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2020年3月

2020年3月31日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の24長短を論ずる

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の24長短を論ずる

無外流百足伝
長短を論ずることをさて置いて
       己が心の利剣にて斬れ

 刀の長短を有利だ不利だと論ずるよりも、己が心の利剣を以て斬るのだ。

 この歌の読み解くべき処は「己が心の利剣」です。広辞苑に依れば利剣とは「煩悩を破りくだく仏智をたとえていう語」。煩悩とは「衆生の身心を悩乱し、迷界に繋留させる一切の妄念。貧(とん)・瞋(じ)・痴(ち)・慢(まん)・疑(ぎ)・見(けん)の一切の妄念。」と解説しています。
 剣術に於いては、刀が長いの短いのと其の理をとやかく論ずることなく、己の心の中にある妄念を取り去って無心となって斬れ、と云うのでしょう。
 妄念といえば沢庵和尚の不動智神妙録の「心こそ心まよわす心なれ心に心心ゆるすな」の歌を思い描きます。
 柳生宗矩の兵法家伝書の活人剣に西行法師の歌として「家を出る人としきけばかりの宿に心とむなとおもふばかりぞ」とあげて、「兵法に此歌之下の句をふかく吟味して、しからんか。如何様の秘伝を得て手をつかふとも、其の手に心がとゞまらば、兵法は負くべし。敵の働きにも、我が手前にも、きってもつひても、其所々にとどまらぬこころの稽古、専用也」とあります。この歌の状況での心の煩悩があれば、是であったらと欲を思い描き、其の事に心をとどめてしまう事をさておいて、己が心を妄信から解き放って本心に戻り無心となれよと歌うのです。

 無外流真伝剣法訣の虎闌入の「形裡に目を注ぐは象外に神を注ぐ如からず」の教えなのでしょう。

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2020年3月30日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の23朝夕に心にかけて

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の23朝夕に心にかけて

無外流百足伝
朝夕に心にかけて稽古せよ
      日々に新たに徳を得るかな

 朝夕に心にかけて稽古しなさい、日々新たな徳を得るものです。と云っています。「心にかけて」の解釈は、歌の文言だけでは朝夕心掛けて毎日稽古しましょう、と聞こえます。
 朝夕毎日稽古するばかりで毎日新たな徳を得られるのか、何か無外流の持つ思想的問題を心掛けて朝夕稽古したいものです。
 やはり、無外流始祖の無外流真伝剣法訣と十剣秘訣の一語一語の教えを胸に秘めて稽古すると考えたいものです。あれは極意の秘伝だから一通り形が打てるようにならなければ教えられないと言われるのでしょうか。
 現代はインターネットで簡単にそれは手に入り、解説までされています。昔はどうだったのでしょう。
 意味も解らず、形を教わった通りに順序良く元気に打っていればいいのでしょうか。それでも健康維持のための運動不足解消の一役としての意味は十分あります。
 武術は何の為にこの化学兵器が充満している世界に役立つのでしょう。何となくきな臭いこの頃、下手をすれば、白兵戦にも物おじしない、皇国の為に天皇陛下万歳と叫んで突入する兵士養成に戻されてしまいそうな予感もします。
 武術は先ず己の為に、己の人生を身も心も正しく生きて行く為の知恵と体を作ってくれます。不意の出来事にも、おたおたしないで瞬時に応じられる体と心を養ってくれます。「もっと先に」と今ある事の先を見つめて努力する事は何にもまして楽しいものです。

 先日、古流剣術の形稽古をしていて、「形を要求された順序やかたち通りに出来てから、変化を求めるのが筋で、出来てもいない内にやるべきではない」など、解った様な嘘を平気で言って居る指導者面した者がしゃべっています。
 「形の要求された通りにやって、術が効いたから出来たと思っても、それはいつも同じ人と組んでのことで本当に出来たのか疑問ですよ。それに自分より下手な人には効いても、直ぐ上の先輩にすら効かない、まして師匠には簡単に外されてしまいますよ。何か勘違いしていませんか。
 それにその形が出来たというのは、他人が判断するものでは無く自分がこれならば誰とやっても有効だと判断するもので、少々形の順番を覚えて「かたち」だけ出来る様な人がとやかく言うものでは無いでしょう。」当然ながら彼は不満気な、お前に何が解ると云う顔をしていました。

 形の有るべき姿を現代は矢鱈統一した見栄えで判断する癖がつき過ぎです。
 その原因が武術指導の目的以前にある、連名や協会による「形」の昇段審査などの弊害です。試験問題を順序良く足捌きも、打込みの位置も規定通り形よく出来なければならないのですから、「かたち」だけで終わってしまいます。その形が求めるものの何が出来ていなければならないかなどは何処かに行ってしまったようなものです。「かたち」が似て居れば「形」が出来たと云えるのでしょうか。

 古流剣術も流派によっては「かたち」が異なります、それは目録から業名を知り、手附を求めたが書かれたものは「メモ」に過ぎず、「口伝」でおしまいです。ですから幾つも「かたち」があって当たり前です。然し有効な術になっているかは別物です。

 中川申一著無外流居合兵道解説の正座の部五用の二本目「連」は全居連の刀法の二本目前後切の参考となった業です。この初動の刀の抜き上げを中川先生の解説書から:「理合」前後に敵を受けた場合で先ず前敵の眉間に諸手で抜きつけ、後ろを振り向くや、後敵を真向に斬り下ろして仕留める。
 「方法」両足の爪先を立て腰を上げると共に刀を上方に抜き上げる。刀を抜き上げると共に左手を柄に掛け、諸手上段となり、右足を踏み出して眉間に斬りつける、両膝を浮かし・・・以下略」
 中川先生の連の刀の抜き上げの写真は明らかに敵の斬り込みを意識し、右手は正中線上を上に抜き上げています、従って手附けには無くとも敵の刀を受流す意図が含まれた抜刀です。

 無外流の無外流居合道連盟編著の塩川寶祥の武芸極意書真伝無外流居合兵道にある五用の二本目連の抜刀の写真からは、後向きである事も有るでしょうが、柄頭が上に45度位で抜き出されて居る様で中川先生の雰囲気は伝わってきません。真向打ち込みも両腕が充分伸びた状態で敵の眉間に斬りつけられている様で、敵との間が遠い想定かと思われ、受け流す必要は無いとも思えます。しかし無外流真伝剣法訣の「神妙剣」の教え「事の先を為さず動きて輙(すなわち)随う」を受けていれば、必ず敵が真向に斬り込んで来るのを察して応じるもので抜刀に受け流し心が欲しいと思ってしまいます。敢えて言えば、この写真による抜き上げは合し打ち或いは相手の小手に打込む十文字勝の動作かも知れません。他流の手附に無い部分を写真から判断するのは慎むべき事とは充分承知していますが、百足伝の今回の歌を解読するためには、手元にあるあらゆる資料を駆使しませんとその歌心が読めないのです。無外流の方からご指摘いただければ、更に一歩前に歩き出せるかと思い、ご容赦の上御指導お願いいたします。
 
 全居連の刀法昭和31年1956年10月1日制定、昭和52年1977年5月1日配布全日本居合道刀法解説「前後切」:「意義」敵我が真向に斬込み来るを受流すや顔面に双手上段から斬付け、直ちに後敵の真向に斬下し、更に前敵の真向に斬下して勝つ。
 「動作」腰を上げ爪立つや刀を頭上に抜き上げ左斜下に敵刀を受流し直ちに双手上段となり右足を踏み込みて前敵の面部に斬付けるや膝を浮かし・・以下略」全居連の刀法2本目前後切の動作は無外流の連から作られたとされています。

 故全居連会長池田聖昂著全日本居合道刀法解説平成5年2003年5月1日発行「前後切」:「剣理」我れ、座したる前後に同じく座したる敵を受け、前の敵、我が真向に斬り込み来るを受け流すや否や、其の敵の顔面に切り付け、直ちに後敵の真向に斬り下ろし、更に、前敵の真向に斬り下ろして勝つの意なり。
 「術理(動作運用)」前敵、我が頭上より真向に斬り下ろし来るを、我れ両手を刀に掛けるや、否や我が右柄手を我が顔前を通して刀を上に抜きかけつつ腰を上げ、爪先立つと同時に我が頭・左肩を覆う形にて、刀を頭上に払い上げる様に抜き取りて左斜め下に敵刀をすり落す様に受け流す。「註」受け流す為に抜刀する時、刀刃を外懸け(外側に倒す)にしながら払い上げる様に抜き取る。この際、鞘も下に引き落とす感じにて抜刀する。決して鞘を後方に引いてはならない。・・・以下略」

 無外流の連がどんどん昇華して行きます。無外流そのものではなくなっているのです。これは連盟という元々異なる集団によって発生したものですが、無外流の中でも発生が異なれば往々にしてありうるものです。
 古流剣術では道場ごとに異なっていたりします。そしてどれも間違いではないのです。ポイントの押さえ方一つで業は変化してしまうものです。其の上師匠が更に上の奥義を求める人であれば、この間教わった形が今日は違って見えるものです。私は形は生きていると思っています、是でいいなどの安易な思いは少しも持ち合わせていないつもりです。

 この歌は、修行する初心者から師と仰がれる人にも共通した歌心であると思います。何も思わずに体が動いて業の「かたち」をなす、素晴らしい言葉でしょうが「稽古」は考え考え抜き付け、思った様に出来ない処を「何故」と反芻して見るものでしょう。解らなければ、師に問う也資料を求めるなりするものです。習い・稽古・工夫のスパイラルによって「日々に新たな徳を得る」のかな。

 

 
 

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2020年3月29日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の22兵法を使へば

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の22兵法を使へば

無外流百足伝
兵法を使へば心治まりて
      未練のことは露もなきもの

 無外流の兵法を身に付け試合に臨むならば、心は治まり、生死について未練な事は露ほども無いものだ。

 「兵法を使へば」は何の心得も無く戦いに臨むのでは不安だらけで、押しつぶされそうになって逃げだしてしまいそうです。此処は矢張り無外流の兵法を以て仕合に臨む心持ちでなければならないでしょう。
 無外流は、居合や組太刀の形については無外流の流祖辻月丹は手附を残していないとされています。口伝に依る形は有ったかもしれませんが、道統が引き継がれる内に変化して元の形は見えなくなってしまうのが一般です。
 この無外流も江戸末期までには江戸では無外流は絶えてしまい、明治まで残ったのは高知の山内藩と姫路の酒井藩だけであったようです。
 その形も代を重ねるうちに変化してしまい、中川申一先生が師と仰ぐ高知出身の無外流を伝承した高橋赳太郎先生からどの様に指導されたのか中川申一先生の無外流居合兵道も古流であるとは言えないかもしれません。

 高知に持ち込んだ林六太夫守政の無雙神傳英信流居合兵法が無雙直傳英信流居合兵法として大江正路先生が明治維新によって消え去ろうとしたものを復活させたこととよく似ています。
 幸いなことに無双直伝英信流は業手附を記述した伝書が江戸後期初めに山川幸雅先生が原書を書き写したものが引き継がれ曽田虎彦先生に依って神傳流秘書として古伝の手附がよみがえっています。

 無外流は始祖は形の手附を残さず「無外真伝剣法訣、十剣秘訣」を以て無外流を伝承させ、形は口伝に依るばかりです。
 無外流兵法の形は、無外真伝剣法訣及び十剣秘訣によってその心から業を展開する流と言えるのでしょう。ですから無外流は敵に対する心構えから展開されるわけで、十剣秘訣によって心構えが出来た上での兵法と云えるのでしょう。心構えが充分理解された上での兵法であれば敵と対しても、心は治まっており、未練の事は露ほども無いものとなるのでしょう。

