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2020年3月 7日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の26うき草は

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の26うき草は

田宮神剣は居合歌の秘伝
うき草はかきわけみればそこの月
       ここにありとはいかで知られん

曾田本秘歌の大事
この歌は有りません。

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
萍をかきわけ見ずば底の月
      ここにありとはいかでしるらん

 この歌の元歌がどこかにありそうな雰囲気ですが、是と云って見つけ出せずにいます。池一面に浮かんでいる萍を掻き分けて見れば、池の底に今日の月が写っていた。此の場合池の底に月は写るものなのか、水面に写るものなのか見たままの状況を詠んだのでしょう。
 武術では、相手の心を我が心に移しとって応じる水月の心が謡われています。

 無外流の百足伝「うつすとも月も思はずうつすとも水も思はぬ猿沢の池」
 一刀流の水月之亊では笹森順造先生は「早き瀬に浮かびて流る水鳥の嘴振る露にうつる月かけ」「敵をただ打と思ふな身を守れおのづからもる賤家の月」などの歌心を例に挙げて「清く静かな心を養うと相手に少しでも隙があるとそれが心の明鏡に写って打てるようになる。これが水月の教えである」と一刀流極意で解説されています。

 この歌は柳生新陰流の柳生但馬守宗矩の子柳生十兵衛三厳の月之抄(寛永19年1642年)の「真之水月之事」に見られます。「うき草をはらいてミればそこの月寔(ここ)にありとハ唯かしるらん」今村嘉雄著史料柳生新陰流より。
 新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事が元禄14年1701年ですから59年前に記録されています。きっとどこかに元歌があったのでしょう。 
 ちなみに、妻木正麟先生の田宮流は寛文10年1670年に紀伊大納言松平頼宜公の次男頼純公が、紀州家の分家である伊予西条藩に入部したとき、紀州田宮流が田宮対馬守長勝の弟子である江田儀左衛門尉によって伝えられたことにはじまる。(妻木正麟著詳解田宮流より)

 曾田本古伝神傳流秘書の書き出しにある「抜刀心持引歌」に居合太刀打共水月の大事口伝古歌に「水や空空や水とも見へわかず通いてすめる秋の夜の月」などの歌がこの歌の関連の歌と思われます。
 浮草を掻き分けて見なければ月は見えない、我が心を静めて無心にならなければ相手の心はわからないよ、と歌っている様に思います。

 田宮流歌の伝にある26首の歌を終ります。
 田宮平兵衛は林崎甚助重信と修行の旅をしたような足跡が東北地方の伝書からそれと無く感じられます。その時に感じた居合心を歌に詠んだのかも知れません。田宮平兵衛業政之歌32首として林六太夫守政は江戸から持ち帰った歌は32首あります。
 田宮神剣は居合歌の秘伝は26種でしたが同じ歌もあってそのルーツが偲ばれます。居合の形は違っても同じ居合心が引き継がれているのでしょう。
 
 居合を修業する心は同じでも、状況に応じる業技法は人に依り歳月により変化するのも当然ながら、人それぞれが受けて来た人生そのものがその人の癖となって業技法に現れて当然と思います。

 妻木正麟著詳解田宮流居合から居合道歌を拝借させていただきました、居合修行をする者の通過点として是非学ばねばならなかった歌心を勉強させていただきました。
 ありがとうございました。何かございましたらコメントをいただければ幸いです。

 もう少し歌心から居合に取り組んでみたいと思います。
 次回から中川申一著無外流居合兵道解説より百足伝を勉強させていただきます。

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コメント

>アンチ老害居合体操さん
コメントありがとうございます。
良い師匠にお会い出来ましたね。
 一般的には、自分の出来ない事を門人にやられるとメンツが立たないと拒否されますよね。師匠は良くても取り巻きが許さないとか。本当は自分でも、色々武者修行したかったんでしょうが、環境が許さないとか、自分に一歩出る根性がなかったとかそんな処でしょう。
 面と向かって、そこをやめることなく他流を出稽古で習いたいと申し入れて駄目だしする人は居ないと思いますが、弟子に越えられるのを嫌がる狭量な人も居るものです。そんな時は辞めて移るべきでしょうね。其処に居てもどこぞの連盟の段位が上がるだけで、武的満足は得られる訳は無いでしょう。その前に自流の業を充分稽古して置く事も大切ですよね。自流が満足に出来ない者が他流や他の武術を満足にできる訳など有る訳はないですよね。
 

投稿: ミツヒラ | 2020年3月 7日 (土) 22時48分


我が尊敬する師匠英信流(既に他界)
常々他流を学びなさいと言いました。
師匠から無外流を学びました。
その時にいただいただのが中川申一無外流居合道指針でした。
一通り個人技、居合の型、脇差の型真似事できます。
次回のブログ楽しみにしています。

英信流で
太刀打、詰合すら出来ず
大小詰、大小立詰、大剣取、小太刀の型すら知らない
老害居合高段者が存在するのに呆れてしまう限りです。


投稿: アンチ老害居合体操 | 2020年3月 7日 (土) 17時32分

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