« 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の17我が流を使いて(無外流真伝剣法訣) | トップページ | 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の19兵法は強きを »

2020年3月25日 (水)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の18兵法の先

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の18兵法の先

無外流百足伝
兵法の先は早きと心得て
       勝をあせって危うかりけり

 兵法の先を取ると言う事は早い事だと思って、勝ちを焦って、相手の動きなど見もしないで一方的に打込み危うく打たれる処だった。

この歌に関連すると思う歌を他流から探してみます。

曽田本居合兵法の和歌
 強味にて行当るおば下手としれ鞠に柳を上手とぞいう
 待もする待っても留る事ぞ有懸待表裏二世の根元
 早くなく重くはあらじ軽くなく遅き事をや悪しきとぞ云

妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝
 敵合に早き業とは何を云ふこゝろとどめぬ人をいふなり
 居合とはつよみよはみに定まらず兎にも角にも敵によるべし
 早くなくおそくはあらしかるくなしをそきことをぞあしきとぞいふ
 つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ
 待ちもするまたでも留まるやうもありかける表裏にせの根元
 初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし

阿部鎮著家伝剣道の極意
(樋口達雄 剣道いろは歌詳解) 
 先を打て先を打たるな稽古にも習ひは常に習慣となる
(柳生宗矩 兵法家伝書 福井久蔵編)
 勝といふ先々に後かちて又先々に先後先後に
(原田隣造著 高野佐三郎)
 機を得ずに先に出づれば後の先をかれに取られる事多きなり

 「先をとる」について柳生新陰流の「兵法家伝書殺人刀懸待二字仔細」の事を読んでみます。
 懸とは、立ち合うやいなや、一念にかけてきびしく切ってかゝり、先の太刀をいれんとかゝるを懸と云ふ也。敵の心にありても我心にても、懸の心持ちは同じ事也。
 待とは、卒爾にきってかゝらずして、敵のしかくる先を待つを云也。きびしく用心して居るを待と心得べし。懸待は、かゝると待つとの二也。
 「身と太刀とに懸待の道理ある事」
 みをば敵にちかくふりかけて懸になし、太刀をば待になして、身足手にて敵の先をおびき出して、敵に先をさせて勝つ也。身足を懸るにするは、敵に先をさぜむ為也。
 「心と身とに懸待ある事」
 心をば待に、身をば懸にすべし。なぜならば、心が懸なれば、はしり過ぎて悪しき程に、心をばひかへて待に待ちて、身を懸るにして、敵に先をさせて勝つべき也。心が懸なれば、人をまづきらんとして負けをとる也。
 又の儀には、心を懸に、身を待にとも心得る也。なぜなれば、心は油断無くはたらかして、心を懸にして、太刀をば待にして、人に先をさするの心也。身と云ふは、即ち太刀を持つ手と心得ればすむ也。然れば、心は懸に、身は待と云ふ也。両意なれども、極る所は同じ心也。とにかく敵に先をさせて勝つ也。」
 
 宮本武蔵は五輪書風之巻に「他の兵法に、はやきを用ゐる事」
 兵法のはやきといふ所、実の道にあらず。はやきといふ事は、物毎に拍子の間にあはざるによって、はやきおそきといふ心也。その道上手にては、はやく見へざる物也。武蔵の兵法35箇条にも「拍子の間を知ると云う事」で拍子の間を知るは、敵により、はやきも在り、遅きもあり、敵にしたがう拍子也。・・。

 笹森順造著一刀流極意の一刀流兵法本目録にも「懸中待・待中懸」の心得があります。
  進み懸る際にも敵の色を見てその急変に即応する心構を失ってはならない。敵の寄正を見定め、我が動静をかけ、待つ中に懸ることよくして勝を一瞬にのがさぬようにしなければならない。
 もう一歩進めて懸待一致之極意をしめす。即ち懸の太刀を正しく遣うとそのまま待の太刀となって敵の変化に即応する。従って懸による破綻は決して起こらない。また待の太刀が正しければそのまま何時までも懸るの働きをなし勝はその中にある。

 この百足伝の歌は奥の深い、然し古流剣術の業は当たり前としてあったもので、現在行われている組太刀も、単なる太刀打ちの、演舞から離れればいくらでも考えられるものです。

 

 

|

« 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の17我が流を使いて(無外流真伝剣法訣) | トップページ | 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の19兵法は強きを »

道歌4無外流百足伝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の17我が流を使いて(無外流真伝剣法訣) | トップページ | 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の19兵法は強きを »