 然し未解決の「萬法帰一刀」の修行は終生続けられる。その修行の途中で己より「萬法帰一刀」に近づいたものに出合うならば、大森曹玄禅師の云う「一刀流仮名字免許に、これのみとおもひきはめつゆくかずも上に上ありすゐまうのけん(此れのみと思い極めつゆくかずも上に上あり吸毛之剣)を上げています。「白雲未在」永遠になおこれ未在である。そこであるが、そこではない。これが極意だ。」とされておられます。

 無外流の剣術については山口流の山口左馬之助を師事した辻月旦によるもので「無外真伝剣法秘訣 十剣秘訣」との関係は解るが、百足伝は辻月旦が師事した居合の自鏡流祖多賀自鏡軒盛政の歌だろうと別物に捉える人は無外流の学者には居ないと思いますが、知ったかぶりの人は別物、心が違うだろうと云われるかもしれません。
 居合も武術である事には変わらない、現代居合は「相手の害意を察して」という意味不明の仮想敵相手に一方的に抜き付けるばかりの稽古をしていますから「無外真伝剣法秘訣 十剣秘訣」は、如何なる流派にも適応する教えですから、学ぶ価値は高いものです。

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2020年3月28日 (土)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の21立合はゞ

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の21立合はゞ

無外流百足伝
立合はゞ思慮分別に離れつゝ

      有るぞ無きぞと思ふ可らず

 立合えば、相手がどのようにするだろうと、相手の動きを思い慮って分別をするのをやめようとしてているのに、あれも有るだろう是は無いだろうなど思ってはならない。
 無心になって相手の出方に応じればいい、と、云って居るのでしょう。「有るぞ無きぞ」は相手の仕掛けは目に見えるものでは無く、それを兎や角思う事とも、手に持つ刀の長短までも、極端には自分の獲物の有る無しにまで及ぶとも云えるでしょう。無心になれよと云う歌心でしょう。

 曽田本英信流居合心持肝要之大事居合心立合之大事で「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚嫌ふ況や敵を見こなし彼が角打出すべし、其所を此の如くして勝んなどとたくむ事甚悪しゝ。先づ我が身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし。敵打出す所にてちらりと気移りて勝事なり。常の稽古にも思いあんじたくむを嫌う、能々此念を去り修行する事肝要中の肝要也」と云っています。
 形稽古だからと云って指導された通りに、足は何歩、打ち込み角度は、と寸分違わない動作を何十年やっていても、踊は上手に成っても武術は少しも進歩しません。

 この歌心に応ずるとすれば、無外流真伝剣法秘訣の十剣秘訣によって読み解いてみます。
・獅子王剣「太極より出ずれば則ち其気象見え難し、気象より発すれば則ち厥痕(そのきず)を窺い易し」。平常心で臨めばうかがい知る事も有る。
・翻車刀「互換の争い有るに似たり、鼓の舞のように還りて動かず」
・玄夜刀「微により顕れる漠(なく)陰陽測れず之を神と謂う」。夜は物が見えないように之を推し測れるのは神である。
・神明剣「人の変動は常に無く敵に因って転化す。事の先を為さず動きて輙(すなわち)随う」である。
(この教えは一刀流兵方目録の天地神明之次第にある「敵に因って転化し事を先に為さず、動にて輙(すなわち)随う」と同じ文言です。)
・虎闌入(こらんにいる=虎の猛る姿)「無我の威で虎賁(ひふん)に当たる無し」虎の憤る姿のものでは無い、物静かなうちに威がある自然体にとる。
・水月感応「氷壺に景像無く猿猴水月を捉ふ」澄みきった心にはなにも思うものは無く、心に移った相手の思いを捉えるのです。
・玉簾不断「窮まれば変じて通ずる」によって、瀧のように絶えず打ち出される相手の仕掛けに応じつつ、窮まれば、変化し相手の隙を見出すものとします。
・鳥王剣「正令當に行われ十方坐断」出来るのです。
・無相剣「明頭は見易く暗頭は察し難し」と云います。これは気性の暗い者は察し難く、気性の明るい者は、何も思わない無相の処から実相を見出しやすいと云うのでしょうか。
・萬法帰一刀「問うて云う萬法一に帰す、一は何れの処の位置に帰す。我答えて云う。青洲一領の布杉を作り、重き事七斤。更に参ずること三十年」多くの業技法を学びおおせても一に帰す、という其の一とは何れの所の一か、と問えば意味不明な返答しか帰って来ない。更に三十年の修行を志そう。と云うのです。

 中川申一著無外流居合兵道解説では、無外流の立業の部の最後に「万法帰一刀(まんぽうきいつとう)」という業があります。
 「理合:はるか前方にある敵の殺意を察し、威圧せんとするも敵之を察すること能わず、故に鯉口を外切りにして左足より進み、斬る気勢を示す。敵始めて之を察し、心の動揺するや、速やかに進んで腰のあたりの空を斬る。敵する能わざるを知って逃ぐるを見送る。」動作はさして難しいものでは無いでしょうが、その理合にある、我と相手との心理状況は、居合と云う一人演武による見た目の動作で容易に表現できるでしょうか。三十年のこれからの修行で身に付けられるでしょうか。百歳を幾つも超えてしまいそうです。武術に到達点はないのでしょう。大分無外流に深入りし過ぎてしまった様ですが、武術は翻車刀なんです。其の上「萬法帰一刀」です。

 宮本武蔵の兵法35箇条いとかねと云亊「常に糸金を心に持つべし。相手の心に、いとを付て見れば、強き処、弱き処、直き所、ゆがむ所、たるむ所、我が心をかねにして、すぐにして、いとを引あて見れば、人の心能くしるゝ物也。其のかねにて、丸きにも、角なるにも、長きをも、短きをも、ゆがみたるをも、直なるをも、能知るべき也。工夫すべし」相手の心に糸を付けて物差しで計れと云います。

 柳生宗矩の兵法家伝書殺人刀に病気の亊「かたんと一筋におもふも病也。兵法つかはむと一筋に思ふも病也。習いのたけを出さんと一筋におこふも病、かゝらんと一筋におもふも病也。またんとばかりおもふも病也。病をさらんとおもひかたまりたるも病也。何事も心の一すぢにとゞまりたるを病とする也。此様々の病、皆心にあるなれば、此等の病をさって心をととのふる事也」心の居付きは病なんでしょう。くそ真面目な人程この病に侵されやすそうです。「放心心を具せよ」という心を放す心をもて、「心を綱を付けて常に引きて居ては不自由なぞ、放しかけてやりても、とまらぬ心を放心心と云ふ。此放心々を具すれば、自由がはたらかるゝ也。綱をとらへて居ては不自由也。」

 この歌心の置き所は「放心々」なのか・・。歌に捉われずに・・。

 

 

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2020年3月27日 (金)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の20兵法の強き内

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の20兵法の強き内

無外流百足伝
兵法の強き内には強味なし
       強からずして負けぬものなり

 兵法で強い打ち込みをしている内には、真の強みとは言い難い、強くなくとも負ける事など無いものだ。
 この歌の「強き内には」の解釈ですが、「強い打ち込みには」ともとれるし「強い打ち込みをしている間は」ともとれます。居合で横一線の抜き付けでは、片手に依る抜付けなので、そこそこ出来るようになれば極端に強いとか弱いは序破急の抜き付けによってさしたる強み弱みは見られず、敢えてゆっくり抜いて居る人に違和感を覚えます。
 然し真向に振り冠って打ち下ろすとなると肩を怒らし、首筋の筋肉まで盛り上がって、腕から拳まで上筋が張って、肘が内側に絞られ、腰が据わってしまった真向打ち下ろしを、刃筋が通って鋭い打ち下しで迫力があって良い、などと指導して居る高段者が見られます。横一線の抜き付けで相手の戦力を殺いでしまっているのに、とどめの一撃とばかりにむきになっている様でこれでも武術なんでしょうか。薪割りでも慣れた人は力など何処にも入っていません。
 そうかと思うと、上段に振り冠ってから、両手を上にあげて拍子をつけて振り下したり、手と刀を前方に振り込んでから切り下したり意味不明な動作でも良しとしている、競技会でのおかしな審査員もいたりします。
 強く打とうとして、振り冠りに一呼吸入れる様な拍子を付けたり、握りを強くしたり、反り返ったり、それらは隙を作っているようなものです。
 私の近くに93歳になる御婆さんがいます。娘の頃より父親にしごかれ畑を耕し、畝を作り、種を撒き、雑草を取り、収穫する、今でも十分働いています。
 そのクワを振る姿は重いクワも軽々と何処へも力も入らず、膝・腰・腹・肩・頭の位置は上下動も無く、前後に触れる事も無い、体がクワと一体になったようでサクサクと流れ、クワを振っている時は、声をかけるのもつい控えてしまいます。是は芸術と云えるものです。休み休みでも午後3時間は畑に居られます。

 妻木正麟著詳解田宮流居合田宮流伝書「口伝」よりによれば、打ち下ろしは力を捨て前進の気を以て打つに非ざれば切り難し。力は身に限りあり、心術は比すべからず。腰、腹に納まるの気より業に移らざれば、形崩れ全きを得難し。術は腹を以てと教ふれども、その実は腰に至らざれば心気に至りがたし。気腰に集まるとき自ら腹に渡り充つる。

 宮本武蔵の兵法35箇条兵法上中下の位を知る事では、兵法に身構有り。太刀にも色々構を見せ、強く見へ、はやく見ゆる兵法、是下段と知るべし。又兵法細かに見へ、術をてらひ、拍子能き様に見へ、其品きら在りて、見事に見ゆる兵法、是中段の位也。上段の位の兵法は、強からず弱からず、角らしからず、はやからず、見事にもなく、悪しくも見へず、大に直にして、静に見ゆる兵法、是上段也。能々吟味有るべし。

 これらの教えを、やろうとすると古参の者や訳知り顔した師匠が、初めの内は全身に気力を振り絞って力一杯素早く打ち込みなさい、最初から気の抜けた打込みは意味はない、と云われます。
 ゆっくり足・腰・肩・腕・刀と狙った位置に寸分たがわず斬り込む稽古をした方が遥かに上達は早く、刃筋も正しい自然に鋭いものになります。

 

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2020年3月26日 (木)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の19兵法は強きを

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の19兵法は強きを

無外流百足伝
兵法は強きを能しと思いなば
      終には負けと成ると知るべし

 兵法は強い打ち込みが出来ればいいのだと思っていると、終いには負ける原因になると分かって来る。

 若い人は、早い強いはお手のものでしょうが、年を取って来ると強く早い打込みなど、だんだんできなくなります。天性のものをたよりに稽古してきた人は若者に負けて当たり前でしょう。人生には何度か過去の自分を忘れて変えていかなければならない事があるものです。武術は死ぬまでも修行し、負けない武術を生み出していくものなのでしょう。年を取ったから負ける様な武術は武術とは言えないのでしょう。

妻木正麟著詳解田宮流居合より田宮神剣は居合歌の秘伝
 居合とはつよみよはみに定まらず兎にも角にも敵によるべし
 つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ
 初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし

曽田本居合兵法の和歌
 強みに行当るおば下手としれ鞠に柳を上手とぞいう
 早くなく重くあらじな軽くなく遅き事をや悪しきとぞ云

笹森順造著一刀流極意の一刀流兵法仮名字目録
 風にそよぐ萩の如し、柔剛強弱此処也、敵つよからん処を弱、弱からん処をのっとりて強勝事也。強きに強、弱きに弱きは、、石に石綿に綿の如し、石は石に当てとひかえる時は勝に非ず、綿は綿に逢時は生死みへず、故に一刀流は拍子の無拍子、無拍子の拍子と云々。

