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2020年2月 7日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合之和歌3の1規矩準縄12初霜の目付

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
12初霜の目付

田宮流歌伝口訣
初霜の目付にこゝろゆるすまじ
      これぞはなれの大事なりけり

曾田本居合兵法の和歌
田宮流以外にこの歌は見当たりません。

「初霜の目付」については妻木正麟著詳解田宮流居合の田宮流伝書より、には「初霜の目付というのは抜き付けの目付であって、敵の吭(のどぶえ)を目付にして抜き付くるを云う。初霜とは、至って薄き霜ゆへこれに朝日が照りそう時は忽ちに消滅するなり。其如く吭に抜付ける時は一太刀にて即死する也。故にそこを譬へて名付けたるもの也。平常の稽古の節、かた通りに抜き付けよとの教ゆるは則ちこの目付の矩(かね)を教ゆる所也。然れども秘伝ゆへにその名目を秘して云い聞かせぬ故に、其の理を悟ることを得ず。」とあります。

 吭に目付をする心持ちを忘れてはいけない、これぞ抜き付けの大事な教えである。と歌っているのでしょう。
 妻木先生の解説では「平常の稽古では形どうりに抜き付けよというのはこの目付の「規矩準縄」を教えているのであるが、秘伝であるからこれを秘しているので、その理を悟ることはできない。」と仰っています。

 「初霜の目付」の初霜への抜き付けは現代田宮流にどの様に残されているのか「極意とは表の内にあるものを心盡しに奥な尋ねそ」の歌から表之巻一本目稲妻からは読み取れません。此処では抜き付けは上段から切りかかろうとする敵の肘に抜き付けています。
 宮本武蔵は五輪書で「目の付けようは、大きに広く付ける目也。観見二つの亊、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事」といい、兵法35箇条では「大体顔に付けるなり。目のおさめ様は、常の目よりもすこし細き様にして、うらやかに見る也。目の玉動かさず、敵合近く共、いか程も、遠く見る目也。其目にて見れば。敵のわざは申すに及ばず、左右両脇迄も見ゆる也。」といい一点を凝視する目付を嫌っています。
 田宮流の「初霜の目付」も恐らく吭へ抜き付ける為の照準合わせを意図したものではないと思います。 

 田宮流も林崎甚助重信に従って居合を学んだ田宮平兵衛業正であれば抜き付けは「柄口六寸」であったろうと思いますが、田宮流を名のる頃から変化していったことは想像されます。いずれにしても林崎甚助重信の居合は何処かにその片鱗が残って居るのでしょう。

 

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