛錬して危急に応じられる様にしなさい、心と刀は一体にして相手の拳から眼を放さないように」とも、状況によっては読めます。田宮流の目付は拳では無く「打込みは気の中すみをわするゝな」(峯谷のかねの大事なり)とあるのですが「打込みは兎角気の向かふ所に打込むものゆえ、気の中スミを敵の眉間に押しわたして其のまゝツボに打込むべし目付はいつにても敵の眉間也。これが打込みの目付也。峯谷のカネとは、峰は右肘、左肘を谷とよび、腕のかがみは両腕の縮みをいう。」妻木正麟著詳解田宮流居合より。歌には拳に目を付けると有っても眉間ですから、西條藩に伝わった田宮流の目付でしょう。峯谷の解説は新陰流の言葉を使っていますが解釈が異なります。

 しかしいくら丹練されて磨かれたとしても、曾田本にはこんな歌があります。
 大事おば皆請取れと思ふとも
           みがかざるには得道はなし

 物をよく習い納むと思ふとも
         心かけずば皆すたるべし

  

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2020年2月17日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の8早くなく

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の8早くなく

田宮神剣は居合歌の秘伝
早くなくおそくはあらしかるくなし
       をそきことをぞあしきとぞいふ

曾田本居合兵法の和歌
早くなく重くあらしな軽くなく
      遅き事おや悪しきとそ云

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
早くなくおそくはあらじ重なく
      かるき亊をばあしきとぞ云

 珍しくこの歌心は夫々に伝承されたのでしょう、指導者にとってわかりやすかったのかも知れません。
「早くなく」の書き出しは同じなのですが、上の句は田宮流は「遅い・軽い・遅い」で「重い」がありません。曾田本は「重い・軽い・遅い」。秘歌之大事は「遅い・重い・軽い」とそれぞれです。
 下の句で悪いのは田宮流と曾田本が「遅き事」を悪いと言って居ますが、秘歌之大事は「軽き事」を悪いと言っています。いずれにしても悪いのは「早い・遅い・軽い・重い」の四つは悪いという事です。それではどうすればいいのかは、歌を味わって自分で考えろと云うのでしょう。
 この歌に抜けている事に「強い・弱い」、「硬い・柔かい」という言葉ですが、組み合わせを色々やって見て納得すればいいのでしょう。例えば「早く・軽い」「早く・重い」「軽く・遅い」「重く・遅い」。
 いずれにしても、相手に応じて「ちょうどいい」抜き付けをすべきもので、現代居合のように仮想敵相手に抜き付けるばかりでは、自分のやりやすいものになりやすく、競技会や審査の審査員の思い込みに引きずられて同じような動作ばかりが目に付きます。

 宮本武蔵の五輪書を読まれた方は気が付かれたと思いますが「兵法のはやきといふ所、実の道にあらず。はやきといふ事は、物事の拍子の間にあはざるによって、はやきおそきといふ也。其道上手になりては、はやく見へざるもの也。たとえば、人にはや道といひて、四十里五十里ゆくものもあり。
 是も朝より版迄はやく」はしるにてはなし。道のふかん(未熟)なるものは、一日はしるやうなれども、はかゆかざるもの也。乱舞の道に、上手のうたふ謡いに、下手のつけてうたへば、おくるゝこころありていそがしきもの也。
 又、鼓・太鼓に老松をうつに、静かなる位なれ共、下手は是にもおくれさきだつ心あり。高砂はきゅなるくらいなれども、はやきといふ事悪しし。はやきはこけるといひて、間にあはず、勿論おそきも悪しし。是も上手のする事は緩々と見へて、間のぬけざる所也。
 諸事しつけたるもののする事は、いそがしくみえざる物也。此のたとへをもって、道の理をしるべし。殊に兵法の道において、はやきといふ事悪しし。其子細は、是も所によりて、沼・ふけなどにて、身足ともにはやくゆきがたし。太刀はいよいよはやくきる事なし。はやくきらんとすれば、扇・小刀のやうにはあらで、ちゃくときれば、少しもきれざるもの也。能々分別すべし。
 大分の兵法にしても、はやくいそぐ心わろし。枕をおさゆるといふこころにては、少しもおそき事はなき事なり。亦人のむさとはやき事などには、そむくといひて、静かになり、人につかざる所肝要也。此心の工夫・鍛錬有るべき事也。」

 田宮流「規矩準縄」で歌伝口訣の中に「敵合に早き業とは何をいふこゝろとどめぬ人をいふ也。」「初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし」歌だけ読んでいますと、言っている事が矛盾している様に聞こえて来ます。


 

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2020年2月16日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の7ひしとつく敵の切先

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の7ひしとつく敵の切先

田宮神剣は居合歌の秘伝
ひしとつく敵の切先はずすなよ
       刀をたてに身をばよくべし

曾田本居合兵法の和歌にはこの歌は有りません。

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事にもこの歌は有りません。
似た歌は前回紹介した「ひしとつくちゃうと留は居合也突ぬにきるは我を害する」でしたが、この歌とは歌心が大きく異なります。

 田宮神剣は居合歌の秘伝のこの歌の直訳は「(彼此(あれこれ))ひしと突いて来る敵の切先を外してはならない、刀を楯にして身を避けるべし」ただ相手の突きを我が刀を以て楯のようにして受けて身を避けるのでは、受太刀の教えを述べるばかりです。相手の突きを受けてどうするのでしょう。
 直訳が違うとばかりに「刀を縦にして身をば避くべし」ではどうでしょう。これならば受太刀とならずに身を躱して切り付けられそうです。