宮本武蔵の五輪書風之巻他流におゐて、つよみの太刀といふ事
 太刀につよき太刀よわき太刀といふ事はあるべからず。つよきこころにてふる太刀はあらき物也、あらきばかりにてはかちがたし。又つよき太刀といひて、人をきる時にしてむりにつよくきらんとすればきれざる心也。ためしものなどにきる心にも、つよくきらんとする事悪し。誰におゐても、かたきときりやふによわくきらん、つよくきらんと思ふものなし。‥若しは、つよみの太刀にて、人の太刀をつよくはれば、はりあまりて必ずあしき心なり。人の太刀に強くあたれば、わが太刀もおれくだくる所也。然るによって、つよみの太刀などといふ事、なき事也。・・物事に勝つといふ事、どうりなくして勝つ事あたはず。わが道におゐては、少しもむりなる事を思はず、兵法の智力をもって、いかやうにも勝つ所を得る心也。能々工夫有るべし。」

 

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2020年3月25日 (水)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の18兵法の先

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の18兵法の先

無外流百足伝
兵法の先は早きと心得て
       勝をあせって危うかりけり

 兵法の先を取ると言う事は早い事だと思って、勝ちを焦って、相手の動きなど見もしないで一方的に打込み危うく打たれる処だった。

この歌に関連すると思う歌を他流から探してみます。

曽田本居合兵法の和歌
 強味にて行当るおば下手としれ鞠に柳を上手とぞいう
 待もする待っても留る事ぞ有懸待表裏二世の根元
 早くなく重くはあらじ軽くなく遅き事をや悪しきとぞ云

妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝
 敵合に早き業とは何を云ふこゝろとどめぬ人をいふなり
 居合とはつよみよはみに定まらず兎にも角にも敵によるべし
 早くなくおそくはあらしかるくなしをそきことをぞあしきとぞいふ
 つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ
 待ちもするまたでも留まるやうもありかける表裏にせの根元
 初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし

阿部鎮著家伝剣道の極意
(樋口達雄 剣道いろは歌詳解) 
 先を打て先を打たるな稽古にも習ひは常に習慣となる
(柳生宗矩 兵法家伝書 福井久蔵編)
 勝といふ先々に後かちて又先々に先後先後に
(原田隣造著 高野佐三郎)
 機を得ずに先に出づれば後の先をかれに取られる事多きなり

 「先をとる」について柳生新陰流の「兵法家伝書殺人刀懸待二字仔細」の事を読んでみます。
 懸とは、立ち合うやいなや、一念にかけてきびしく切ってかゝり、先の太刀をいれんとかゝるを懸と云ふ也。敵の心にありても我心にても、懸の心持ちは同じ事也。
 待とは、卒爾にきってかゝらずして、敵のしかくる先を待つを云也。きびしく用心して居るを待と心得べし。懸待は、かゝると待つとの二也。
 「身と太刀とに懸待の道理ある事」
 みをば敵にちかくふりかけて懸になし、太刀をば待になして、身足手にて敵の先をおびき出して、敵に先をさせて勝つ也。身足を懸るにするは、敵に先をさぜむ為也。
 「心と身とに懸待ある事」
 心をば待に、身をば懸にすべし。なぜならば、心が懸なれば、はしり過ぎて悪しき程に、心をばひかへて待に待ちて、身を懸るにして、敵に先をさせて勝つべき也。心が懸なれば、人をまづきらんとして負けをとる也。
 又の儀には、心を懸に、身を待にとも心得る也。なぜなれば、心は油断無くはたらかして、心を懸にして、太刀をば待にして、人に先をさするの心也。身と云ふは、即ち太刀を持つ手と心得ればすむ也。然れば、心は懸に、身は待と云ふ也。両意なれども、極る所は同じ心也。とにかく敵に先をさせて勝つ也。」
 
 宮本武蔵は五輪書風之巻に「他の兵法に、はやきを用ゐる事」
 兵法のはやきといふ所、実の道にあらず。はやきといふ事は、物毎に拍子の間にあはざるによって、はやきおそきといふ心也。その道上手にては、はやく見へざる物也。武蔵の兵法35箇条にも「拍子の間を知ると云う事」で拍子の間を知るは、敵により、はやきも在り、遅きもあり、敵にしたがう拍子也。・・。

 笹森順造著一刀流極意の一刀流兵法本目録にも「懸中待・待中懸」の心得があります。
  進み懸る際にも敵の色を見てその急変に即応する心構を失ってはならない。敵の寄正を見定め、我が動静をかけ、待つ中に懸ることよくして勝を一瞬にのがさぬようにしなければならない。
 もう一歩進めて懸待一致之極意をしめす。即ち懸の太刀を正しく遣うとそのまま待の太刀となって敵の変化に即応する。従って懸による破綻は決して起こらない。また待の太刀が正しければそのまま何時までも懸るの働きをなし勝はその中にある。

 この百足伝の歌は奥の深い、然し古流剣術の業は当たり前としてあったもので、現在行われている組太刀も、単なる太刀打ちの、演舞から離れればいくらでも考えられるものです。

 

 

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2020年3月24日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の17我が流を使いて(無外流真伝剣法訣)

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の17我が流を使いて

無外流百足伝
我が流を使いて見れば
      何もなくして勝つ道を知れ

 無外流の事(わざ)を学んで見るならば、何も之と云った、決まりごとの業や技巧を凝らす訳でもない、ただ勝つ道を知る事になるのである。この歌を直訳すればこんなところでしょう。
 「これでは無外流を知らないので歌のままでは何も伝わってきません」と云ったならば「お前如きに解るものか」と訳知り顔の、無外流を習いも稽古もしたことのない、へぼ先生にあざけられてしまいます。
 しかし、どの武術流派でも根本的な処は単なる業の形を追うだけでは、大道芸に過ぎないもので、初心の稽古形としてとか同じ形を毎日繰り返すことに依る禅的修行や老人体操には良しとしても、武術としては程遠いものでしょう。其の業を身に付けるには、その業のもつ精神的な理も知らなければならない。そうでなければ、相手の害意を察した顔をして一方的に斬り殺さざるを得ません。
 
 中川申一著無外流居合兵道解説には載せられていませんが、無外流には「無外流真伝剣法訣」という伝書がありその中に十剣秘訣と云う、無外流の流祖辻月丹が書いた無外流の心得が残されています。それは形の順序を示す様な業手附ではなくどの流派の業にも適用できる精神面の心得を綴ったものです。
 無外流百足伝のブログ3月21日4の4「とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし」の処で紹介してあります。
 辻月丹は伝書に「伝を誤り真をみだし或は奇抜俗をまどわす、連城の声ありと雖も甕瓦の功に異ならず、嘆ずるにたうべけんや」と云い、形が崩れるのはその精神が伝わらず形ばかりの形骸だけが誤って伝わる事を恐れて書き残された十則の教えです。
 この教えだけで充分研究課題としては素晴らしいものです。無外流の方々のブログにアップされていますのでそちらを開いてご研究をお願いするだけにしておきます。
 さわりだけと云う方には、大森曹玄著剣と禅の「一法無外へなへな剣の都治月丹」をお勧めします。これだとて十剣秘訣の教えを充分解読された剣法書と云えます。

 武術は人としてあるべき何物にも侵されない姿、然し優しく和する心を持った、平常心によって何時如何なる場合でも瞬時に応じられる修業を基としています。
 其の為には、基軸となる思想はもちろん、姿も軸がしっかりして居なくてはなりません。
 相手の思いは、暗がりで物を見ようとしても目に見えるものでは無いように憶測であってはならない。従って、憶測で物を言わず、動かず、相手の僅かな言葉や動作に従って反応すべきものです。しかし、人は眼に見える動きや、聞える言葉の裏に本性があるもので、表の状況に惑わされやすいものです。己を無我の境地で相手に接する必要があります。
 そのように、相手も澄み切った心であれば、水に写る月のように実態はないものです。
 無我の境地で相手に従って応じて行けば、次々に打ち出される事毎にも応じられるものです。そんな打ち合いに於いても、打つべき時には躊躇せずに全身全霊を以て打込むべきもので、此の事は業形によってなすものでは無く心に映じたものによって、手足が動くものです。手足が状況に応じて自由に動くには、日々の稽古によるあらゆる状況に応じられる修業と同時に、無我の心を養うものでしょう。

 流派に依る、業の違いや、運剣動作が如何様に有ったとしても、勝つべき道は一つと歌っている様です。
 
 

 

 

 
 

 
 
 

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2020年3月23日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の16我が流を使はゞ

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の16我が流を使はば

無外流百足伝
我が流を使はゞ常に心また
       物云ふ迄も修行ともなせ

 我が流の亊を使うならば、常に心もまた物を云うまでに修行しなさい。古伝を読んでいますと「亊」の文字が使われて「業(わざ)」と読ませています。曽田本でも「亊」ですが曽田先生は是は「業ではないか」とされていますが強いて文字を変えていません。
 「我が流を使はゞ」については、無外流と言う武術ですから、業技法もその考え方も「使う」事になりますから、それを単なる刀法に絞らずに「亊」として読んでみました。動作は体が覚えて行くのですが、体を動かすのは心である、心が物を云い体を動かす様に修行せよと云うのです。心が物を云う訳は無いので、無心と成れば、状況に応じて習い覚えた動作が自然に発して来る迄修行せよと云うのでしょう。
 
  宮本武蔵の五輪書火の巻は実戦の場に臨んで、敵に打ち勝つ要諦を書きあらわしたとされています、その序文の末尾に「此道の達者と成り、我が兵法の直道世界におゐて誰か得ん、又いづれかきわめんとたしかに思ひとって、朝鍛夕練してみがきおほせて後、独り自由を得、おのづからきどく(奇特)を得、通力不思議有る所、是兵として法をおこなう息なり」意味は、この道の達人となって我が兵法の正しい道を知り、極めようと思い立ち、朝鍛夕練して磨き上げて見ると、何物にも縛られる事のない心の自由を得、心が特別な働きをしてくれる。万事に不思議な力があるところを知り得た。是が武術を修業する本来の心意気というものである。

 柳生宗矩著兵法家伝書の殺人刀に「平常心是道」という景徳伝登録巻28の言葉があります。是は「道は修を用いず、ただ汚染する事なかれ、何をか汚染となす、ただ生死の心ありて造作し趣向するは、皆是れ汚染なり。若し直にその道を会せんと欲せば、平常心是れ道なり。
 いわゆる平常心は、造作なく是非なく、取り締まり無く断常なく、凡無く、聖無」渡辺一郎校注より。
 宗矩は「此の平常心をもって一切の事をなす人、是を名人と云う也。・・いつとなく功つもり、稽古かさなれば、はやよくせんとおもふ事そ
ゝのきて、何事をなすとも、おもはずして無心無念に成りて、・・この時我もしらず、心になす事なくして身手足がする時、十度は十度ながらはずれず、その間にも、いさゝかも心にかゝりたれば、はづるゝ也。無心なる時、皆あたる也。無心とて、一切心なきにあらず。唯平常心なり。」

 

 

 

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2020年3月22日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の15兵法の奥義は

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の15兵法の奥義は

無外流百足伝
兵法の奥義は睫の如くにて
      余り近くて迷いこそすれ

 兵法の奥義は睫毛のように、余りに近くにあるものでこれで良いのかと迷いこそするものだ。と歌っています。兵法の奥義はそれほど手近なところにあるのでしょう。然しそれが解ったとしてもその瞬間にスルスルと為せるものなのでしょうか。
 奥義は我が心に由来するもので、心の修行とか言いますが、修行しなくとも本来あるものを自ら蔑ろにして居るに過ぎないのでしょう。無双直伝英信流では「我が身をまず土壇と為して後自然に勝有、その勝所は敵の拳也」とあるのですが、我が身を土壇と為す事が容易な事ではありません。こう来ればああしよう、ああであればこうしよう、相手を威圧するように姿勢を正して凛とした姿を見せよう、などと思いめぐらせてしまいます。心静かに無心となれば、相手の思いは我が心に移るものとは聞かされていても我が心が一番遠くにあるようです。

