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2020年3月29日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の22兵法を使へば

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の22兵法を使へば

無外流百足伝
兵法を使へば心治まりて
      未練のことは露もなきもの

 無外流の兵法を身に付け試合に臨むならば、心は治まり、生死について未練な事は露ほども無いものだ。

 「兵法を使へば」は何の心得も無く戦いに臨むのでは不安だらけで、押しつぶされそうになって逃げだしてしまいそうです。此処は矢張り無外流の兵法を以て仕合に臨む心持ちでなければならないでしょう。
 無外流は、居合や組太刀の形については無外流の流祖辻月丹は手附を残していないとされています。口伝に依る形は有ったかもしれませんが、道統が引き継がれる内に変化して元の形は見えなくなってしまうのが一般です。
 この無外流も江戸末期までには江戸では無外流は絶えてしまい、明治まで残ったのは高知の山内藩と姫路の酒井藩だけであったようです。
 その形も代を重ねるうちに変化してしまい、中川申一先生が師と仰ぐ高知出身の無外流を伝承した高橋赳太郎先生からどの様に指導されたのか中川申一先生の無外流居合兵道も古流であるとは言えないかもしれません。

 高知に持ち込んだ林六太夫守政の無雙神傳英信流居合兵法が無雙直傳英信流居合兵法として大江正路先生が明治維新によって消え去ろうとしたものを復活させたこととよく似ています。
 幸いなことに無双直伝英信流は業手附を記述した伝書が江戸後期初めに山川幸雅先生が原書を書き写したものが引き継がれ曽田虎彦先生に依って神傳流秘書として古伝の手附がよみがえっています。

 無外流は始祖は形の手附を残さず「無外真伝剣法訣、十剣秘訣」を以て無外流を伝承させ、形は口伝に依るばかりです。
 無外流兵法の形は、無外真伝剣法訣及び十剣秘訣によってその心から業を展開する流と言えるのでしょう。ですから無外流は敵に対する心構えから展開されるわけで、十剣秘訣によって心構えが出来た上での兵法と云えるのでしょう。心構えが充分理解された上での兵法であれば敵と対しても、心は治まっており、未練の事は露ほども無いものとなるのでしょう。

 然し未解決の「萬法帰一刀」の修行は終生続けられる。その修行の途中で己より「萬法帰一刀」に近づいたものに出合うならば、大森曹玄禅師の云う「一刀流仮名字免許に、これのみとおもひきはめつゆくかずも上に上ありすゐまうのけん(此れのみと思い極めつゆくかずも上に上あり吸毛之剣)を上げています。「白雲未在」永遠になおこれ未在である。そこであるが、そこではない。これが極意だ。」とされておられます。

 無外流の剣術については山口流の山口左馬之助を師事した辻月旦によるもので「無外真伝剣法秘訣 十剣秘訣」との関係は解るが、百足伝は辻月旦が師事した居合の自鏡流祖多賀自鏡軒盛政の歌だろうと別物に捉える人は無外流の学者には居ないと思いますが、知ったかぶりの人は別物、心が違うだろうと云われるかもしれません。
 居合も武術である事には変わらない、現代居合は「相手の害意を察して」という意味不明の仮想敵相手に一方的に抜き付けるばかりの稽古をしていますから「無外真伝剣法秘訣 十剣秘訣」は、如何なる流派にも適応する教えですから、学ぶ価値は高いものです。

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