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2020年3月 5日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の24世の中は

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の24世の中は

田宮神剣は居合の秘伝
世の中は我より外のことはなし
       思わは池のかへるなりけり
(世の中は我より外のことはなし
       思わは池のかわずなりけり)
(世はひろし我より事の外なしと
       思ふは池の蛙なりけり)

曾田本居合兵法の和歌
世は広し我より外の事なしと
       思うは池の蛙なりけり

庄内藩林崎新夢想流秘歌之大事
世の中に我より外の物なしと
       おもふ池の蛙なりけり

 この歌は荘子外篇秋水第17によるものと思われます。「井戸の中の蛙に海の事を話してもわからないのは自分のいる狭い場所に拘っているからである」に依るのでしょう。「野語に之有り、曰く、道を聞くこと百にして以て己に若く者なし」これは、ことわざにわずかな道理を聞きかじって、自分に及ぶ者はいないと思うというのがあることをさしています。
 この歌もそこから、世の中は我より外に此の居合を知る者はいない、その様に思うのは池の中の蛙と同様だ、と歌っています。田宮流の括弧内の歌も歌の意味は同じでしょう。
 庄内藩の秘歌之大事には「世は広し折りによりてぞかわるらんわれしる計りよしとおもふな」と田宮流の括弧の(世はひろし我より事の外なしと思ふは池の蛙なりけり)より厳しく、世の中は、相手に依っても、状況によっても、時代によっても変わっていくものだ、今の侭で良いわけなどはない。と歌っています。たとえ今いる場所からより大きな所へ出たとしても、其のままであるわけはないぞという教えなのです。
 諺に「井の中の蛙大海を知らず」と云うのがありました、「大海は折に触れてぞ変わるらん」と武術には卒業など無いのです。

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