 高野佐三郎著剣道では「諺に秘事は睫毛といふ如く、睫は目の傍にあれども、自分は見ることは能はず。鏡を取りて照せば始めて見ゆるなり。その鏡を取りて見よといふが秘事にて、聞きて見れば何の難しき事も無しといふのである。」睫毛を見るたとえに鏡は理解しても睫毛と武術の秘事とは同じになりそうも無いのでこまります。たとえを真面目に鏡で見れば秘事も見えるよと云う程度の事でも無さそうです。

 この歌で15首目ですが、ここまでに15もの教えが歌われています。「この様におやりなさい。それが出来れば奥義の秘事ですよ」と云われても、出来ないのは、己が心が邪魔するのです。

 沢庵和尚の不動智神妙録に「心こそ心迷はす心なれ、心に心心ゆるすな。」と歌っています。
 柳生新陰流の柳生宗矩は兵法家伝書でこの歌の解説をしています。「さる歌に 心こそ(妄心とてあしき心也。我が本心をまよはする也)、心まよはす(本心也。此心を妄心がまいはす也)、心なれ(妄心をさして心なれと云ふ也。心をまよはす心也とさしていふ也。妄心也)、心に(妄心也。此妄心にと云ふ也)、心(本心也。心殿とよびかけて、本心よ妄心に心ゆるすなと也)心ゆるすな(本心也。妄心に本心をゆるすなといふなり)」。
 本心が妄心に左右されて、誤ったことをしてしまう、本心そのものの思いが極意とも取れます。 

 この歌と同様の歌
曽田本居合兵法の和歌
 目の前の睫毛の秘事を知らずして兎角せんと一期気遣う
 目の前の睫毛の秘事を知りぬれば唯速やかの一筋のみち

他に
 なかなかになほ里近くなりにけりあまりに山の奥を訪ねて
 極意とて表の内にあるものを心尽しに奥な尋ねそ
 われとわが心の月を曇らせてよその光を求めぬるかな



 

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2020年3月21日 (土)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の14とにかくに

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の14とにかくに

無外流百足伝
とにかくに本を勤めよ末々は
       ついに治まるものと知るべし

 この歌は、どの様に解釈すれば歌心が読み取れるのでしょう。とにかく武術の基本をしっかりと身に付ければ、自然とものになると思いなさい、とでも歌っているのでしょうか。
 ここでの「本」とは何を言うのでしょう。「治まる」とは何が治まるのでしょう。百足伝は無外流の始祖が残された和歌ですから、無外流の基本となる「本」を知らなければなりません。武術は流派の違いは有っても至る所は同じと考えてもいいのですが其の流の治まる処は何かある筈です。
 中川申一先生の無外流居合兵道解説の序文に、無双直伝英信流第20代宗家河野百錬先生もお書きになっていますが「思ふに真の剣道を知らんと欲せば、真剣日本刀を以てする居合に依らなければ、その真髄は得難く、竹刀剣道の叩き合いのみでは真の剣道とは言い難い。この両者が相まって始めて真の剣道となるものと確信する。・・道は一つであり、他流の者と雖も本書によって、斯道の真髄を体得し得るであろう。」と述べられています。
 中川申一先生は石井悟月先生の序に依れば「先生は先師から伝えられた目録によって失われた技を探求し、各流の師家を訪ねて研究され、五用、五箇、走り懸り、五応、内伝に分類され、更に他流に殆ど失われている、脇差の形と居合の形を集録されて茲に大成された。」と、述べられ、失われた無外流の業を整理されて居られます。
 中川申一先生の自序では、「居合はスポーツに非ずと合同を拒んだ全日本剣道連盟が、昭和31年に居合道部を設置」を、当時遺憾とされておられます。更に「正しき理念と正しき術とを指導する者がなければ、真の精神や術は失われることとなり、只刀を振るだけならば大道芸人と何等異なる所がない。」とも書かれています。此の事は現代居合を指導される先生方も今一度考えてみるべきもので、単なる業技法の統一的指導に終わらせない事が今後の「何の為に居合を学ぶのか」の問いに明確に答えられる指導者を育てなければならない事でしょう。
 中川申一先生は自序の終りに、多くの方に助けられて本を出されていますが「お陰を以て本の体裁をなすに至ったが、内容に至っては自分では満足してはいない。殊に精神面の説明表現に至っては、忸怩たるものがある事を自ら認めている。」と残念がられています。

 この百足伝の和歌に戻ります。どの流であれ剣術や居合を学ぶ者は、立姿や座し方、刀の握り方、構や、斬り付けをその流の形として教本にも書かれて指導されています。流に依る独特の形は教本や一律な講習会指導では見いだせないものです。其の上連盟と称する団体の昇段基準や競技判定基準によって流独特の方法は何処かへ行ってしまった様な気もするものです。従って現代では指導され教本にある形で出来たとしていればそれなりです。それをこの歌の「本」と捉えるのはお粗末すぎると思うのです。其の流の業を全うできる手の内や、体の使い方は他流とは異なって然るべきものですし、それも状況次第で出来なければ武術とは言えそうにありません。
 例えば無外流の五用の一本目真の正座から斬り込まんとする敵の右脇の下への切り上げは、無双直伝英信流の正座の部一本目前の横一線の抜き付けとは明らかに異なります。
 武術としての抜き付けと、現代居合による演舞用の抜き付けで良しとしていたのでは考えさせられてしまいます。

  中川申一先生の全日本居合道新聞昭和38年4月1日の論説の一部です「無外流兵法の祖辻月丹の伝書である無外真伝剣法訣の序文中に「劉輪之巧妙非糟粕(たくりんのこうみょうそうはくにあらず)の語がある。荘子の天道篇の中にある比喩である」
 これは、書物では本当の処はわからないのであって、糟を読んでいるようなものだということとして知られています。
 中川申一先生は「居合なども古人の糟粕に過ぎないのである。然らば抜刀納刀や刀の振り方姿態のみに捕らわれ、外形のみを事とする時は一生糟粕を嘗め続けるもので祖師の苦心の作も一介の瓦のかけらに過ぎない。・・祖師の居合を行ぜんとするならば、その居合を行ずる事によって悟りを得て、既に滅せる心術を把握し極妙の精を再び我が物とした時に始めて祖師の居合を行じて居る事となるのである。故に居合を志す者は他を批判する前に先ず己の心の修行こそ大事である。心の修行未だ至らざるに拙者の居合こそ◯◯流の正しい居合で彼の居合は正しからざる居合であるなどと広言を吐く達人を見るが、これは己の屁の臭きを知らずして他人の屁を嗅いで廻る卑劣な行為で自己を冒瀆し自己の下劣さを暴露して居る人である。また居合道範士等の肩書を有する人で技の理合や理論も充分説明し能わずして兎角自己を高く見せんがために云う人があるが、いやしくも最高称号の受有者ならば如何なる居合の技でも充分に説明し得る迄研究して貰いたいものである。また居合修行者として大切な事は技術・理論も然りであるが歴史についても研究していただきたい。・・・無外流の流祖は「劉輪之巧妙非糟粕」の一句を伝書に入れて後進者に強い教訓を与えている。」

 お前もその一人だ、と諭されています。だからこそ本物を求めて日々道場に立って一本ずつを抜いているのですが、習い覚えた22代、23代の居合が自然と出て来るばかりです。少しずつでも前に進められたらと思うばかりです。 

 

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2020年3月20日 (金)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の13軍にも

道歌
4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の13軍にも

百足伝
軍にも負勝あるは常のことまけてまけざることを知るべし

「軍にも」いくさにもと読みますが、戦いに於いても負けるとか勝とかは常の事だ、負ける事によって負けない事を学び知るものだ。と云うのでしょう。軍とは戦い、試合・仕合などとも解しますが、真剣勝負では斬られて死ぬ事も有るでしょう。大らかに考えて、自分ばかりでは無く誰かが真剣勝負で敗れた、その破れから何故勝てなかったかを学ぶことも出来るものでもありでしょう。常の稽古でも負け勝は常の事です。

 山田次郎吉著身心修養続剣道集義より一刀斎先生剣法書「術者負る所、勝たざる所を知るべし、負る所と云ふは先づ勝つ所なり、勝たざる所と云ふは敵の能く守る所なり、其負くる所我に有り、勝ざる所敵に在り。
 妄りに勝たんと欲する者は敵の勝つ所を知らざる故なり、我勝たざれば負けず、我負けざれば勝たず、故に十分の勝に十分之負あり、十分之負に十分之勝あり、勝ちて負くる所を知り、負けて勝つ所を知るは術の達者也。
 我が事理を正し、彼が事理を察して敵に因りて転化すべし。孫子曰、彼を知り己を知るは百戦殆からず、彼を知らずして己を知るは一勝一負、彼を知らず己を知らずは戦う毎に必敗す。」

 同書の窪田清音による剣法神秘奥義の奥義七ヶ條先勝「勝は常の学びに在り。旦暮怠りなく学ぶときは勝つこと其の身に備はるが故に戦へば必ず勝つ。之を先勝の術と謂ふ。平素修行を怠れば時に臨み先勝を得ず。戦はざれば勝負を分ち難し。此の心を以て修行怠らざる者は勝を常にして後に戦ふが故に畏るゝ所なし。」
 又、その奥義七箇条離勝「修行至り神明身に備はらざれば必ず勝たんことを思ふの病あり。勝つことを求めずして勝つことを離勝と曰ふ。離勝の位に至りては相応ずるものなし。」

 柳生新陰流の始終不捨書十問十答之事に「初心稽古之時截合悪き時は目迦ると覚えたる悪し、外るる物一つ有 口伝」で初心の稽古の時に切り合いが上手くできないのは目付けが上手くできない、その原因は一つ有る、口伝。と云うのです。其の心は「心也」とされています。その原因は迷いや不安、焦り、気負い、などで集中力を欠き、大事な目付を外してしまうためでその元は「心」が無くなってしまう事でしょう。(柳生延春著柳生新陰流道眼より)。
 
 曽田本居合兵法極意秘訣より「・・足を踏みつけずに体の居付かぬ様に浮き浮と立って、右の事(いろいろの業)を行うべし、敵と気分の喰い合わぬ様に我は敵と別々と成る心也。敵は〆合わせようとするを此方はそれに移らず、ふわりと出合うよし、ふわりとせねば右云う夫々の変出る事無し、考えるべし、右の働きを敵がすれば此方の負けと成る事の上にてこれより外の仕筋無し、深く工夫有るべし。
 修行の厚薄と勇気と臆病と此の二つの違いばかり也。此の処は我と得道すべし、外人より教え難し、我が心に合点して無理に事をせず気分一杯に働き見るべし、此の上にいかぬは、不鍛錬か心惑い得合点せぬか、吾臆病か、真剣の時は天命天運外に無し。当流の印可居合柄口六寸の勝、軍用之剱是口伝免べき亊此の外に無し。」

 勝負けについては、古今それぞれの思いを残されています。

 

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2020年3月19日 (木)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の12曇りなき

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の12曇りなき

百足伝
曇りなき心の月の晴れやらば
      なす業々も清くこそあれ

 曇りのない心であれば心に写る月は晴れ晴れとして見えるものである、そうであれば打出す業の数々も清いものであろう。分かったようでわからない歌の解釈です。
 分からないのは、先ず歌い出しの「曇りなき心」とは、相手がこのように来るならばああしよう、ああなればこのように、とか、この様にして打ち負かそうなど一方的に思いめぐらし、相手の事など何処かに置いてしまい気ばかり勝った状況を取り去り無心になる事を意味していると思います。

 曽田本にも居合心持肝要之事居合心立合之大事に「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚嫌う況や敵を見こなし彼が角打出すべし其所を此の如くして勝ん抔とたくむ事甚悪し、先づ我身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし、敵打出す所にてチラリと気移りて勝事なり、常の稽古にも思いあんじたくむ事を嫌う能々此念を去り修行する事肝要中の肝要也」。この教えが、百足伝の歌を解説しています。兎や角しようとせずに無心と成れば、相手のしようとする事が心に晴れやかな月のように移り込んで来る、そうであれば応じる業もスッキリとしたものとなって勝つことが出来る。