 前回の3の2の6で妻木正麟著詳解田宮流居合から表之巻7本目突留を稽古しています。この想定は「対座している敵が、突然、太刀を抜いて突かんとするので、我はすばやく柄にて敵の太刀を押さえたあと、敵の足(腹)に抜き付け、さらに真っ向から切り下して勝つ。」でした。

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2020年2月15日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の6ひしとつく

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の6ひしとつく

田宮神剣は居合歌の秘伝
ひしとつくちょうと留まるを居合とす
        つかぬを切るは我を害する

曾田本居合兵法の和歌にはこの歌は有りません。

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
ひしとつくちゃうと留は居合也
     突かぬにきるは我を害する

 直訳すれば「ひし(彼此)と突くちょうと留めるのが居合である、突いて来ないのに斬り込んだのではやられてしまう。」と云うのでしょう。
 相手の仕掛けに応じろという戒めなのでしょう。しかし此処では相手が突きを入れて来るその拳に勝つ、突いて来もしないうちに抜き付ければ外されて突かれてしまうぞ、というのです。
 まさに現代居合が忘れてしまった、根元之巻にある「柄口六寸」の教えと思い、歌心を味わって見たいと思います。

 妻木正麟著詳解田宮流居合の表之巻7本目突留がこの歌を思わせる業です。「対座している敵が、突然、刀を抜いて突かんとするので、我はすばやく柄にて敵の太刀を押さえたあと、敵の足(腹)に抜き付けさらに真っ向から切り下ろして勝つ」

 この田宮流の突留は無双直伝英信流の両詰の業を制するものです。
 古伝神傳流秘書抜刀心持之3本目3向詰「抜て諸手を懸け向を突打込む也」でどのように抜き突くのかは何も語られていません。

 妻木正麟先生と同時代の無双直伝英信流の河野百錬先生の大日本居合道図譜から奥居合居業7本目両詰が相当するのですが、明治時代に大江正路先生からいつの間にか業名が向詰から両詰に代ってしまい、両側に障壁ある場の条件が附されて刀を横一線に抜き付けられない状況下での抜刀法に特定されています。従って相手も横一線の抜き付けは出来ないのです。やってみます「右手をかけるや刀を前に抜き取りて青眼に構ゆ。右足を踏込み(左足も進めて)て刺突し、刀を引抜く心持にて上体を進めて諸手上段に冠り敵の真向に斬下す。」

 古伝神傳流秘書の場の条件の無い処での向詰に対する田宮流柄留の対応、河野居合の狭い場所での両詰に対する田宮流突留との対応、研究して置くのも面白いものです。
 

 

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2020年2月14日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の5居合とはつよみ

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の5居合とはつよみ

田宮神剣は居合歌の秘伝
居合とはつよみよはみに定まらず
       兎にも角にも敵によるべし

曾田本居合兵法の和歌にこの歌は有りません。

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事にも有りませんが「強い弱い」を歌う歌があります。
居合とはよはみ計てかつ物を
       つよみて勝は非かた也けり

 田宮神剣は居合歌の秘伝は「居合とは強味弱味によって決まるものではない、兎にも角にも敵の状況に依るのだ」と云っています。稽古では「もっと強く打て」とか「力が入り過ぎ」とか見た目の強弱をガミガミ言われますが、相手次第だよと言って居ます。
 この歌に重ねるような別な歌が田宮神剣は歌の秘伝に「早くなくおそくはあらしかるくなしをそきことをぞあしきとぞいふ」早くなく遅くはあらじ軽く無し遅き事をぞ悪しきとぞ云う。
 同様に曾田本居合兵法の和歌にも「早くなく重くあらじな軽くなく遅き事をや悪しきとぞ云う」とあります。それではどうするんだ、と云いたい処です。
 「兎にも角にも敵に依るべし」で、強い・弱い・早い・遅い・重い・軽いを相手の意図すること次第で使い分けるものでしょう。
 新庄藩の歌は「居合と云うのは相手の弱み(隙)を計り其処へ抜き付け勝つもので、一方的に攻め込んで勝つのでは居合兵法とは言えない」というものでしょう。
 強弱遅速軽重に加え、相手の弱みを推し測って応ずるもの、その最も大切な事は「居合とは心をしずめ抜く刀抜ければやがて勝を取る也」(曾田本居合兵法の和歌で歌われています。
 心を静めるとは無心となって相手の心を我が心に写す、水月の教えとなります。その教えもただ無心に相手の動きを読み取るのではなく、我が方の誘いに相手が乗って来る起こりの移り(写り)に応じるとまで深読みさせられます。
 
 その上「つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ」(田宮神剣は居合歌の秘伝・曾田本居合兵法の和歌・新庄藩秘歌之大事)と歌い居合ばかりではなく人生哲学にも通ずる極意を歌っています。

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2020年2月13日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の4居合とは心に勝つ

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の4居合とは心に勝つ

田宮神剣は居合歌の秘伝
居合とは心に勝つが居合なり
      人にさかふは非法なりけり

曾田本居合兵法の和歌
居合とは心に勝可居合也
      人に逆ふは非刀としれ

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
居合とは心に勝がゐあいなり
      人にさかふは非がた也けり

