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2020年3月 3日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の22無用する

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の22無用する

田宮神剣は居合歌の秘伝
無用する手詰論おばすべからず
      無理の人には勝ちてせんなし

曾田本居合兵法の和歌
無用なる手詰の話をすべからず
      無理の人には勝って利はなし

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
この歌は有りません。

 田宮流の歌と曾田本の歌とは略同じと見ていいのでしょう。
必要も無いのに、攻め立てる様な話を仕掛けるものではない、理屈の分らない人には理論で勝っても何の益も無いよ。広辞苑の解く所に従って解読すれば、この様な歌の意味だろうと思います。
 「無理の人」とは「理の無い人」で「理屈が分からない人」、でもあるし「無理やり自分の考えを押し付けてくる人」とも取れます。業技法だけは一人前だが、人としてはチョットと云う先生に多い傾向でしょう。
 業技法だけに留めて自分流を見せつけるならば素晴らしいとも云えるでしょうが、それを嵩に弟子を思い通りに抑え込もうとするなど論外ですが、業技法の教え方も「習った通りに何故出来ない」と馬鹿だのチョンだの言い放題では弟子は育たないものです。
 人の師足らんと思う人は、自分の習った半分の時間で自分のところまで弟子を引き上げ、更に自分と共に上を目指す師でありたいものです。
 この歌は、そんな師弟関係でも通用する歌で、無駄な時間は不要です。
 昨年来の監督やコーチと選手、果ては昇段審査に金銭授受の忖度など、人の弱みに付け込んだ話がありましたね。

 この歌心はそんなくだらないことばかりを云うのではなく、もっと深く武術の奥を指示してくれている歌と思います。
 沢庵和尚の不動智神妙録に「事の修行を不仕候えば、道理ばかり胸に有りて、身も手も不働候。事の修行と申し候は、貴殿の兵法にてなれば、身構の五箇に一字の、さまざまの習事に手候。理を知りても、事の自由に働かねばならず候。身に持つ太刀の取りまわし能く候ても、理の極り候所の闇く候ては、相成間敷候。事理の二つは、車の輪の如くなるべく候。」
 理が分っていても、自由に働かせる業が不十分では役に立たない。また太刀の扱いがどんなに良くても、理が解らなければ唯の人殺しの棒振りに過ぎない、事理揃って武術は意味のあるものと云っています。
 

 

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