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2020年2月11日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の2居合抜ぬくとばかり

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の2居合抜ぬくとばかり

田宮神剣は居合歌の秘伝
居合抜ぬくとばかりを頼みにて
      丹練なくばふかくたるべし

曾田本居合兵法の和歌及び新庄藩秘歌之大事にはこの歌は有りません。

田宮神剣は居合歌の秘伝
「居合抜 抜くとばかりを頼みにて丹練(鍛錬)無くば不覚たるべし」
 意味は居合抜は抜刀の(速さ)ばかりを頼みにしていたのでは、より業を深く鍛錬しなければ不覚を取るであろう。

 この歌の前の歌は「居合とは心を静めたる刀 刀抜くればやがてつかるる」でした。此の二つの歌を同時に味わってみると、前の歌は「居合と云うのは心を静めて抜く刀法だが、こころを沈めてしまっては、抜いても直ぐに突かれてしまうよ」と心のありようは「沈める」のではないよと言って居る様に聞こえて来ます。「相手の心の動きを我が心に写して、即座に応じる、水月の心」を示唆している様に思えて来ます。
 
 柳生新陰流の柳生但馬守の兵法家伝書活人剣に「心は水の中の月に似たり、形は鏡の上の影の如し。右の句を兵法に取り用いる心持は、水には月のかげをやどす物也。鏡には身のかげをやどす物也。人の心の物にうつる事は、月の水にうつるごとく也。いかにもすみやかにうつる物也。神妙剣の座を水にたとへ、わが心を月にたとへ、心を神妙剣の座へうつすべし。心がうつれば、身が神妙剣の座へうつる也。心がゆけば、身がゆくなり。心に身はしたがう物也。・・。」神妙剣とは中墨、へそまわりを云います。此の場合は我が心を神妙剣の座に移せと言っているわけです。
 相手の心の動きに応じるのでは、不覚を取ると柳生新陰流の柳生兵庫助は異論を唱え、先を仕掛けて相手を動かす水月の教えを始終不捨書では説いています。

 今回の歌の「丹練なくば」は心の鍛錬をしなければ抜刀術に長けただけでは不覚を取る、と歌っている様です。

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