 田宮神剣は居合歌の秘伝も、曾田本居合兵法の和歌も秘歌之大事にも、この歌は上の句は「居合とは心に勝つが居合也」でどれも違いの無いものとして歌われています。下の句の「非法・非刀・非がた」となっていますが、曾田本の居合兵法の和歌の「人に逆うは非刀と知れ」の「非刀」のひがたなの文言が気になります。
 この歌の解釈は「居合と云うのは我が心に勝つのが居合である、人と争うなどは居合のあるべき事ではない」というのでしょう。「非刀」を流の刀法ではないよ、と考えられなくはないのですが、この方が心に響いてきます。文言は兎も角同じ様に「あるべき方法ではないと知りなさい」と諭しているのだろうと思いたいものです。

 木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」ではこの歌は居合歌之屑として「居合とは心に勝る居合なり人にかゝらは非がたなりけり」と記載されています。
 直訳すれば「居合というのは心に勝るのが居合である人と関わるのは居合に非ず」となりますが、心に居合兵法が勝ったのではどうかと思いますので、此処は「居合とは心に勝が居合なり」の誤写と思いたいのですが、原本の写真が部分写しですからこの歌は写っていませんので不明です。

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2020年2月12日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の3居合とは刀一つに

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の3居合とは刀一つ

田宮神剣は居合歌の伝
居合とは刀一つにさだまらず
     敵のしかけをとむるやうあり

居合とは刀一つにさだまらず
              敵のしかけに留まることあり

曾田本居合兵法の和歌
居合とは刀一つ尓定らず
      敵の仕掛を留る用阿り

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事にはこの歌は有りません

田宮神剣は居合歌の伝による、一つ目の歌は、居合と云うのは刀によるばかりの事ではない、敵の仕懸けて来る事を留める用意もあるものだ。二つ目は、居合と云うのは刀によるばかりではなく、敵の仕懸けによっては抜刀をやめる事も有る。とでも云うのでしょう。一つ目の主体は我ですが、二つ目は敵に主体性があるように聞こえます。然し何れも、敵の状況によっては抜刀を止めるという事では同じ事でしょう。
 曾田本兵法の和歌も同じ事を歌っています。この歌心を、相手を威圧して止めさせる、とか武術で制する様な事を歌心として思いたくはありません。居合とは刀による決着をするばかりではなく、互に納得できる状況を生み出し和する事もある、と読みたいものです。土佐の居合の古伝による神妙剣は「唯々、気を見て治むる事肝要中の肝要也、是戦に至らしめずして勝を得る也。・・彼の気を先に知ってすぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也」とあります。

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2020年2月11日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の2居合抜ぬくとばかり

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の2居合抜ぬくとばかり

田宮神剣は居合歌の秘伝
居合抜ぬくとばかりを頼みにて
      丹練なくばふかくたるべし

曾田本居合兵法の和歌及び新庄藩秘歌之大事にはこの歌は有りません。

田宮神剣は居合歌の秘伝
「居合抜 抜くとばかりを頼みにて丹練(鍛錬)無くば不覚たるべし」
 意味は居合抜は抜刀の(速さ)ばかりを頼みにしていたのでは、より業を深く鍛錬しなければ不覚を取るであろう。

 この歌の前の歌は「居合とは心を静めたる刀 刀抜くればやがてつかるる」でした。此の二つの歌を同時に味わってみると、前の歌は「居合と云うのは心を静めて抜く刀法だが、こころを沈めてしまっては、抜いても直ぐに突かれてしまうよ」と心のありようは「沈める」のではないよと言って居る様に聞こえて来ます。「相手の心の動きを我が心に写して、即座に応じる、水月の心」を示唆している様に思えて来ます。
 
 柳生新陰流の柳生但馬守の兵法家伝書活人剣に「心は水の中の月に似たり、形は鏡の上の影の如し。右の句を兵法に取り用いる心持は、水には月のかげをやどす物也。鏡には身のかげをやどす物也。人の心の物にうつる事は、月の水にうつるごとく也。いかにもすみやかにうつる物也。神妙剣の座を水にたとへ、わが心を月にたとへ、心を神妙剣の座へうつすべし。心がうつれば、身が神妙剣の座へうつる也。心がゆけば、身がゆくなり。心に身はしたがう物也。・・。」神妙剣とは中墨、へそまわりを云います。此の場合は我が心を神妙剣の座に移せと言っているわけです。
 相手の心の動きに応じるのでは、不覚を取ると柳生新陰流の柳生兵庫助は異論を唱え、先を仕掛けて相手を動かす水月の教えを始終不捨書では説いています。

 今回の歌の「丹練なくば」は心の鍛錬をしなければ抜刀術に長けただけでは不覚を取る、と歌っている様です。

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2020年2月10日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の1居合とは心をしずめ

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の1居合とは心をしずめ

妻木正麟著詳解田宮流居合を参考にさせていただき、曽田本の居合兵法の和歌を見直してみたいと思います。以前に書いた歌心と異なる解釈が出来ていれば少しは進歩したかも知れません。居合道歌は目にしても素通りしてしまう先生方も有る様ですが、道場の稽古に加えて歌心を皆で話し合ってみる機会など得られれば、新たな発見も有ろうかと思います。日本の国語読解力は極端に落ちてきているとか、今のうちに居合道歌にも光をあてませんと本当に消えてしまうかも知れません。

