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2020年3月 2日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の21至らぬに

道歌
3、田宮流居合歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の21至らぬに

田宮神剣は居合歌の秘伝
至らぬゆるしこのみをする人は
      その道ごとに恥をかくべし

曾田本居合兵法の和歌
この歌は有りません。

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
至らぬにゆるしこのみをする人は
      居合の恥を我とかく也

 新庄藩の寛政3年1791年の伝書では「秘歌の大事」に「いたらぬに免許このみする人は居合の恥を我とかくらん」と変化して免許を欲しがる人と明瞭にしています。
 更に新庄藩の明治44年1911年の伝書では居合秘歌巻に「初心にてゆるしこのみをする人は居合のはじを我とかく也」と更に至らぬよりも「初心」にまで引き下げています。
 田宮流では「至らぬに許し好みをする人はその道毎に恥をかくべし」。まだその道の奥義に達しても居ないのに、免許を欲しがる人は、その道その道で恥をかくであろう。直訳すればその様に聞こえます。
 秘歌之大事では、そのまま、居合の奥義に達しても居ないのに、免許を欲しがる人は、居合の恥を我とかくであろう。ですが「我とかく」が気になります。此処を許しこのみをした本人と、それを許した師匠である我とも取れるし、二人とも恥をかくとも取れそうです。
 免許皆伝の意味は、指導された業数を教えたよ、と云うのが業目録、師匠の指摘されたことが出来たかどうかは疑問です。更に免許皆伝は皆伝えたよと云うだけのことです。取り敢えず指導は終わったよ、後は自分で磨き上げなさいというものでしょう。
 曾田本居合兵法の和歌には「物をよく習い納むと思うとも心掛けずば皆廃るべし」と厳しいことを歌っています。

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