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2020年3月15日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の8わけ登る麓の道

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の8わけ登る麓の道

百足伝
わけ登る麓の道は多けれど
      同じ雲井の月をこそ見れ


 山に登る麓からの登山口は幾つもあるけれど、何処から登っても頂上で見る雲井の月は同じだ。と歌っています。武術で云えばどの流派から稽古をしても修行の行き着く処は同じだろう、と云うのでしょう。更に其の流の業技法ではどの業から始めても修行を重ねれば同じ奥義に達するよ、とでも云うのでしょう。

 現代居合では、初心者が始めに習う業は無双直伝英信流ならば正座の前からと決まっている様な感じです。教本の一番最初に書かれているし、初めての稽古業は前から始まり、前ばかりの毎日です。
 河野百錬著大日本居合道図譜に於いて「初心の間はみだりに奥の業を追はず正座基本の業をよく研尽すべし」と言い切っています。

 無外流の中川申一著無外流居合兵道解説でも「正座の部五用の真、連、左、右、捨の五つの用法は無外流居合の根幹をなすもので、正座の姿勢から左足、右足を踏み出し、又は退きつつ斬突の動作をなすことは立居合よりは困難で、脚部の各関節と腰の運動量は夥だしく多い、故に之を熟すれば、他の正座又は立居合は労せずして行うことが出来る、されば充分之に熟して後他の居合に進むべきである。」

 宮本武蔵は五輪書風の巻で「他流に奥表といふ事 兵法のことにおゐて、いづれをおもてといひ、何れを奥といはん。芸により、ことにふれて、極意・秘伝などといひて、奥口あれども、敵と打合ふ時の理におゐては、表にてたゝかい、奥をもってきるといふ事にあらず。我兵法のおしへやうは、初めて道を学ぶ人には、其わざのなりよき所をさせならはせ、合点のはやくゆく理を先におしへ、心の及びがたき事をば、其の人の心をほどくる所を見分けて、次第次第に深き所の理を後におしゆる心也。され共、おおかたは其のことに対したる事などを、覚へさするによって、奥口とゆふところなき事也。されば世の中に、山のおくを尋ぬるに、猶奥へ行かんとおもへば、又口へ出づるもの也」。この五輪書の一文は百足伝の歌心を指している様の思えてしまいます。
 この五輪書に引用された歌は「なかなかになほ里近くなりにけりあまりに山の奥をたづねて」。

 無双直伝英信流正座の部一本目前の意義「正面に対座する敵の害意を察知するや機先を制して其の抜刀せんとする腕より顔面にかけて我が右足を踏み込みて斬付け返す刀を双手上段に冠りて真向に打ち下し勝を制する意也。」

 無外流五用の一本目真の理合「敵が刀を抜き上げた刹那に、右脇に向かって斬り上げて脇下の腱を斬る。敵は右腕の自由を失って体勢が崩れる。その時左袈裟を斬って仕留める。」
 この手付は、仮想敵をしっかり描けない人には業になりそうにありません。是が一本目の業なのです。下からの切り上げは無双直伝英信流では、河野百錬先生創案の抜刀法の奥居合立業前敵逆刀です。

 田宮流の表の巻一本目稲妻の想定「我と対座している敵が立ち上がって右斜め前方から上段から切りかかろうとするので、我はすばやく立ち上がりつつ敵の肘に抜き付け、さらに真っ向から切り下ろして勝つ」
 この業は、無双直伝英信流の立膝の部3本目稲妻そのものです。初心者への指導法を一律に行うべきか、其の人の状況を能く見てどこから始めるべきか指導者の力量が試される処でしょう。

 この三つの流においても是だけの一本目の違いがあるものです。武蔵の業における洞察は実戦に依って鍛えられた思想に裏付けされているもので机上のものとは異にしています。

 柳生新陰流の始終不捨書の十問十答之事に「初心に初より巧者の如く直す事悪し。先ず成り次第に十禁十好之習を癖にさせて足を動かし、心のかたまる所を見つけ直すべし」とされています。人に依り一様ではないが、やりたいようにやらせて、この流の基本となる所はしっかり身に付けさせるのだと云います。然し一方的に押し付けるのではなく、其の人の心が固まって居る所をよく見て導くのだと云うのです。
 武術が趣味の世界では無かった時代の考え方は、将に本物の教育指導要領が出来上がっていたのです。己ばかりが強くて偉いと錯覚している現代と違って、優れた弟子を生み出せなければ、其の流は消えて行ったのも頷けます。

 どうも河野百錬先生の無双直伝英信流は、指導者が見本を示し、門人達が指導者の手打ちによって一斉に同じ業を繰返す、戦時中の何が何でも最前線で殺される新兵教育の感がしてしまいます。此の流の傍系では名人上手は不要と言い切った指導者さえもいる様です。新陰流の始終不捨書は柳生兵庫助によって父親の柳生石舟斎宗厳の新陰流截相口伝書事の幾つかを否定して居る位です。

 私の指導をしていただいたのは、漫画家の田中正雄先生で、居合は異論の事柔道、剣道、杖道を治められて、私の要求で習い始めて一年少々で無双直伝英信流居合の正座の部から奥居合、更に早抜き迄指導して下さいました。
 その時を思い出すたびに、正座の部一本目前に固執するより、立膝の一本目横雲を途中で習い、正座より複雑な動きに馴れると正座が楽にこなせてしまう事を知った事です。
 

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