田宮神剣は居合の秘伝
居合とは心を志ずめたる刀
     かたなぬくればやがてつかるる

居合とは心を志ずめだす刀
     ぬくればやがて勝をとるなり

曾田本居合兵法の和歌
居合とは心を静抜刀
     奴希ればや可て勝を取なり

新庄藩の秘歌之大事
居合とは押詰ひしと出す刀
     刀ぬくればやがてつかるゝ

*
 妻木正麟著詳解田宮流居合では、「居合とは心をしずめたる刀(だすかたな)刀ぬくればやがてつかるゝ(かちをとるなり)」とあって「居合とは心をしずめだす刀ぬくればやがて勝をとるなり」とも歌うように書かれています。歌の解釈に迷って、つけくわえられたのか、元歌が見つかったので書き加えたのか解りませんが、どちらにしても意味が読み取れない歌です。曽田本は田宮流の二本目の歌と似ています。新庄藩の歌は「押詰ひしと出す刀」の解釈が厄介です。
 元歌はどれなのか、別のものなのかもわかりません。
 田宮心剣の歌から「居合と云うのは心を静めて応じる刀法である、刀を抜いてしまっては直に突かれてしまう」或いは「居合と云うのは心を静めて抜き付ける刀法である、刀を抜くや勝をとるものだ」と云うのかも知れません。曾田本は大凡後者の解釈でしょう。新庄藩の歌は「居合と云うのは相手を威圧してひしと抜き付ける刀法である、ただ抜くならばすぐに突かれる」と解釈しても少しも納得できません。
 勝っても突かれても、歌にして残す程の歌心を感じません。歌は免許皆伝を許されたほどの人に更に磨けと与えられる奥義の歌と思いたいので、もう一歩奥に入らないと読めないのかも知れません。
 「つかるゝ」の解釈を「突かれる」・「疲れる」・「浸かる」・「付かれる」では意味不明です。
 「勝をとるなり」では平凡ですが居合の根元を表現している感じです。「居合と云うのは心を静めて抜き付ける刀法である、刀を抜くや勝を取るものだ」が本来の歌で「つかるゝ」で終わる歌は迷想している歌かも知れません。
 但し「浸かる」については、この歌が田宮心剣では第一首目にある事を思うと「居合とは心を静めて(鎮めて)抜く刀法である、抜刀して見るとすっかり浸ってしまう」と歌心を思うのもいいかも知れません。そんな思いで稽古に励む私です。

 新庄藩の秘歌之大事は「居合とは心を沈めて相手を圧しながら抜き出す刀法である、刀を抜けば忽ち突かれる」では意味が無いのでここも「居合に浸ってしまう」とした方がいい様に思います。居合もその歌も、其の域に達しなければ教えを理解できないのは同じかもしてません。
 

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2020年2月 9日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄13打込みは

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
13打込みは

田宮流伝書和歌より
打込みは気の中すみをわするゝな
       峯谷のかね大事なりけり

曾田本居合兵法の和歌にはありません。
*
 この歌の文言は、田宮流のものであったのか他流からの借り物だったのかですが、そんなことはどうでもいいことです。
 妻木正麟著詳解田宮流居合より「打込みは兎角気の向ふ所に打込むものゆえ、気の中スミを敵の眉間に押しわたして其まゝツボに打込むべし、目付はいつにても敵の眉間也。これが打込みの目付也。峯谷のカネとは、峯は右肘、左肘を谷とよび、腕のかがみは両肘の伸び縮みをいふ。」

 柳生新陰流の柳生宗矩による兵法家伝書(寛永9年1632年)では二星、嶺谷、遠山の目着(目付)が示されています。二星は敵の柄を握った両手の拳。嶺谷は腕のかがみ、右肱を嶺、左肱を谷。遠山は両の肩先、胸の間とされています。
 中スミとは中墨と書き神妙剣の座を云い、太刀のおさまる所「臍の廻り5寸四方」。

田宮流伝書口伝に戻ります。「打ち下しは力を捨て前進の気を以て打つに非ざれば切り難し。力は身に限りあり、心術に比すべからず。腰、腹に納まるの気より業に移らざれば、形崩れ全気を得難し。術は腹を以てと教ふれども、それは腰に至らざれば心気に至りがたし。気力腰に集まるとき自ら腹に渡り充つる。」

 どうやら、この歌の意味が読めて来ました。「真向に打込むには心気を以て敵の眉間に目付をして、敵の中心線を臍下まで切り下す、其の際両肘を突っ張らずゆるみを持たせ、腹を以て切り下す事が大事である。」というのでしょう。又、同様に己の中心線を真直ぐ切り下す事とも言えます。

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2020年2月 8日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄12右膝の頭

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
12右膝の頭

田宮流伝書「口伝」之秘歌
右膝の頭を規矩に抜く刀
      三角のカネの大事こそあれ

曾田本居合兵法の和歌にはこの歌は有りません。
*
 田宮流独特の抜き付けの教えでしょう。
 妻木正麟著詳解田宮流居合より田宮流伝書口伝「刀を抜くに手が前に出れば敵に押さえられ、脇に抜けば敵間遠し、右膝の頭をカネ(曲尺)に三角に抜くは自然のカネになる故、たとえ敵に手口を押えられても気筋は向かふにわたる。その抜き付くる刀は敵にあたる。」

 田宮流を稽古される方には、普段の教えで容易なこの和歌も、私のように大江先生から伝わる、抜き付けの技法を河野先生に依ってわかりやすくされて学んで来た無雙直伝英信流の抜き方は、河野百錬宗家の無双直伝英信流居初心集居合道基本「抜付」に詳しい。
 それは田宮流の「右膝を左の腰の規矩にして、打つかすがいを腰詰と云う」また、鞘引きのさい「左手は小指が帯を押せるまで左肘を背中につく気持ちで鞘が後ろに一文字になる様に左肩を充分に引いて抜き付ける」「抜き付けた切先は正中線の延長線上」のとは異なります。この抜付けに依って抜き付けた切先は右膝の線上にあり、両肩は正面正中線に対し45度左向きとなる半身の筈です。

