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2020年2月 6日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄11極意とは

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
11極意とは

田宮流歌伝口訣
極意とは表の内にあるものを
       心盡しに奥な訊ねそ

曾田本居合兵法の和歌
この歌は曾田本居合兵法の和歌にはありません。

 極意とは表の内にあるのだが、心尽くしの為に奥を訪ねてみるのもいいのでは。「表の内」の意味は、流によっては表裏とか表奥とか業の内容で区分していたりする事も有る様です。
 田宮流では、妻木正麟著詳解田宮流居合の業は「表之巻11本、虎乱之巻14本」に別れています、この表11本に極意は有ると云うのでしょう。心盡しとは広辞苑で「様々に物思いをする事、また、気をもませられる事、心をこめてする事。」と云う事だとしています。
 田宮流居合の極意は「表之内11本の内にあるのだが、心をこめて奥の虎乱之巻の奥を訪ねなさい。」と云う事なのかもしれません。妻木正麟著詳解田宮流居合の「田宮流伝書口伝より」を読んでみます。
 「居合の極意は何所に有るかと尋ね見れば矢張り表の内の一本に有る事ぞ。あれをなぜに極意と云うぞなれば、あの手数は唯三角に抜きて納める迄なれども気躰にヒヅミなく三角のカ子(曲尺)に抜放したる中に発して敵を両断となすの鋭機を含みて寂然不動たる処は生まれの侭の本体である。是れ天然の躰を教ゆる所にて気躰に毫髪も虚隙なき所より贏理(えいり)は備はる。此所を始終修行の基として成就の場も是に外ならす他の手数もあれより発する。極意の萬事抜(萬の亊抜く所はどこで抜くも一理なるわけにて皆この一本より発するの意にて萬事抜と名付く)ともいう。」
 ここでは、表之巻の一本目(稲妻)に極意が秘められていると言って居ます。これは無雙直伝英信流の立膝の部三本目稲妻と同様の理合でしょう。

 宮本武蔵の五輪書「風之巻」に「他流に、奥表といふ事 兵法のことにおゐて、いづれを表といひ、何れを奥といはん。芸により、ことにふれて、極意・秘伝などといひて、奥口あれども、敵と打合ふ時の理におゐては、表にてたゝかい、奥をもってきるといふ事にあらず」というのです。其の通りでしょう。この武蔵の表、奥とは奥だけが極意では無いという事では、同じですが意味合いが違います。

 無外流の中川申一著無外流居合兵道解説の百足伝には「兵法の奥義は睫毛の如くにて余り近くて迷いこそすれ」と歌っています。

 曾田本古伝神傳流秘書の抜刀心持引歌に「本来の事より出て事に入りあわれ知らばや事の深さは」


       

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