« 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の2夕立の | トップページ | 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の4幾千度 »

2020年3月10日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の3うつるとも

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の3うつるとも

百足伝
うつるとも月も思はずうつすとも
       水も思はぬ猿沢も池

 月も写るであろうとも思わない、水も写そうとも思わないのに猿沢の池には月が写っているよ。と其の侭読めばいいのでしょう。塚原卜伝の歌とか誰が言いだしたのか有る様ですが、その真相はわかりません。
 曾田本神傳流秘書の抜刀心持引き歌では「水や空空や水とも見へわかず通いて住める秋の夜の月」という恐らく猿沢の池より大きな湖水の夜の風情を歌った歌があります。この歌は、湖面とも空とも区別がつかないのだけれど、どちらにも月が写った様に見えている風景を指して歌っている様です。
 武的歌心は、自分のはやる心ばかり前に出さずに、相手がどのように思って何処に打ち込もうとするのか其の心を、己の心を静めて見れば見えて来るよ。と歌っています。

 一刀流仮字目録の水月の事「敵をただ打つと思うな身をまもれおのづからもるしずがやの月」。敵を討たんと思はねども、己が身をよく守りたれば、悪しき処を知らずして己と勝理なり。

 新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事には「萍をかきわけ見ずば底の月ここにありとはいかでしられん」。うき草をかきわけて見なければ水に月が写っているのはわからないよ、と歌っています。うき草とは心を無にする事を邪魔する心でしょう。

 田宮流歌伝口訣では「水月をとるとはなしに敵と我心の水に澄むにうつらふ」。清水に月が移る如く敵の機の我に移ることを水月と名付ける。

 それでは、相手の動きが我が心に移って来る迄待つことが良いのかと云えば、それは消極的過ぎると異論を持ち出しているのが尾張柳生の始終不捨書でしょう。「風水の音を知る習い 昔の教は是も悪し 今の位之有り口伝」「風水に声無し 形無く 敵に随う 形静心険なり」。(柳生延春著柳生新陰流道眼より)

 無双直伝英信流第20代宗家河野百錬先生は正座一本目前の意義に於いて「正面に対座する敵の害意を察知するや機先を制して其の抜刀せんとする腕より顔面にかけ斬付けんとす」とされています。「害意の察知とは。敵に随うのか」と、問われる処と云えるでしょう。「形は静にして心は険なり」と答える事となるでしょう。

 

 

|

« 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の2夕立の | トップページ | 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の4幾千度 »

道歌4無外流百足伝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の2夕立の | トップページ | 道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の4幾千度 »