 河野流の抜き付け
「初本の抜きかけの柄頭は、体の中心から敵の中心に向けて抜くのが正しい。」
「抜付けたる刀身の位置は、右拳から正面に引きたる直線上に剣先部がある事を初心指導上の原則とするも、錬熟の暁は、剣先を以て敵に附け入る心気の為め、幾分剣先が内方になるは可なり。」
「抜き付けた刀の高さは、肩を落としたる状態に於て両肩をつなぐ水平線より上がらぬ事」
「右拳は踏み出したる右膝の横線上にある程に前に出す事」
「刀は水平を原則とするも、剣先部が上るよりも幾分下る心持ちなる事」
「上体は、下腹を前に出し、腰部に(丹田に)十分なる気力を注ぎて真直に、而して踏み出したる右足の膝の内方角度は90度を超えざる事」「後足の膝と上体とはほぼ一直線をなす事」
「抜き付けたとき、上体は飽くまで敵に正対し、右拳はグット強く握り締め(小指と無名指の中程でグット引き、拇指の基部にてグット押す心)左手は鞘を握りたるまま肘と共に後方に引く心持の亊」

 正対した抜き付けと半身の抜き付け、抜き付けた切先の位置などの違いは可否を論ずる必要では無く、対敵との状況次第で如何様にも出来て当たり前と思います。

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2020年2月 7日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合之和歌3の1規矩準縄12初霜の目付

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
12初霜の目付

田宮流歌伝口訣
初霜の目付にこゝろゆるすまじ
      これぞはなれの大事なりけり

曾田本居合兵法の和歌
田宮流以外にこの歌は見当たりません。

「初霜の目付」については妻木正麟著詳解田宮流居合の田宮流伝書より、には「初霜の目付というのは抜き付けの目付であって、敵の吭(のどぶえ)を目付にして抜き付くるを云う。初霜とは、至って薄き霜ゆへこれに朝日が照りそう時は忽ちに消滅するなり。其如く吭に抜付ける時は一太刀にて即死する也。故にそこを譬へて名付けたるもの也。平常の稽古の節、かた通りに抜き付けよとの教ゆるは則ちこの目付の矩(かね)を教ゆる所也。然れども秘伝ゆへにその名目を秘して云い聞かせぬ故に、其の理を悟ることを得ず。」とあります。

 吭に目付をする心持ちを忘れてはいけない、これぞ抜き付けの大事な教えである。と歌っているのでしょう。
 妻木先生の解説では「平常の稽古では形どうりに抜き付けよというのはこの目付の「規矩準縄」を教えているのであるが、秘伝であるからこれを秘しているので、その理を悟ることはできない。」と仰っています。

 「初霜の目付」の初霜への抜き付けは現代田宮流にどの様に残されているのか「極意とは表の内にあるものを心盡しに奥な尋ねそ」の歌から表之巻一本目稲妻からは読み取れません。此処では抜き付けは上段から切りかかろうとする敵の肘に抜き付けています。
 宮本武蔵は五輪書で「目の付けようは、大きに広く付ける目也。観見二つの亊、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事」といい、兵法35箇条では「大体顔に付けるなり。目のおさめ様は、常の目よりもすこし細き様にして、うらやかに見る也。目の玉動かさず、敵合近く共、いか程も、遠く見る目也。其目にて見れば。敵のわざは申すに及ばず、左右両脇迄も見ゆる也。」といい一点を凝視する目付を嫌っています。
 田宮流の「初霜の目付」も恐らく吭へ抜き付ける為の照準合わせを意図したものではないと思います。 

 田宮流も林崎甚助重信に従って居合を学んだ田宮平兵衛業正であれば抜き付けは「柄口六寸」であったろうと思いますが、田宮流を名のる頃から変化していったことは想像されます。いずれにしても林崎甚助重信の居合は何処かにその片鱗が残って居るのでしょう。

 

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2020年2月 6日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄11極意とは

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
11極意とは

田宮流歌伝口訣
極意とは表の内にあるものを
       心盡しに奥な訊ねそ

曾田本居合兵法の和歌
この歌は曾田本居合兵法の和歌にはありません。

 極意とは表の内にあるのだが、心尽くしの為に奥を訪ねてみるのもいいのでは。「表の内」の意味は、流によっては表裏とか表奥とか業の内容で区分していたりする事も有る様です。
 田宮流では、妻木正麟著詳解田宮流居合の業は「表之巻11本、虎乱之巻14本」に別れています、この表11本に極意は有ると云うのでしょう。心盡しとは広辞苑で「様々に物思いをする事、また、気をもませられる事、心をこめてする事。」と云う事だとしています。
 田宮流居合の極意は「表之内11本の内にあるのだが、心をこめて奥の虎乱之巻の奥を訪ねなさい。」と云う事なのかもしれません。妻木正麟著詳解田宮流居合の「田宮流伝書口伝より」を読んでみます。
 「居合の極意は何所に有るかと尋ね見れば矢張り表の内の一本に有る事ぞ。あれをなぜに極意と云うぞなれば、あの手数は唯三角に抜きて納める迄なれども気躰にヒヅミなく三角のカ子(曲尺)に抜放したる中に発して敵を両断となすの鋭機を含みて寂然不動たる処は生まれの侭の本体である。是れ天然の躰を教ゆる所にて気躰に毫髪も虚隙なき所より贏理(えいり)は備はる。此所を始終修行の基として成就の場も是に外ならす他の手数もあれより発する。極意の萬事抜(萬の亊抜く所はどこで抜くも一理なるわけにて皆この一本より発するの意にて萬事抜と名付く)ともいう。」
 ここでは、表之巻の一本目(稲妻)に極意が秘められていると言って居ます。これは無雙直伝英信流の立膝の部三本目稲妻と同様の理合でしょう。