 笹森順造著一刀流極意の一刀流兵法仮字目録の水月之事にもこの歌の心を思わせる一節があります「身を充分に守っていると隙間もないが、ただ相手を打とう打とうと思うて自然に己の守りが不足し隙が出ると、そこを打たれる。月が清く心が明鏡止水のようであると、相手の姿やそのたくらみは月の光の中の斑点も悉く見える様に写るものである。わが心に写ると手に写り手から刀に写り、相手の隙を一刀のもとに制する事が出来る・・。」

 此処で注意しなければならないのは、心を無にして相手の動きを待つだけでは無いという事でしょう。相手の動きを察知して機先を制する事が「なす業々も清くこそあれ」につながると思います。懸と待の根本的考えは柳生新陰流の始終不捨書による「懸のうちの待。待の内の懸。懸々に非ず。待々に非ず。」と教えています。更に始終不捨書では「水月活人刀と云習いは昔の教なり。悪し。重々口伝」でその心は敵の移りり来るを待つ心ではなく、わが先をもって敵を「移れと移す心」である。(柳生延春著柳生新陰流道眼を参考) 
 

 

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2020年3月18日 (水)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の11稽古にも

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の11稽古にも

百足伝
稽古にも立たざる前の勝にして
      身は浮島の松の色かな


 百足伝9首目の歌は「兵法は立たざる前に先づ勝ちて立合てはや敵はほろぶる」でした。孫子の兵法により「戦わずして勝」という言葉はよく知られています。
 但し孫子は「是故百戦百勝 非善之善者也 不戦而屈人之兵 善之善者也」(是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり)。この様に戦うのでは善に非ず、戦わない事だというわけです。其の為には五亊の道・天・地・将・法を充分に理解して居る事。更に兵は詭道也としています。此処は解説しませんが孫子の計篇にある計り考える事として挙げられています。
 ここでの兵法は、いざという戦闘の場合、居合では仕合における勝負と見れば良いのでしょう。
  百足伝11首目は兵法に代り「稽古にも立たざる前の勝にして」しかも「稽古にも」ですから。稽古をするに当たっても、相手と打ち合う前に勝つのだというわけです。
 現代居合は概ね、相手の攻撃を意義なり理合なりによって想定し、それに応じて機先を制するもので、仮想敵に負ける事は想定外です。従って抜き付ける部位は一寸違わず抜き付ける事が出来、相手のどのような状況に於いて抜き始め、抜刀するかが自分の描いた仮想敵に適切でなければ稽古の意味などないも同然です。
 座して二呼吸半で刀に手を掛け、柄がしらを仮想敵の喉元に付け、序破急を以て抜き出し、横一線に抜き付け、抜き付けた拳の高さは、剣先の高さは、剣先は何処を向いている、などの形ばかりに拘っていたのでは、仮想敵に抜き付ける前に刀の抜き付けの標準値を繰返すばかりになってしまいます。
 昇段審査や演武競技などではそれで充分と思いますが、実戦を意図した稽古でそれでよいかは別物です。抜き付けはあくまでも相手の小手と決めたらあらゆる状況でも小手に抜き付ける事を瞬時に実施するものです。
 仮想敵ならば、自分と同じ様に横一線の抜き付けで右肩を狙って来る、或いは上に抜き上げ切り下して来る、相手は立って上段に構えて来る。
 どのような状況においても抜き付ける前に勝っている事が「稽古にも立たざる前の勝にして」に対応できるものでしょう。
 心を静め何時如何なる状況にも応じられる様に、業技法を身に付ける様に心掛け、その座した姿は、小さな浮島に凛として生え、塩を含む雨にも風にも負けずに居る松の風情なのでしょう。
 
 

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2020年3月17日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の10体と太刀と

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の10体と太刀と

百足伝
体と太刀と一致になりてまん丸に
        心も丸きこれぞ一円

 体と太刀が一つになってまん丸になり、それに心も丸くして気・剣・体一致したものが一円となる。
 この歌心は、無外流に入門して稽古の中から自ら会得する以外に他流の状況から軽々しく判断すべきではないかもしれませんが、武術流派と云うのは一流を興す以前に指導を受けていたとしても、先師の体格や思想、子供のころからの癖などから作り上げられたもので、至る所は同じ様に至る所と最近は思うようになってきました。
 無外流の五用の真・連・左・右・捨を手附けに随い稽古しながら、真で一人を倒したが連で敗ける。左・右で勝ったが捨で拳を斬られ返す刀で踏み込もうとしていた右膝を斬られ、なすすべもない。

 まず、太刀と体の一致した斬撃は意外と出来ていないもので、太刀の振り下しを手首の上下や、伸べ手になっていたり、腕だけで振っていたり、肩だけであったりするものです。
 居合だけをやって来たとか、竹刀剣道をやってきた人に多く見られます。
 居合だけの人が何故と思ったのですが、居業から稽古をするので、足腰が居付く傾向にあり手打ちになり安いからかも知れません。組太刀があるだろうと云うのですが、矢鱈手だけでポンポン当てっこするばかりで、大人の棒振りチャンバラです。木刀で木刀を受けてどうする、でしょう。
 居合の手打ちも年を取って体に柔軟性が無くなると、張り子の虎の首が動いて居る様な打ち下しばかりです。
 竹刀剣道は当てっこと云われるだけあって、飛び込んで手首で打ち込んでいるようで切ってるわけではないのです。真剣ならば当たれば素肌なら致命傷でなくとも切れるからまあいいか。

 妻木正麟著詳解田宮流居合規矩準縄では「業になれ術を得て心静かに心気の術を得て、気躰の三つ一にならざれば、其はたらき業自由ならず。心気力の三者調はざれば全く成り難し。心を治め、気を静にして力を養ふは修行に在り。(環の伝)心、気、業、一致して環の如きこと。」個々の事は兎も角環になる事のようです。

 笹森順造著一刀流極意之極意秘伝に剣身不異という教えがあります、「剣をとって敵に立ち向かう時に剣と体とが離れ離れになっていたのでは用をなさない。剣と体とは一体になり、体の構えは剣中の体であり、剣の構えは体中の剣でなければならない。切るのには手にした剣の働きばかりで切れるものではない。剣中にある体を運び、体中に蔵する剣を働かせ、体の主たる心中の剣を手にした剣を揮って切って初めてその用を達するものである。」
 又、金の輪の中に「すべて下手の働きはここにつかえあそこに行詰まり、角々しく四角八角となるが、慣れるに従って角が段々ととれ、角が鈍くなり十六角三十二角と角張った所が円くなり、上手に至ると丸くなる。内容が入れ物に充実すればするほど丸くなる。此の上達が成就して一円相、立体の球となり、一切を金の輪の中のものとせばわが働きもまた円満具足して欠くる所がなく、わが打突は必ず功を奏することになるのである。」円相から球体にまで変化して行く事まで求めています。

 曽田本英信流目録秘訣として第九代林六太夫守政の口受に「手の内:敵と刀を打合はするに合刀せずと云亊なし、其合刀したる所にて敵の拳を押へて突くべし。 輪之内:敵と打合はするに輪にならずと云亊なし、上にて打合せ亦下にて合へばすぐに輪と成る、堅横皆同じ、其輪をはづして勝べし。 十文字:敵と打合すれば、輪と成り十の形となる、互に打合せたる所は是十の形也、其十の形に成りたる所にて手を取れば勝也。手の内、輪の内、十文字は別の亊ならず皆一つに唱る事なり、外の事にはあらず、拳を取れと言う事の教へ也。」拳を取る当流の極意は手の内輪の内十文字に合刀する事無く外して輪と成って拳に打ち勝つ教えと云っています。この教えは現代居合では失伝してその心得も伝わってはいません。居合や組太刀の幾つかの業の中に忍ばせてあるとしても、古伝の心得を学ぶ者は少ない現状です。

 この百足伝の歌心をどの様に読み取るかは、其の人の力量によるのでしょう。

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2020年3月16日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の9兵法は立たざる前

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の9兵法は立たざる前

百足伝
兵法は立たざる前に先づ勝ちて
        立合てはや敵はほろぶる

 孫子の兵法では戦わずして勝つ事を善之善と云っています。此処での兵法を大軍を率いての兵法として読み解く事も間違ってはいないでしょうが、百足伝が其処までを要求しているとは思えません。
 しかし当然のことながら宮本武蔵の兵法35箇条にいう、兵法の道見立て処の亊「此道、大分の兵法、一身の兵法に至迄、皆以て同意なるべし。今書付る一身の兵法、たとへば心を大将とし、手足を臣下郎党と思ひ、胴体を歩卒土民となし、国を治め身を修る事、大小共に兵法の道におなじ。」同じ事と思います。

 兵法は立ち上がらない前にすでに勝ち、立合った時には敵は亡びているものだ。居合の勝負として立たざる前に先ず勝つとしたのですが、兵法は立合う前に既に勝を得ている、相手を気で圧しているというのでは小説の一節に過ぎません。
曽田本居合兵法の和歌には立合う前に勝つべき心構えや理を歌に歌っています。
居合とは心を静め抜く刀抜ければやがて勝を取なり
居合いとは心に勝が居合也人に逆うは非刀としれ
居合とは刀一つに定まらず敵の仕掛を留る用あり
寒夜にて霜を聞くべき心こそ敵にあうても勝を取るなり
待もする待っても留る事ぞ有り懸待表裏二世の根元

 妻木正麟著詳解田宮流居合の規矩準縄では「・・居合の術は勝負に拘はり、勝負を離れ、己れに克ちて己を正し、業に由りて心気を治むるの心法なり。即ち業を盡して心膽を練り、心気を治めて神明に至る。・・神術を得れば、見んことを思はずして明らかに見、問うことを思はずして心に得、聞くことを思はずして能く聞え、手の活気を求めず、足の進退を思はず、心に留めずして動静変化其の機に至る。」としています。

宮本武蔵の五輪書火之巻の枕をおさゆるとゆふ亊「枕をおさゆるといふは、我実の道を得て敵にかゝりあふ時、敵何ごとにてもおもふきざしを、敵のせぬうちに見知りて、敵のうつといふうつのうの字のかしらをおさへて、跡をさせざる心」ここまで出来る様になれば、百足伝の歌心「兵法は立たざる前に先づ勝ちて」に至れるものでしょう。立合った時には敵は何も成す事も出来ず「立合てはや敵はほろぶる」。

 

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2020年3月15日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の8わけ登る麓の道

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の8わけ登る麓の道

百足伝
わけ登る麓の道は多けれど
      同じ雲井の月をこそ見れ


 山に登る麓からの登山口は幾つもあるけれど、何処から登っても頂上で見る雲井の月は同じだ。と歌っています。武術で云えばどの流派から稽古をしても修行の行き着く処は同じだろう、と云うのでしょう。更に其の流の業技法ではどの業から始めても修行を重ねれば同じ奥義に達するよ、とでも云うのでしょう。

 現代居合では、初心者が始めに習う業は無双直伝英信流ならば正座の前からと決まっている様な感じです。教本の一番最初に書かれているし、初めての稽古業は前から始まり、前ばかりの毎日です。
 河野百錬著大日本居合道図譜に於いて「初心の間はみだりに奥の業を追はず正座基本の業をよく研尽すべし」と言い切っています。

 無外流の中川申一著無外流居合兵道解説でも「正座の部五用の真、連、左、右、捨の五つの用法は無外流居合の根幹をなすもので、正座の姿勢から左足、右足を踏み出し、又は退きつつ斬突の動作をなすことは立居合よりは困難で、脚部の各関節と腰の運動量は夥だしく多い、故に之を熟すれば、他の正座又は立居合は労せずして行うことが出来る、されば充分之に熟して後他の居合に進むべきである。」

