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2020年3月31日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の24長短を論ずる

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の24長短を論ずる

無外流百足伝
長短を論ずることをさて置いて
       己が心の利剣にて斬れ

 刀の長短を有利だ不利だと論ずるよりも、己が心の利剣を以て斬るのだ。

 この歌の読み解くべき処は「己が心の利剣」です。広辞苑に依れば利剣とは「煩悩を破りくだく仏智をたとえていう語」。煩悩とは「衆生の身心を悩乱し、迷界に繋留させる一切の妄念。貧(とん)・瞋(じ)・痴(ち)・慢(まん)・疑(ぎ)・見(けん)の一切の妄念。」と解説しています。
 剣術に於いては、刀が長いの短いのと其の理をとやかく論ずることなく、己の心の中にある妄念を取り去って無心となって斬れ、と云うのでしょう。
 妄念といえば沢庵和尚の不動智神妙録の「心こそ心まよわす心なれ心に心心ゆるすな」の歌を思い描きます。
 柳生宗矩の兵法家伝書の活人剣に西行法師の歌として「家を出る人としきけばかりの宿に心とむなとおもふばかりぞ」とあげて、「兵法に此歌之下の句をふかく吟味して、しからんか。如何様の秘伝を得て手をつかふとも、其の手に心がとゞまらば、兵法は負くべし。敵の働きにも、我が手前にも、きってもつひても、其所々にとどまらぬこころの稽古、専用也」とあります。この歌の状況での心の煩悩があれば、是であったらと欲を思い描き、其の事に心をとどめてしまう事をさておいて、己が心を妄信から解き放って本心に戻り無心となれよと歌うのです。

 無外流真伝剣法訣の虎闌入の「形裡に目を注ぐは象外に神を注ぐ如からず」の教えなのでしょう。

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