 宮本武蔵の五輪書「風之巻」に「他流に、奥表といふ事 兵法のことにおゐて、いづれを表といひ、何れを奥といはん。芸により、ことにふれて、極意・秘伝などといひて、奥口あれども、敵と打合ふ時の理におゐては、表にてたゝかい、奥をもってきるといふ事にあらず」というのです。其の通りでしょう。この武蔵の表、奥とは奥だけが極意では無いという事では、同じですが意味合いが違います。

 無外流の中川申一著無外流居合兵道解説の百足伝には「兵法の奥義は睫毛の如くにて余り近くて迷いこそすれ」と歌っています。

 曾田本古伝神傳流秘書の抜刀心持引歌に「本来の事より出て事に入りあわれ知らばや事の深さは」


       

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2020年2月 5日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄10居合とは我が身の勝

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
10居合とは我が身の勝

田宮流居合歌伝口訣
居合とは我が身の勝を元として
      扨その後に人に勝つなり

曾田本居合兵法の和歌
居合とは心を静抜刀抜ければやがて勝を取なり
居合とは心に勝が居合也人に逆うは非刀としれ

 田宮流のこの歌心とは聊か乖離がある様に思えます。それは「扨」の一文字に依ります。
 「・・扨その後に人に勝つなり」ですので、居合と云うのは先ず我が身を鍛え、流の技法を身に付け、心を強く妄心に負けない様に、相手の思いと和する努力を怠らず、やむなきに至るならば、扨それから心を鎮めて相手の起こりを察して抜き付ければ敗ける事はないのでしょう。
 
 新庄藩に伝承された秘歌之大事に「居合とはよわみ計(はかり)てかつ物をつよみて勝は非かた也けり」に近いものかも知れません。然し相手の弱みに付け込むばかりでは、秘歌之大事の「居合とは人にきられず人きらずたゞうけとめてたいらかにかつ」には至れそうも有りません。

 この田宮流居合歌伝口訣の歌の解説は妻木正麟著詳解田宮流居合では「我身の勝とは手前の気体のヒズミを正しくすることなり。其我身に勝つ趣は上章に段々論じた通り、カ子(かね・・曲尺)、気の位が調う時は我身に勝なり。手前の気体調いて虚隙無き時は、敵より撃つべき非はなき也。そこで敵に勝たるゝ也。これ孫子に「先勝而後求戦(先ず勝て後、戦を求む)」と云える語意也。」とあります。

 中川申一著無外流居合兵道解説の無外流の百足伝にも歌は違いますが幾つかあります。
兵法は立たざる前に先づ勝ちて立合てはや敵はほろぶる
とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし
心こそ敵と思いてすり磨け心の外に敵はあらじな
 

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2020年2月 4日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄9初学には調子

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合の和歌
3の1規矩準縄
9初学には調子

田宮流居合歌伝口訣
初学には調子を習へ兎に角に
       早きにまさる兵法はなし

曾田本居合兵法の和歌
 この歌は有りません。

 初めて居合を習う者は兎に角調子を習いなさい、早きに勝る兵法はない、と歌っています。そこで「調子」とは何ぞやですが広辞苑で引いてみると以下の様です。  
   ●音律の高低、しらべ、音調
 ●楽曲の調、調弦法、箏(しょう・こと)の平調子、三味線の本調子
 ●雅楽の一種の前奏曲
 ●いいまわし、語調、口調
 ●ほどあい、ぐあい
 ●はずみ、勢い
 この様に使われる言葉として表示されています。この歌は居合或いは剣術の有り様を示すための言葉であれば、「ほどあい・ぐあい・はずみ・勢い」が適当と思われます。下の句の「早きに勝る兵法は無し」から類推すればこの調子は最も初心者向けなのは「勢い」、次いで「はずみ」次は「具合、ほどあい」かなと思います。
 「早きに勝る兵法」の早きとは何だとここでも疑問が出てきてしまいます。相手の先をとるのを早いというのと、勢いよく早いのとは意味が違うのですが其の事も含まれるとしたら、初学で相手の気に先んずる、起こりに先んずる、打込みに先んずるなどは余程でなければ出来そうにも有りません。そうするとただ早い動作を兎に角身に付けろと云うのでしょう。
 妻木正麟著詳解田宮流伝書口伝では「居合は抜付け一本にて勝つの教えゆえに、初学より先ず調子を習うが専一である。初めより、三調子に習はすこと肝要なり。それより二調子に、次に一調子に抜かすこと。この一調子は「ハナレの至極」という。初学よりは一調子にゆかぬ故、三調子、二調子の場合より習わすことが肝要なり。」
 妻木先生の解説では「三調子とはハ・ア・八ッと抜く、二調子とはハ・アと抜く。そして最後の一調子とは八ツと抜くのをいうのである。」とされています。
 
