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2020年4月 5日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の29麓なる一木の花

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の29麓なる一木の花

無外流百足伝
麓なる一木の花を知り顔に
       奥も未だ見ぬ三芳野の春

 麓にある一本の桜の花を見ただけで、知ったかぶりして、奥山の桜を見ていないのに見た様に話すとは三芳野の春はそんなものでは無いのですよ、と歌っています。

 この歌は自流の奥義を知りもしないのに、少しばかりの業を習ったばかりで知ったかぶりするな、と諫めているとも取れる、大方はその程度で自流を振りかざしていい気になるものです。
 しかし、もっと武術は奥深いもので、自流を何とかこなせる程度で兵法家などとうぬぼれるなと歌ってもいるようです。

 柳生厳長著正傳新陰流に柳生石舟斎自筆の一流の紀綱・柳生家憲が残されています。ここに一文拝借させていただきます。「いずれの芸能か、稽古なくして上手のあるべきや。この流には、第一試相無用たるべき也。其の仔細は、余流を廃せずして道をたしなみ、幾重にも他流をそだて相尋ねる事尤も也、世上修行するほどの仁は、一つ二つ是非ともに、然るべき極意を存ずる者也。執心の道を育て、兵法建立の心、後代の為を存ずべし。家流に執心の仁は、先ずあさきより深きに至る。一文は無文の師、他流勝つべきに非ず。昨日の我に、今日は勝つべしと分別し、上手奇妙は、稽古鍛錬工夫上成ると、古人師伝にも申つたへらるる亊なれば・・。」
 この家憲の前に上泉流祖の兵法修行の史話を参考に上泉秀綱の履歴を上げています。
 慈父鐘愛によって幼時から兵法・兵術を励み、鎌倉にて念阿弥慈音の念流を学び、更に下総香取で飯篠長威斎の新当流を修め、塚原卜伝と親交し、常州鹿島で陰流の祖愛洲日向守移香齋から陰流之極意を授かっています。
 更に従三位小笠原武勇入道氏隆から兵法・軍法軍敗の三大事を相伝しています。そして多くの回国修行の上で、新陰流を立てています。史実の可否は問う程の事でもない、何を目指したかを考えさせてくれるものです。

 この「奥も未だ見ぬ三芳野の春」の奥とは自流の奥を超えた兵法全般に及ぶ「奥」を百足伝は伝えてはいないかもしれません。然し令和の時代には、現存するあらゆる武術流派の業技法は所属する団体の演武会などで拝見出来る上に、オープンな稽古会なども参加可能です。より知りたい場合には伝書類なども比較的入手しやすいと思われ、そのコピーで学ぶ事も江戸時代から見れば考えられない程の事だと思います。
 志すものは人それぞれであっても、他流、他部門に目をそらすほどの事では自流の真髄にも触れられないかもしれません。他流を勉強し始めた頃、訳知り顔の無双直伝英信流の十段を允可された古老の剣士が、「他流など嗜むと形が崩れる」と顔をしかめていました。競技会の形など少しも崩れる事も無く、お陰様で21代、22代、23代の御指導はどれも能く理解できます。

 
 

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