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2020年5月28日 (木)

道歌5柳生石舟斎宗厳兵法百首5の43卜清十首4兵法は心の奥の太刀

道歌
5、柳生石舟斎宗厳兵法百首
5の43卜清十首
4兵法は心の奥の太刀

兵法百首のうち卜清十首
兵法者古ゝろのおく能太刀奈れハ
       と記耳志多可不寸尺そ可し

兵法はこゝろのおく能太刀なれは
       ときにしたかう寸尺そかし

兵法は心の奥の太刀なれば
       時に随う寸尺ぞかし

 兵法と云うのは心の奥にある太刀なのであるから、切り合う時には敵に随って、柄口三寸の拳に打こみ、其の太刀間は三尺の間積りである。
 或いは、あばら一寸を切らせて肉を切る寸尺の教えかも知れません。この歌の解釈は上の句は良しとしても、下の句は明快に読みこなせません。

 兵法は心の奥による太刀なのだから、状況を読み取ってちょっとした動作によるものだ。

 歌の解釈は、手前勝手な憶測をせずに、出来るだけその歌が歌われる状況を石舟斎の新陰流截相口伝書亊、没茲味口伝書をベースに辿ってゆくのが、石舟斎の兵法百首の筋と思うのですが、卜清十首では石舟斎の思いはありながら今一読みこなせないのです。伝書の内容も、歌も、新陰流に係る人たちの歌もその域に達しなければ読み取れないのはやむおえません。
 修行が進み、ふと理解出来る事もあるかもしれません。 

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