 宮本武蔵は五輪書風の巻で「他流に奥表といふ事 兵法のことにおゐて、いづれをおもてといひ、何れを奥といはん。芸により、ことにふれて、極意・秘伝などといひて、奥口あれども、敵と打合ふ時の理におゐては、表にてたゝかい、奥をもってきるといふ事にあらず。我兵法のおしへやうは、初めて道を学ぶ人には、其わざのなりよき所をさせならはせ、合点のはやくゆく理を先におしへ、心の及びがたき事をば、其の人の心をほどくる所を見分けて、次第次第に深き所の理を後におしゆる心也。され共、おおかたは其のことに対したる事などを、覚へさするによって、奥口とゆふところなき事也。されば世の中に、山のおくを尋ぬるに、猶奥へ行かんとおもへば、又口へ出づるもの也」。この五輪書の一文は百足伝の歌心を指している様の思えてしまいます。
 この五輪書に引用された歌は「なかなかになほ里近くなりにけりあまりに山の奥をたづねて」。

 無双直伝英信流正座の部一本目前の意義「正面に対座する敵の害意を察知するや機先を制して其の抜刀せんとする腕より顔面にかけて我が右足を踏み込みて斬付け返す刀を双手上段に冠りて真向に打ち下し勝を制する意也。」

 無外流五用の一本目真の理合「敵が刀を抜き上げた刹那に、右脇に向かって斬り上げて脇下の腱を斬る。敵は右腕の自由を失って体勢が崩れる。その時左袈裟を斬って仕留める。」
 この手付は、仮想敵をしっかり描けない人には業になりそうにありません。是が一本目の業なのです。下からの切り上げは無双直伝英信流では、河野百錬先生創案の抜刀法の奥居合立業前敵逆刀です。

 田宮流の表の巻一本目稲妻の想定「我と対座している敵が立ち上がって右斜め前方から上段から切りかかろうとするので、我はすばやく立ち上がりつつ敵の肘に抜き付け、さらに真っ向から切り下ろして勝つ」
 この業は、無双直伝英信流の立膝の部3本目稲妻そのものです。初心者への指導法を一律に行うべきか、其の人の状況を能く見てどこから始めるべきか指導者の力量が試される処でしょう。

 この三つの流においても是だけの一本目の違いがあるものです。武蔵の業における洞察は実戦に依って鍛えられた思想に裏付けされているもので机上のものとは異にしています。

 柳生新陰流の始終不捨書の十問十答之事に「初心に初より巧者の如く直す事悪し。先ず成り次第に十禁十好之習を癖にさせて足を動かし、心のかたまる所を見つけ直すべし」とされています。人に依り一様ではないが、やりたいようにやらせて、この流の基本となる所はしっかり身に付けさせるのだと云います。然し一方的に押し付けるのではなく、其の人の心が固まって居る所をよく見て導くのだと云うのです。
 武術が趣味の世界では無かった時代の考え方は、将に本物の教育指導要領が出来上がっていたのです。己ばかりが強くて偉いと錯覚している現代と違って、優れた弟子を生み出せなければ、其の流は消えて行ったのも頷けます。

 どうも河野百錬先生の無双直伝英信流は、指導者が見本を示し、門人達が指導者の手打ちによって一斉に同じ業を繰返す、戦時中の何が何でも最前線で殺される新兵教育の感がしてしまいます。此の流の傍系では名人上手は不要と言い切った指導者さえもいる様です。新陰流の始終不捨書は柳生兵庫助によって父親の柳生石舟斎宗厳の新陰流截相口伝書事の幾つかを否定して居る位です。

 私の指導をしていただいたのは、漫画家の田中正雄先生で、居合は異論の事柔道、剣道、杖道を治められて、私の要求で習い始めて一年少々で無双直伝英信流居合の正座の部から奥居合、更に早抜き迄指導して下さいました。
 その時を思い出すたびに、正座の部一本目前に固執するより、立膝の一本目横雲を途中で習い、正座より複雑な動きに馴れると正座が楽にこなせてしまう事を知った事です。
 

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2020年3月14日 (土)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の7山河に落ちて

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の7山河に落ちて

百足伝
山河に落ちて流るゝ栃殻も
      身を捨てゝこそ浮かむ瀬もあれ

 この歌は空也上人の空也上人絵詞伝とされる様ですが、空也上人は延喜3年903年から天禄3年972年頃の浄土教の上人で、この絵詞伝が成立したのが天明2年1722年の事と聞きます。
 谷川に落ちて流れる栃殻も、実を犠牲にすれば浮ぶ事も出来るであろう。と歌っています。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という事で知られる、難問にさいなまれていても自分を捨てて懸れば助かる道も開けよう、という事に使われます。
 捨て身の人になれば、という事ばかり前に押し出し徒に懸って行ったのでは相手の思うつぼに過ぎませんが、ここでの歌心を稽古における心構えとして捕えてみます。
 いくら稽古をしても、形は何とかなっていても、術が決まらない、そんなことは誰でもある事ですが、自分より下位の者には容易に決まるのに、上位の者には刃が立たない。特に竹刀剣道を長くやって少しは実績を残した人に多く見られる現象です。
 習い覚えて結果を出してきた、体の使い方が古流剣術には通用しない事は多々あります。悔しいので「形はかたちだから」と嘯いて見ても其の流の、足遣い、腰、肩、手の使い方が出来なければ業にはなりません。もがいて見ても、力任せにやって見ても出来ないものは出来ない。今までやって来た良しと思えること毎を一度忘れ去って、白紙の自分になった時、其の流の業技法が目の前に浮かび上がって来る事があります。
 過去に良しとしたことを捨てて見るなど、簡単に出来ないかもしれませんが、習うという事はそんな事から始めなければ習いにならないのです。
 「身を捨てて」ほどの大袈裟な事では無いと思うかも知れませんが、其処まで思い切らなければ、習い・稽古・工夫のどれも出来ないのは当然です。どんなに思い切って捨てて見ても、習い覚えた仕草は、折りに触れ出てしまうものです。
 
 
 

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2020年3月13日 (金)

道歌4田宮流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の6吹けば行く

道歌
4、田宮流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の6吹けば行

百足伝
吹けば行く吹かねば行かぬ浮雲の
         風にまかする身こそやすけれ


 風が吹けば流れていく、吹かなければ其処に留まっている浮雲のように、相手の動きに身を任せて応じるのは容易ですよ。

 田宮流居合歌の伝に「居合とはつよみよはみに定まらず兎にも角にも敵によるべし」。居合と云うのは我が方から仕掛けて強くとか弱くとか云う事では無く、兎にも角にも相手次第である。と云うのです。新庄藩の林崎新夢想流元禄14年1701年では「居合とはよわみ計りてかつ物をつよみて勝は非かた也けり」と田宮流と少々異なる歌心が詠まれています。
 風におまかせする雲と同じような応じ方を良しとするのでしょう。
 しかし一方、曾田本居合兵法の和歌では「待もする待っても留る事ぞ有懸待表裏二世の根元」といって、相手の出方を窺うとは言え懸る様にして待つ、待つようにして相手を誘い望みの所に打ち込ませて裏をとる、懸待表裏、の根元とも歌っています。曽田本の原本は文政2年ですから1819年に書かれた伝書です。1700年代半ばに第9代林六大夫守政が江戸から土佐の持ち込んだものでしょう。

 他流派などでそこそこ修行して来た人で、新たに稽古に来た時など、何故か負けてはならないと思うのでしょうか。むきになって強く打ち込んで来たり、打ち込めばこれまたむきになって請け太刀になって、居付いています。この百足伝の歌を読みながら、この歌は業技法の根元を歌っているよりも、初心の者が稽古をつけてもらう際のもっとも大切な心構えを歌っている気がしてきました。
 指導する人の一言も聞き漏らさず、云われた通りに打込んだり、受けたりする中から、その流の根元を知る事ができるのに、道場破りの気分でやって見ても何にも身につかずに終わってしまう。そんな顔が幾つも浮かんできました。相手に身を任せれば容易に知り得る術理をもったいないことです。

 更に修業が進んで再びこの歌に出合って、相手の動きを知り得る様になれば応じ方も自然に出て来る事が分ってきます。
 然し此処で武術はそんな安易なものでは無い、相手は我が打ち込みを誘うように隙を見せている、其処へうかうかと打ち込めば、ハッと思った時には我が太刀は外され相手の剣先が喉の寸前で止まっています。

 柳生新陰流の教えに截相口伝書の懸待有之事では「懸は意待に在り、待は意懸に在り。」
 更に始終不捨書では「懸の内の待、待の内の懸。懸々に非ず、待々に非ず。此の如く用いる者世に多し。懸々、待々、有々と位に備る所を知る者少し」と述べています。有とは働きと解説されています。(柳生延春著柳生新陰流道眼より)

 一刀流兵法本目録でも懸中待・待中懸の教えがあります。笹森順造著一刀流極意に依れば「・・進み懸る際にも敵の色を見て其の急変に即応する心構を失ってはならない。・・待つばかりでわれから攻める陽の気がかけたら勢がなく、敵に先んぜられ、敵の隙に乗ずることが出来ない」とされています。

 この歌は、初心から修行を積んだ人までも、其の歌心の深さを感じさせてくれる歌なのでしょう。同時に武術は人生を全うするあらゆる事象に対応できるものであって初めて武術と云えるのでしょう。 
 


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2020年3月12日 (木)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の5稽古には

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の5稽古には

百足伝
稽古には山沢河原崖や淵
      飢も寒暑も身は無きものにして

 稽古には、山、沢、河原、崖や淵、飢えも寒さ暑さもあるもので、自分に都合の良い条件ばかりでは修行にならないよ。と云うのでしょう。是は自然条件を例に挙げていますが、稽古相手についても言えるもので人はついつい甘えが先に立って、己の不詳は棚に上げて、厳しい指摘や、強い打ち込みなどをする相手を避けてしまうものです。
 上手いうまいと、ほめられておだてに乗って、出来たつもりになっても忽ち叩き落されます。

 こんな稽古の歌が歌われています。「吹く風も雪も霰も咲く花も勤る業の工夫とはなる」この歌心も稽古相手とみて。苦手な者や気の合う者も含めて誰彼となく教えを乞うべきものでしょう。
 曾田本居合兵法の和歌には「下手こそは上手の上の限りなれ返すかえすも誹りはしすな」という歌がありますが、何年やってもへぼや、入門したばかりの者を、自分の修行には意味が無いと誹るのではなく、その人から何故その様になってしまうのか、何故変われないのかなど学ぶ事は幾つもあるのにと歌っています。

 
 

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2020年3月11日 (水)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の4幾千度

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の4幾千度

百足伝
幾千度闇路をたどる小車の
       乗り得て見れば輪のあらばこそ

「いくちたびやみじをたどるおぐるまののりえてみればわのあらばこそ」歌の読みはこの様ですが、読み解くのは厄介です。
「幾度となく闇路を辿って来た小車なんだが、乗って来れたのは車輪があったればこその事だ」。
 イメージとして浮かぶのは、「幾度となく先の見えない闇路を行くような剣術の修行なんだが、やって来れたのは、回転しながら前へ進んでいく輪のようなものがあったればこそだ」。
 それでは其の輪とは何だろうと直読みして見てもグット握り締められような歌心が伝わってきません。車輪の回転は、車夫に依るのか牛や馬に依るのかですが、武術修行の輪は己の心の中にある、武術の奥義を求める強い志なのかもしれません。
 もう一つ、歌心を思って見ます。
 稽古の度に幾度も襲って来る術が決まらない不甲斐なさは誰にでもあるでしょう。出来たと思っても、兄弟子には通じない、まして師匠には全く通じない、そんな闇路を辿る様な修行だが、この流の道場で修行を幾たびもするうちに、小車の輪が回転するように少しずつ目的に近づいている様で輪は、人の和なのかもしれない。

