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2020年4月13日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の38性を張る人

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の38性を張る人

無外流百足伝
性を張る人と見るなら前方に
       物争いをせぬが剣術

 自分本位の考えを突っ張って来る人と見たならば、前もって争いごとをしないのが剣術である。

 この歌はこの様に読んで見たのですが、武術は人間のコミュニケーションの最終手段であれば、最終手段を行使せずにコミュニケーションが取れて、互いを理解して和すことが出来れば「和を以て尊しとなす」という事になる訳です。
 しかし、人との付き合いの中で、無理やり人に自分の考を押付け従わせようとしたり、権威をかさに権力をふりかざしてきたり、元々性格が合わないとか、様々な出会いがあるものです。
 そんな時、事前に其れが分っているならば、其の人とは、争いごとをしないのが剣術の極意だというわけです。そんな人と知っていれば、付き合わない、接触しないとするわけにはいかないのも人の常です。
 然し最初から避けて通る事などなかなかできるものでは無いでしょう。上手に往なすと同時に打つ事も古流剣術では当たり前のことです。この歌を示された無外流の修行者は兄弟子や同輩に抑え込まれて居すくんでいたのでしょう。それが稽古にも表れて何をしているのか解らなくなっていたのかも知れません。

 土佐の居合で林六大夫守政がもたらした無双直伝英信流の古伝で無雙神伝英信流居合兵法の曽田本の最終章に「神妙剣」という教えがあります。「深き習いに至りては実は事で無し。常住座臥に之有る事にして、二六時中忘れて叶わざる事なり。彼怒りの色見ゆるときは直に是を知って怒りを抑えしむるの頓智(叡智?)あり。唯々気を見て治る亊肝要中の肝要也。是戦に至らしめずして勝を得る也。然りながら我臆して謝りて居る事と心得る時は、おおいに相違する也。兎角して彼に負けざるの道也。止める事を得ざる時は彼を殺さぬ内は我も死なずの道也。又、我が誤りも曲げて勝には非ず。謝るべき筋なれば直ぐに謝るも勝也。彼が気を先に知ってすぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也。委しくは書面にあらわし尽くし難し。心覚えの為に其の端を記し置く也。」
 この教えは、「性を張る」相手と武術での争い事となる前に察知して和する事を極意としています。私の出合った性を張る人は権力をかさに私を追い出しにかかってきました。そんな人と付き合ってるのも馬鹿らしくさっさとおさらばしてしまいました。今頃どうしているでしょうしっかり稽古出来ていればいいのですが。

曽田本居合兵法の和歌
 居合とは人に切られず人切らず
       唯請とめて平らかにかつ
 居合とは心に勝が居合也
       人と逆うは非刀としれ
 いかに人腹を立てつつ怒るとも
       拳を見込心ゆるすな
 無用なる手詰の論をすべからず
       無理の人には勝って利は無し

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