 ついでに、剣術では拍子と云う言葉がよく出て来ます。拍子とは何か広辞苑で引いてみます。
 ●一定の拍(はく)がひとまとまりとなってリズムの基礎をなすもの。拍の数により二拍子・三拍子などという。
 ●しお、おり
 ●はずみ、とたん
 ●ぐあい。調子
   調子と拍子は同じような意味合いとして捉えられそうです。この歌心を以て習うならばただむやみに早いのではなく三調子の間合いを詰めて一調子で抜けと云う事が早い抜で「早きに勝る」ものだという風に考えるべきものでしょう。
 左手を鯉口に懸け鞘送りしつつ鯉口を切る、同時に右手を柄に掛け抜き出しつつ、切先まで抜き出すや鞘引きと同時に抜き付ける。この一連の動作を一拍子、一調子に行えるよう稽古する事となります。その際総ての動作が初期に習った所作が全部行われていなければ一調子にはなり得ないし目的は果たせないはずです。

 この一調子を無理やりやろうとすると、こんな歌が聞こえて来ます。妻木正麟著詳解田宮流田宮流居合歌の伝より

 居合抜抜くとばかりを頼みにて
       丹錬なくばふかくたるべし

 居合とはつよみよはみに定まらず
       兎にも角にも敵によるべし

  早くなくおそくはあらじかるくなし
       おそきことをぞあしきとぞいふ

 つよみにて行きあたるこそ下手なれや
       まりに柳を上手とぞいふ

 無外流の中川申一著無外流居合兵道解説百足伝からもこんな歌が聞こえて来ます。

 兵法の先は早きと心得て
        勝をあせって危うかりけり

 兵法は強きを能きと思いなば
        終には負けと成ると知るべし

 兵法の強き内には強味なし
       強からずして負けぬものなり

 宮本武蔵の兵法35箇条に「兵法に身構有り。太刀にも色々か前を見せ、強く見へ、はやく見ゆる兵法、是下段と知るべし。又兵法細かに見へ、術を衒らひ、拍子能用に見へ、其品きら在て、見事に見ゆる兵法、是中段の位也。上段の位の兵法は、強からず弱からず、角らしからず、はやからず、見事にもなく、悪しくもみへず、大に直にして、静にみゆる兵法、是上段也。能々吟味有るべし。」

 

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2020年2月 3日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄8居合とは早き

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
8居合とは早き

田宮流歌伝口訣
居合とは早き業とは何をいふ
      こころとどめぬ人をいふなり

曾田本居合兵法の和歌
この歌は存在しません。新庄藩秘歌之大事にも有りません。

 居合での「早き業」と云うのは何を言うのかと云うと、「心留めぬ人を云う」のだ。と歌っています。抜刀の抜き方がスムーズで素早い事を居合抜が早いというのでは無さそうです。
 前回の歌が「寒夜にて霜を聞くべき心こそ敵にあいての勝をとるなり」で心を鎮めよ、と云う歌心でした。今度は心を鎮めて其処の居付いてしまわないで相手の起こりを知るや否や打込みなさいと云うのです。それが心を留めぬ人で、それが「早き業」だと云います。

 妻木正麟著詳解田宮流の解説をお借りします「敵合に臨んで、敵がカウスルゾ、ナラバ、ヶ様にしようと色々思慮按排にわたる時は勝負合鈍くなる也。故にそこに心を留めず敵に向かふと、まだ敵の刀も振り上げぬと云やうふ(な?)る未発の場合に打込む時は必勝を得る也。思慮按排にわたらず無分別の住より見込みたる所を一断撃に討ち取るを心をとどめぬと云う也。」
 これは、心を静めて立合うや、相手の心の動きも、起こりも見る事無く先手必勝の「早き業」のように思えます。前回の歌で心を静めて相手の心を読み、相手の出方にここぞと云う隙を見出し、「こころとどめず」打込む其の事を「居合とは早き業とは」なんだと云う解答なのでしょう。

 さてこの解説は田宮流の思想ですから、無雙神傳英信流居合兵法の「身を土壇となして後自然に勝有その勝所は敵の拳也」とは聊か異なるようです。敵の拳とは「極意にて伝る所は敵の柄口六寸也カマエは如何にも有れ敵と我と互に打下ろすかしらにて只我は一図に敵の柄に打込也、先我が身を敵にうまうまと振ふて右の事を行ふ亊秘事也是神明(妙)剱也」と云う事で「我が身をうまうまと振ふて」、「互に打ち下ろすかしらに」打込むのを居合の「早き業」と考えたいところです。

 「こころとどめぬ人」にも「身を土壇となして」も、常の稽古で心掛けない限り身につくことは出来そうもありません。居合の仮想敵は何も攻め込んで来ない弓の「まと」程度に思い描いたり、組太刀での「形」だから約束の所に約束の間で「打込んでよ」という様な申し合わせではまず、身につかないものでしょう。

 

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2020年2月 2日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄7寒夜にて霜を聞く

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
7寒夜にて霜を聞く

田宮流居和歌之伝
寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあいての勝をとるなり

曾田本居合兵法の和歌
 寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあうても勝を取るなり

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
寒亊にて霜を聞べき心こそ
      敵にあうての勝はとるべき

多少違いますが同じ歌が伝わって来たと思います。
寒い夜に霜が結ぶ音を聞く程の心であれば、敵に出合ったとしても勝を取れるよ。と歌っています。「霜を聞くべき心」は妻木正麟著詳解田宮流では「霜を聞く程に心を鎮めよ。心の騒ぎは怒りから出る。臆するところより出るなり敵を打つべきと思うに、怒るに及ばず、臆するに及ばず、心のおさまり第一。」とされています。