 百足伝のこの歌に相当する歌は曾田本居合兵法の和歌には見当たりません。この歌の歌心は無外流の方ならばなんなく読み解けるのでしょうが、ついついもっと奥深い教えがあるのでは、と思ってしまいます。歌は己の力量で見渡せる範囲でしか読み取れないものです。修行を積み重ねいつの日か本物に気が付く事も有るものです。

 百足伝の書き出しに中川申一先生が書かれている「この百足伝40首の道歌は自鏡流祖多賀自鏡軒盛政が、門人を指導する毎に人体の差別を見て、指摘した口受である。人に大小長短幼老貧富の差別がある故指導者はこの点に心を配り、其の人に応じて指導すべきで、決して画一的に指導すべきではない。指導者の心得うべき事である。」と述べられています。
 

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2020年3月10日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の3うつるとも

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の3うつるとも

百足伝
うつるとも月も思はずうつすとも
       水も思はぬ猿沢も池

 月も写るであろうとも思わない、水も写そうとも思わないのに猿沢の池には月が写っているよ。と其の侭読めばいいのでしょう。塚原卜伝の歌とか誰が言いだしたのか有る様ですが、その真相はわかりません。
 曾田本神傳流秘書の抜刀心持引き歌では「水や空空や水とも見へわかず通いて住める秋の夜の月」という恐らく猿沢の池より大きな湖水の夜の風情を歌った歌があります。この歌は、湖面とも空とも区別がつかないのだけれど、どちらにも月が写った様に見えている風景を指して歌っている様です。
 武的歌心は、自分のはやる心ばかり前に出さずに、相手がどのように思って何処に打ち込もうとするのか其の心を、己の心を静めて見れば見えて来るよ。と歌っています。

 一刀流仮字目録の水月の事「敵をただ打つと思うな身をまもれおのづからもるしずがやの月」。敵を討たんと思はねども、己が身をよく守りたれば、悪しき処を知らずして己と勝理なり。

 新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事には「萍をかきわけ見ずば底の月ここにありとはいかでしられん」。うき草をかきわけて見なければ水に月が写っているのはわからないよ、と歌っています。うき草とは心を無にする事を邪魔する心でしょう。

 田宮流歌伝口訣では「水月をとるとはなしに敵と我心の水に澄むにうつらふ」。清水に月が移る如く敵の機の我に移ることを水月と名付ける。

 それでは、相手の動きが我が心に移って来る迄待つことが良いのかと云えば、それは消極的過ぎると異論を持ち出しているのが尾張柳生の始終不捨書でしょう。「風水の音を知る習い 昔の教は是も悪し 今の位之有り口伝」「風水に声無し 形無く 敵に随う 形静心険なり」。(柳生延春著柳生新陰流道眼より)

 無双直伝英信流第20代宗家河野百錬先生は正座一本目前の意義に於いて「正面に対座する敵の害意を察知するや機先を制して其の抜刀せんとする腕より顔面にかけ斬付けんとす」とされています。「害意の察知とは。敵に随うのか」と、問われる処と云えるでしょう。「形は静にして心は険なり」と答える事となるでしょう。

 

 

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2020年3月 9日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の2夕立の

道歌
3、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の2夕立の

百足伝
夕立のせきとめかたきやり水はやがて雫もなきものぞかし

 夕立がざあざあ激しく降ってきて庭や草花に鑓水をするまでもない、堰き止める事もならずに葉先から流れる水には、やりみずの涼し気にしたゝる雫の風情すらない。
 直訳すれば、こんな風情を詠んだ歌でしょう。普段は夕方の暑気払いに、手桶と柄杓で水撒きをする、如何にも涼し気で草花も葉先からポタリ・ポタリと雫を落として爽やかな気分にひたれる一時です。
 この歌心を居合の奥義の歌心を求めれるならば、突然抜刀して斬り込み、斬り倒すや「どうだ」とばかりに威丈高に去っていく荒々しいものを、「それは違うよ」といさめている様に思います。
 静かに刀に手を掛け、抜き打つや静かに相手を思いやる残心を以て納刀し何事もなかった様に立ち去って行く、そんな居合が望ましいというのでしょう。
 前回の「稽古には清水の末の細々と絶えず流るゝ心こそよき」とも相通ずる静かに澄んだ心構えを望まれている様に思えます。
 中川先生も無外流居合兵道解説の自序に「正しき理念と正しき術とを指導する者がなければ、真の精神や術は失われることとなり、只刀をふるだけならば大道芸人と何等異る所がない。」この大道芸人と云う表現がそのまま夕立とも言い切れるかもしれません。

 「無外流居合兵道解説」に無双直伝英信流第20代宗家河野百錬先生が序文を書かれています。
 「・・思ふに真の剣道を知らんと欲せば、真剣日本刀を以てする居合に依らなければ、その真髄は得難く、竹刀剣道の叩き合いのみでは真の剣道とは言い難い。この両者が相まって始めて真の剣道となるものと確信する。然るにこの武道の根元とも言うべき居合を学ばんとしてもその書に乏しく、学者の之を嘆ずるの時、茲に中川氏が写真版によって、順を追ふて説明を付し、手をとる如くに意義方法を解説せられたる本書の出版は最も時機に適した企てで、斯道の研究者にとって洵に好個の良書と信ずる。道は一つであり、他流の者と雖も本書によって、斯道の真髄を体得し得るであろう。・・。」

 そこで、「やり水の雫」の基礎となる居合の礼法から正座を読んでみます。
 「上体を正しくして、肩の力を落し、肘は張らず、両手は指先を内に向けて股の上に置く、頭は正しく、眼は遠山の目付で前方を見る両膝の開きは肩の幅とする。腰を充分伸ばして臀部を両足の上に落ちつけ、両足の拇指を重ねる程度とする、刀は右側に刃を内側にして置く、下緒は輪にしたまゝ、鍔は膝の線にあるようにし、柄だけが膝から前に出る。」
 この正座の方法は全居連の刀法に沿ったもので、無双直伝英信流もこのように座します。無外流本来のものであったか否かは知りませんが、この座し方を以て相対せば、むやみやたらに抜刀して斬り合う気持ちは自然、腹に納まって来るものです。立居合からは得られないもので居合心を知るものでしょう。
 

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2020年3月 8日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の1稽古には

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の1稽古には

無外流百足伝
稽古には清水の末の細々と
     絶えず流るゝ心こそよき
*
 無外流は江戸時代土佐でも相当稽古されていたと思われます。明治以降の高知の剣道家川崎善三郎も無外流でした。
 武術の和歌はどの流派でも持たれていますが。独特の歌と云うより他流と同様の歌であったりしますが、まとまって残されているのは古伝の無雙神傳英信流居合兵法、現在の無双直伝英信流や夢想神傳流。田宮流の歌は林崎甚助重信の系統としてほぼ土佐の居合と同じような和歌であった事は前回でご紹介しました。
 今回は、中川申一著「無外流居合兵道解説」より百足伝40首の和歌を曾田本と対比しながら居合心を学んでみたいと思います。中川先生の「無外流居合兵道解説」は昭和30年1959年発行の非売品で神戸の凌霜剣友会発行で古書としてもなかなか見つけられない状況にあると思います。 
 百足伝については、他に「塩川寶祥の武芸極意書真伝無外流居合兵道」が塩川寶祥監修無外流居合道連盟編著で平成18年2006年に発行されその中に「百足伝解」として40首掲載されています。
 本来ならば無外流に入門してその居合の歌を学ぶべきものでしょうが、古伝の解説同様、土佐の居合の現代居合をベースに其の歌心に迫って見たいと思います。
 無外流の先生方にお叱り頂くとは覚悟の上で、進めて行きます。本物を何としても身に付けて残して行きたい一修行者のわがままをお許し下さい。

 百足伝に戻ります。
 稽古をする心構えを湧き出す清水の細々とでも絶えず流れている風情に譬えて歌っています。この歌は日本の伝統文化のあらゆる分野にも共通する心でもあると思います。

 静かな山の奥から湧き出て、流れ落ちてゆく澄んだ水に心を洗われる歌でしょう。前回の田宮流までは居合の奥義の心を歌った歌が殆どでしたが、無外流の一首目の歌に百足伝を纏められた自鏡流祖多賀自鏡軒盛政の人となりを偲ばせます。
 百足伝の序文に無外流宗家中川申一先生は「流祖多賀自鏡軒盛政が、門人を指導する毎に人体の差別を見て、指導した口授である。人には大小長短幼老貧富に差別ある故指導者は此の点に心を配り、其の人に応じて指導すべきで、決して画一的に指導すべきではない。指導者の心得うべき事である。
 百足とは「ムカデ」のことである。百足は歩くのに此の数多い足を絡ませる事無く、緩急自在に運んでいる。これ無意識なるが故である。居合を行うに当たっても之と同様で刀に気をとられ、手や足に気をとられては充分な動作は出来難い。無意識の状態に入ってこそ真の居合が出来るので、この境地へ迄行くのが修行である。」と述べられています。

 柳生新陰流の柳生兵庫助利厳が尾張大納言に柳生新陰流兵法正統第四世の印可相伝の際もたらした「始終不捨書」のはじめに、円の上に等分の三点を書き「三摩之位」とし「習い・稽古・工夫」の三磨を示されています。

 入門すると早く上手くなりたいとばかりに向きになって勵むも、しばらくするとサボりがちになっていつの間にか消えてしまう人も居ます。そうかと思うと低段者の頃、演武大会などで良い結果を出すと、それから猛烈に励んで何年かは続きますが、やがて初期の業技法から抜け出せずに結果が出ずに消えていきます。
 どこでも、4、5年くらい迄は師匠や古参が兎や角指導らしきことを口挟みますがやがて知らん顔、新人に興味が移って相手にされずほおって置かれます。此処から本来の自分自身で磨き上げる稽古が始まるのかも知れません。
 今の昇段制度は、そんな浮き沈みを程よく慣らす格好の制度かもしれません。

 曾田本居合兵法の和歌に「物を良く習い納むと思うとも心懸けずば皆すたるべし」と歌われています。百足伝の歌とは違い、体力気力器用さも時間が自由になる事もあって、幾らでも稽古が出来て湧き出る清水がいつの間にか大河になった気分になると、曾田本の和歌になってしまう様です。それでも最高段位迄30年も40年もかかる仕組みでは何とか其処までは良さそうですが、そこから先がお粗末です。昇段にのみ頑張って来た人は目標を失って何のために武術を修業して来たのかも見えなくなってしまう。借り物の武士道精神を持ち出して得々としてみても始まらない。稽古をおろそかにするため力量は忽ち低下し、口先ばかりになり、はては「俺は最高段位」とばかり権威を嵩に権力を振るうだけになってしまいます。其の原因の一つが昇段制度に依る、技量の区分けがもたらすもので、段位が高ければ人としても上位であるとの錯覚を起こさせるものでもあるのでしょう。
 果ては段位を金で忖度するのでは、やれやれです。

 

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2020年3月 7日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の26うき草は

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の26うき草は

田宮神剣は居合歌の秘伝
うき草はかきわけみればそこの月
       ここにありとはいかで知られん

曾田本秘歌の大事
この歌は有りません。

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
萍をかきわけ見ずば底の月
      ここにありとはいかでしるらん

 この歌の元歌がどこかにありそうな雰囲気ですが、是と云って見つけ出せずにいます。池一面に浮かんでいる萍を掻き分けて見れば、池の底に今日の月が写っていた。此の場合池の底に月は写るものなのか、水面に写るものなのか見たままの状況を詠んだのでしょう。
 武術では、相手の心を我が心に移しとって応じる水月の心が謡われています。

 無外流の百足伝「うつすとも月も思はずうつすとも水も思はぬ猿沢の池」
 一刀流の水月之亊では笹森順造先生は「早き瀬に浮かびて流る水鳥の嘴振る露にうつる月かけ」「敵をただ打と思ふな身を守れおのづからもる賤家の月」などの歌心を例に挙げて「清く静かな心を養うと相手に少しでも隙があるとそれが心の明鏡に写って打てるようになる。これが水月の教えである」と一刀流極意で解説されています。

