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2020年2月25日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の16待ちもする

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の16待ちもする

田宮神剣は居合歌の秘伝
待ちもするまたでも留まるやうもあり
       かける表裏にせの根元
(待ちもするまたでも留まることぞある
       懸待表裏二世の根源)

曾田本居合兵法の和歌
待ちも春る待たでも留る事ぞ有
       懸待表裏二世の根元

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
この歌はありません。

田宮神剣は居合歌の秘伝は、二首同じ歌が並べてあります。伝書を直接拝見していませんので想像すると、妻木正麟先生は初めの歌の方は書かれてある儘の文字を並べられたのかも知れません。括弧内の歌は無双直伝英信流の伝書を参考にされたかもしれません。
 妻木正麟著詳解田宮流居合は平成3年1991年に発行されています。
 この歌を載せて発行された無双直伝英信流の解説書では河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法叢書が昭和30年1955年に出されています。権威ある方の書籍ですからこれを参考にされたかもしれません。この叢書は河野先生が曽田先生からメモをいただいて曽田先生の死後に発行されたものです。
 田宮神剣は居合歌の秘伝の一首目では上の句は何とか意味をとらえられても、下の句は全く意味が分からない「かける表裏にせの根源」の句です。括弧の二首目は妻木先生が伝書によって解明できずにで古伝を研究され田宮流の伝書以外から引用されたものかも知れません。

 懸待表裏
 柳生宗矩の兵法家伝書にある懸待表裏から二世は二星かと想像するわけです。
 「懸とは、立ちあうやいなや、一念にかけてきびしく切って懸り、先の太刀をいれんとかゝるを懸と云ふ也。」
 「待とは、卒爾にきってかゝらずして、敵のしかくる先を待つを云ふ也。きびしく用心して居るを待と心得べし。懸待は、かゝると待つとの二也。「心をば待に身をば懸にすべし。なぜになれば、心をが懸なればはしり過ぎて悪しき程に、心をばひかへて待に持ちて身を懸にして、敵に先をさせて勝つべき也。
 心が懸なれば、は人をまづきらんとして負けをとる也。又の儀には、心を懸に、身を待にとも心得る也。なぜになれば、心は油断無くはたらかして、心を懸にして、太刀をば待にして、人に先をさするの心也。身と云うは、即ち太刀を持つ手と心得ればすむ也。然れば、心は懸に、身は待と云ふ也。両意なれども、極る所は同じ心也。とかく敵に先をさせて勝つ也。」

 「表裏は兵法の根本也。表裏とは略(はかりごと)也。偽り(いつわり)を以て真を得る也。」

 二世はこの懸待表裏から推測すれば「二星(にしょう)は敵の柄を握った両手のこぶしの動きをいう。」で二世は誤字か秘伝に依る伏字かも知れません。田宮流の「にせの根源」ではこの歌からは私は読み解けません。意味不明です。

 林崎甚助重信の活躍した頃に懸待表裏とか二星とかの文言が使われていたかは解りませんが、田宮流や無双神伝英信流居合兵法の成立した頃には柳生新陰流は徳川家の剣術師範として名を成し、各大名家にも浸透しその教えの幾つかは流布されていたであろうと思われます。

 上の句の「待ちもする待たでも留まる事ぞ有る」は、待ちもするが、待ちの仕掛け依って留まる事も有る、と云うのでしょう。これはまさに懸る待つ、其の表裏としてのはかりごとで、ここぞという時に相手の拳に抜き付ける事がこの居合の根元である、として下の句と一体になるのでしょう。
 歌には拳への抜き付けが根元とまで言い切っていますが、拳に抜き付ける稽古業は少く、江戸中期までに業が大きく変わったと推測されます。刀も太刀から打刀に代り、甲冑を帯びる事も無く平服での攻防に変化していった時代と云えるでしょう。
 然し、肩阿を抜かせてしまっての攻防では無く、相手が抜く前に其の機先を制して二星に抜き付ける小さな動く目標に対する業の修得と、相手の戦力を奪うだけで切り殺さないこの居合の根元は学ぶべきものだろうと思います。

 
 

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