 この歌も前回の「水月をとるとはなしに敵と我心の水に澄むにうつらふ」の下の句の心持ちの様に思われます。心に相手の心の移りを読み取るのは心を無にする事と同じでしょう。あれやこれや思っていたのでは其の事に心を奪われ、相手の心の移りなど得られる訳も無い。
 しかし「無」だけでは相手は動かず、我も動かず。西行法師の歌に「家を出る人としきけばかりの宿に心とむなとおもふばかりぞ」と兵法家伝書活人剣に「敵の働きにも、我が手前にも、きってもついても、その所々にとどまらぬ心」の稽古が望まれると思います。「心こそ心まよはす心なれ心に心心ゆるすな」とも古歌を歌ってもいます。
 宮本武蔵の五輪書の火之巻や兵法35箇条、柳生新陰流の兵法家伝書や始終不捨書とその解説に心の持ち様が述べられていて、いま一歩なぜか居合の歌には物足りないものを感じます。それは、霜の結ぶ音を聞く事に気を取られてしまうのでは、その事に居付いてしまいそうです、「霜を聞くべき心」は「形稽古」を順序正しく足踏みまでもテキスト通りに追うばかりで、馴れて来ると約束事として矢鱈早く、其の上力任せの強い打ち合では得られそうにも有りません。


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2020年2月 1日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄6水月をとる

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
6水月をとる

田宮流歌伝口訣
水月をとるとはなしに敵と我
      心の水に澄むにうつらふ

曾田本居合兵法の和歌には有りません。古伝神伝流秘書抜刀心持引歌に水月之大事として古歌が有ります。
水や空空や水とも見へわかず
      通いて住める秋の夜の月
おしなべて物を思わぬ人にさへ
      心をつくる秋の初風
秋来ぬと目にはさやかに見えねども
      風の音にぞ驚かれぬる


 田宮流の上の句は、敵と我が相対してそれと無く水月を取る、と云うのですから是は、水に月は写るその写る状況を我を水として相手を月として見れば下の句との関連が読めて来そうです。

 一刀流仮字書目録が流祖伊藤一刀斎景久から教えを受けた教えを文書化したもので、その中に「水月之事」の項目が有ります。そこでは、水に写る月のように「清く静かな心を養うと相手に少しでも隙があるとそれが心の明鏡に写って打てるようになる。これが水月の教えである」笹森順造著一刀流極意より。

 田宮流伝書口伝では「水月とは機の移りをいう。清水に月の移る如く敵の機の我に移ることを水月と名付ける。我が心の水澄めば敵の機は彼れより来たって移る理ぞ、そこを譬えて水月と云う。・・。」妻木正麟著詳解田宮流より。写るを移るの文字で表しています。
「我が心を無心として澄み渡れば、相手の思う事は水に移る月の如く手に取る様にわかるもの」と歌心は歌っています。

 新庄藩の秘歌之大事から似た歌心を求めれば「寒事にて霜を聞くべき心こそ敵にあふての勝は取るべき」が有ります。霜の結ぶ音を聞き分けるには心を無心にして居なければならない。この歌は曾田本居合兵法の和歌では「寒夜にて霜を聞くべき心こそ敵にあうても勝を取るなり」として伝えています。
 いま一つは「萍をかきわけ見ずば底の月ここにありとはいかでしられん」浮草を掻き分けとは、心を無にして澄んだ水面の如くしなければ其処に月が有る事はわからないよ、というものです。

 一刀流の水月之事に「早き瀬に浮かびて流る水鳥の嘴振る露にうつる月かげ」水鳥が嘴を振る水しぶきにも月は写る、僅かな変化も見分けられる、と水と月を譬えて歌っています。

 無外流の百足伝には「うつるとも月も思はずうつすとも水も思わぬ猿沢の池」「剣術は何にたとえん岩間もる苔の雫に宿る月影」

 
これらの歌だけを詠んでいると、心を無にして相手の心を我が心の鏡に写し、その動きを察して斬り込むのだと思ってしまいそうです。
 宮本武蔵の五輪書空之巻に「心のまよう所なく、朝々時々おこたらず、心意二つの心をみがき、観見二つの眼をとぎ、少しのくもりもなく、まよひの雲の腫れたる所こそ実の空と知るべき也」と無心とは言っても「心意」の二つがあることを述べています。更に「兵法35箇条の心持之事」では「心の持ち様は、めらず、からず、たくまず、おそれず、直にひろくして、意のこゝろかろく、心のこゝろおもく、心を水にして、折りにふれ、事に応ずる 心也。水にへきたんのいろあり。一滴もあり、蒼海も在り。能々吟味あるべし。」と唯無心では済まされない事を述べられています。

 曾田本居合心持肝要之大事居合心立合之大事では「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚だ嫌う況や敵を見こなし彼が角打出すべし其の所を此の如くして勝たんなどとたくむ事甚だ悪しゝ。先ず我が身を敵の土壇ときわめ何心無く出べし、敵打出す所にてチラリと気移りて勝事也。常の稽古にも思い案じたくむ事嫌う能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」とあります。「我が身を敵の土壇と極め」はこのままではただの無心に過ぎない物となってしまいます。
 棒振り剣術を良くする訳知り顔の者が得々と説いて来ても、武蔵も唯無心になれなどと云っていないなあ、と思ってしまいます。

 柳生新陰流に截相口伝書が有ります。そこに「水月・付位をぬすむ事」を。更に歿滋味手段口伝書では「水月活人刀之事」。そして柳生兵庫助による始終不捨書には「水月活人刀と云う習いは昔の教えなり。悪し。重々口伝」として「敵の移り来るを待つ心ではなく先の心を以て敵を移れと移す心」を述べています。(柳生延春著柳生新陰流道眼より引用)

 

 

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