 この歌は柳生新陰流の柳生但馬守宗矩の子柳生十兵衛三厳の月之抄(寛永19年1642年)の「真之水月之事」に見られます。「うき草をはらいてミればそこの月寔(ここ)にありとハ唯かしるらん」今村嘉雄著史料柳生新陰流より。
 新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事が元禄14年1701年ですから59年前に記録されています。きっとどこかに元歌があったのでしょう。 
 ちなみに、妻木正麟先生の田宮流は寛文10年1670年に紀伊大納言松平頼宜公の次男頼純公が、紀州家の分家である伊予西条藩に入部したとき、紀州田宮流が田宮対馬守長勝の弟子である江田儀左衛門尉によって伝えられたことにはじまる。(妻木正麟著詳解田宮流より)

 曾田本古伝神傳流秘書の書き出しにある「抜刀心持引歌」に居合太刀打共水月の大事口伝古歌に「水や空空や水とも見へわかず通いてすめる秋の夜の月」などの歌がこの歌の関連の歌と思われます。
 浮草を掻き分けて見なければ月は見えない、我が心を静めて無心にならなければ相手の心はわからないよ、と歌っている様に思います。

 田宮流歌の伝にある26首の歌を終ります。
 田宮平兵衛は林崎甚助重信と修行の旅をしたような足跡が東北地方の伝書からそれと無く感じられます。その時に感じた居合心を歌に詠んだのかも知れません。田宮平兵衛業政之歌32首として林六太夫守政は江戸から持ち帰った歌は32首あります。
 田宮神剣は居合歌の秘伝は26種でしたが同じ歌もあってそのルーツが偲ばれます。居合の形は違っても同じ居合心が引き継がれているのでしょう。
 
 居合を修業する心は同じでも、状況に応じる業技法は人に依り歳月により変化するのも当然ながら、人それぞれが受けて来た人生そのものがその人の癖となって業技法に現れて当然と思います。

 妻木正麟著詳解田宮流居合から居合道歌を拝借させていただきました、居合修行をする者の通過点として是非学ばねばならなかった歌心を勉強させていただきました。
 ありがとうございました。何かございましたらコメントをいただければ幸いです。

 もう少し歌心から居合に取り組んでみたいと思います。
 次回から中川申一著無外流居合兵道解説より百足伝を勉強させていただきます。

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2020年3月 6日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の25寒き夜に

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の25寒き夜に

田宮神剣は居合歌の秘伝
寒き夜に霜を聞くべき心こそ
      敵にあひても勝はとるべし

曾田本居合兵法の和歌
寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあふても勝を取なり

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあふての勝をとるべき

 それぞれ少々ニュアンスが異なりますが「寒い夜に霜が結ぶ音を聞き分けられる程に静かに澄んだ心ならば、敵に出合っても勝つことが出来る」。
 心を静めて相手の心の動きを知ることが出来れば勝てるものだ、と歌心は歌っています。敵に出合えば勝とうと焦って、一方的に打ち込んだり、相手がこのように出てきたらこうしようなど画策したり、中には怯えてしまうものです。そこを心を落ち着かせて相手の思いを我が心に移して懸待表裏の活人剣にいたる事を奥義として歌っているのでしょう。
 曾田本の居合心持肝要之大事居合心立合之大事には「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚だ嫌う、況や敵を見こなし彼が角打出すべし、其の所を此の如くして勝たん抔とたくむ事甚だ悪しゝ、先ず我が身を敵の土壇ときわめ何こころなく出べし、敵打出す所にてチラリと気移りて勝事也、常の稽古にも思い案じ巧む事を嫌う。能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」と述べています。
 曾田本古伝神傳流秘書の巻頭にある抜刀心持引歌の中の一節。“兵法に曰く端末未だ見ざる人能く知る事なしと有り。歌に「悟り得て心の花の開けなば尋ねん先に花ぞ染むべき」。「霜うずむ葎の下のキリギリス有かなきかの声ぞ聞ゆる」”。
 普段の稽古でも此の心は磨くことは可能でしょう、然し自分に都合の良い仮想敵相手や、形を「かたちだから」と初めから歩数何歩、打ち込む角度何度とやっていたのでは何も磨かれる訳は無いでしょう。
 

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2020年3月 5日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の24世の中は

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の24世の中は

田宮神剣は居合の秘伝
世の中は我より外のことはなし
       思わは池のかへるなりけり
(世の中は我より外のことはなし
       思わは池のかわずなりけり)
(世はひろし我より事の外なしと
       思ふは池の蛙なりけり)

曾田本居合兵法の和歌
世は広し我より外の事なしと
       思うは池の蛙なりけり

庄内藩林崎新夢想流秘歌之大事
世の中に我より外の物なしと
       おもふ池の蛙なりけり

 この歌は荘子外篇秋水第17によるものと思われます。「井戸の中の蛙に海の事を話してもわからないのは自分のいる狭い場所に拘っているからである」に依るのでしょう。「野語に之有り、曰く、道を聞くこと百にして以て己に若く者なし」これは、ことわざにわずかな道理を聞きかじって、自分に及ぶ者はいないと思うというのがあることをさしています。
 この歌もそこから、世の中は我より外に此の居合を知る者はいない、その様に思うのは池の中の蛙と同様だ、と歌っています。田宮流の括弧内の歌も歌の意味は同じでしょう。
 庄内藩の秘歌之大事には「世は広し折りによりてぞかわるらんわれしる計りよしとおもふな」と田宮流の括弧の(世はひろし我より事の外なしと思ふは池の蛙なりけり)より厳しく、世の中は、相手に依っても、状況によっても、時代によっても変わっていくものだ、今の侭で良いわけなどはない。と歌っています。たとえ今いる場所からより大きな所へ出たとしても、其のままであるわけはないぞという教えなのです。
 諺に「井の中の蛙大海を知らず」と云うのがありました、「大海は折に触れてぞ変わるらん」と武術には卒業など無いのです。

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2020年3月 4日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の23下手見ては

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の23下手見ては

田宮神剣は居合歌の秘伝
下手見ては上手の上のかざりなり
       返すかえすもそしりはしすな
(下手こそは上手の上のかざりなり
       返すかえすもそしりはしすな)

曾田本居合兵法の和歌
下手こそは上手の上の限りなれ
       返すかえすもそしりはしすな

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
下手こそは上手の上のかたりもの
       かえすがえすもそしりはしすな

 元の歌がどれなのか判りませんが、この歌は古くから歌われて後世の者が文字が読めなかったか、取り違えたかして変化して来たとしても大きな違いは無さそうです。
新庄藩の秘歌之大事は原文の文字は草書ですが楷書で書いておきます。
「下手こそハ上手能上乃可多りものかへ春〵もそし里者之春奈」
この草書体ですから、根元之巻授与の際どの様に読み解いたかはわかりません。

 歌の意味はそのまま読めば「下手こそは上手の上の飾り物(限り者・語り者)、どう考えても(幾度も繰り返すが・本当に・丁寧に)悪く言う(非難する・けなす)ものではない。」
 初心の内はいくら指導しても上手くならない、不器用な人はいるものですが、そこそこ年月が経過して真面目に稽古に励んでいても指導された様には出来ない、そんな人も居る者です。
 上手とは、指導された様に真似できる人を云うのか疑問ですが、大抵その程度のものです。真似が下手、覚えが悪い人の中には単なる真似事で「良し」としない人もいるものです。
 この歌は、どの程度の事を歌っているのか解りませんが、下手が居るから上手に見えるに過ぎない、だから下手を誹るなでは奥義の歌とは思えません。
 「何故そうするのか」の問いに答えられない「へぼ指導者」はいっぱいいます。真似だけして出来たとする事が出来ない本もの思考の人も居るのですから、そこを良く見て上手い下手を論じる事が忘れられています。
 みんな同じ様に出来て「あ~よかった、おれの指導も是で良い」では名人達人は愚か、真の伝承者すら残せないでしょう。
 

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2020年3月 3日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の22無用する

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の22無用する

田宮神剣は居合歌の秘伝
無用する手詰論おばすべからず
      無理の人には勝ちてせんなし

曾田本居合兵法の和歌
無用なる手詰の話をすべからず
      無理の人には勝って利はなし

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
この歌は有りません。

 田宮流の歌と曾田本の歌とは略同じと見ていいのでしょう。
必要も無いのに、攻め立てる様な話を仕掛けるものではない、理屈の分らない人には理論で勝っても何の益も無いよ。広辞苑の解く所に従って解読すれば、この様な歌の意味だろうと思います。
 「無理の人」とは「理の無い人」で「理屈が分からない人」、でもあるし「無理やり自分の考えを押し付けてくる人」とも取れます。業技法だけは一人前だが、人としてはチョットと云う先生に多い傾向でしょう。
 業技法だけに留めて自分流を見せつけるならば素晴らしいとも云えるでしょうが、それを嵩に弟子を思い通りに抑え込もうとするなど論外ですが、業技法の教え方も「習った通りに何故出来ない」と馬鹿だのチョンだの言い放題では弟子は育たないものです。
 人の師足らんと思う人は、自分の習った半分の時間で自分のところまで弟子を引き上げ、更に自分と共に上を目指す師でありたいものです。
 この歌は、そんな師弟関係でも通用する歌で、無駄な時間は不要です。
 昨年来の監督やコーチと選手、果ては昇段審査に金銭授受の忖度など、人の弱みに付け込んだ話がありましたね。

 この歌心はそんなくだらないことばかりを云うのではなく、もっと深く武術の奥を指示してくれている歌と思います。
 沢庵和尚の不動智神妙録に「事の修行を不仕候えば、道理ばかり胸に有りて、身も手も不働候。事の修行と申し候は、貴殿の兵法にてなれば、身構の五箇に一字の、さまざまの習事に手候。理を知りても、事の自由に働かねばならず候。身に持つ太刀の取りまわし能く候ても、理の極り候所の闇く候ては、相成間敷候。事理の二つは、車の輪の如くなるべく候。」
 理が分っていても、自由に働かせる業が不十分では役に立たない。また太刀の扱いがどんなに良くても、理が解らなければ唯の人殺しの棒振りに過ぎない、事理揃って武術は意味のあるものと云っています。
 

 

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2020年3月 2日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の21至らぬに

道歌
3、田宮流居合歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の21至らぬに

田宮神剣は居合歌の秘伝
至らぬゆるしこのみをする人は
      その道ごとに恥をかくべし

曾田本居合兵法の和歌
この歌は有りません。

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
至らぬにゆるしこのみをする人は
      居合の恥を我とかく也

 新庄藩の寛政3年1791年の伝書では「秘歌の大事」に「いたらぬに免許このみする人は居合の恥を我とかくらん」と変化して免許を欲しがる人と明瞭にしています。
 更に新庄藩の明治44年1911年の伝書では居合秘歌巻に「初心にてゆるしこのみをする人は居合のはじを我とかく也」と更に至らぬよりも「初心」にまで引き下げています。
 田宮流では「至らぬに許し好みをする人はその道毎に恥をかくべし」。まだその道の奥義に達しても居ないのに、免許を欲しがる人は、その道その道で恥をかくであろう。直訳すればその様に聞こえます。
 秘歌之大事では、そのまま、居合の奥義に達しても居ないのに、免許を欲しがる人は、居合の恥を我とかくであろう。ですが「我とかく」が気になります。此処を許しこのみをした本人と、それを許した師匠である我とも取れるし、二人とも恥をかくとも取れそうです。
 免許皆伝の意味は、指導された業数を教えたよ、と云うのが業目録、師匠の指摘されたことが出来たかどうかは疑問です。更に免許皆伝は皆伝えたよと云うだけのことです。取り敢えず指導は終わったよ、後は自分で磨き上げなさいというものでしょう。
 曾田本居合兵法の和歌には「物をよく習い納むと思うとも心掛けずば皆廃るべし」と厳しいことを歌っています。

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