« 道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の22無用する | トップページ | 道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の24世の中は »

2020年3月 4日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の23下手見ては

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の23下手見ては

田宮神剣は居合歌の秘伝
下手見ては上手の上のかざりなり
       返すかえすもそしりはしすな
(下手こそは上手の上のかざりなり
       返すかえすもそしりはしすな)

曾田本居合兵法の和歌
下手こそは上手の上の限りなれ
       返すかえすもそしりはしすな

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
下手こそは上手の上のかたりもの
       かえすがえすもそしりはしすな

 元の歌がどれなのか判りませんが、この歌は古くから歌われて後世の者が文字が読めなかったか、取り違えたかして変化して来たとしても大きな違いは無さそうです。
新庄藩の秘歌之大事は原文の文字は草書ですが楷書で書いておきます。
「下手こそハ上手能上乃可多りものかへ春〵もそし里者之春奈」
この草書体ですから、根元之巻授与の際どの様に読み解いたかはわかりません。

 歌の意味はそのまま読めば「下手こそは上手の上の飾り物(限り者・語り者)、どう考えても(幾度も繰り返すが・本当に・丁寧に)悪く言う(非難する・けなす)ものではない。」
 初心の内はいくら指導しても上手くならない、不器用な人はいるものですが、そこそこ年月が経過して真面目に稽古に励んでいても指導された様には出来ない、そんな人も居る者です。
 上手とは、指導された様に真似できる人を云うのか疑問ですが、大抵その程度のものです。真似が下手、覚えが悪い人の中には単なる真似事で「良し」としない人もいるものです。
 この歌は、どの程度の事を歌っているのか解りませんが、下手が居るから上手に見えるに過ぎない、だから下手を誹るなでは奥義の歌とは思えません。
 「何故そうするのか」の問いに答えられない「へぼ指導者」はいっぱいいます。真似だけして出来たとする事が出来ない本もの思考の人も居るのですから、そこを良く見て上手い下手を論じる事が忘れられています。
 みんな同じ様に出来て「あ~よかった、おれの指導も是で良い」では名人達人は愚か、真の伝承者すら残せないでしょう。
 

|

« 道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の22無用する | トップページ | 道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の24世の中は »

道歌3田宮流居合歌の伝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の22無用する | トップページ | 道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の24世の中は »