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2020年6月29日 (月)

道歌5柳生石舟斎宗厳兵法百首5の75身命の守りと使う兵法の

道歌
5、柳生石舟斎宗厳兵法百首
5の75身命の守りと使う兵法の

兵法百首
身命の満もりと徒可不兵法の
       者川とを人乃おこ奈ハぬそうき

身命のまもりとつかう兵法の
       はつとを人のおこなはぬぞうき

身命の守りと使う兵法の
      法度を人の行わぬぞ憂き

 体と命を守る為に使う兵法なのに、禁じて居る事を守らない人が居る事は不本意である。

 「身命」とは、からだといのちと。
 「守り」とは、まもること・守護・警護・守備、守護神、おまもり。
 「法度」とは、おきて・法律、禁令・禁訓。
 「憂き」とは、うい・うし。物事に対して希望的になれず、心が閉ざされて感じられること、またそのような感じをおこさせる状態を表す語。苦しい・つらい・気にくわない・不本意だ・憎い。ものうい・気がすすまぬ。つれない・無情だ・つめたい。気がかりだ・可愛い・殊勝だ。(広辞苑より)
 石舟斎の云う「法度」の範囲をどこに置いているのか、一つは門弟とはいえそれなりの身分の者も居たかもしれない。元和偃武の武家諸法度を指しているのか、柳生新陰流の法度か、家憲なのか。
 武家諸法度は元和元年1615年に徳川幕府によって発行されています。この兵法百首は慶長6年1601年には竹田七郎宛てに送られていますから、武家諸法度ではありえないでしょう。
 柳生新陰流の兵法の法度とは何かですが、稽古に於いてやってはならない事は有でしょう。「身命の守りと使う兵法」と云うべきものでもあるでしょうが、稽古の都度指摘されて門人は納得されているでしょう。
 そうなると天正17年1579年発行の一流の紀綱・柳生家憲がもっとも該当しそうです。
 
 柳生厳長著正傳新陰流から一流の紀綱・柳生家憲より抜粋させていただきます。
「・・歎いても嘆かわしきは、奥義に疎き仕相(試合)だで、其の身の恥辱かくのみならず、某甲(それがし)の道を沙汰し、兵法一流の師に難をきすること、まことにまことに不覚の次第也。兵法一儀にあらず、いづれの芸能か、稽古なくして上手のあるべきや。此の流には、第一仕相無用たる可き也。其の仔細は、余流を廃せずして道をたしなみ、幾重にも他流を育て相尋ねる事尤也。世上修行するほどの仁は、一つ二つ是非共に、然る可き極意を存ずる者也。・・」

 禁じて居る事の第一は仕相であると云い切っています。
 
 略年表をもう一度作成しておきます。
 永禄8年1565年  上泉伊勢守より新陰流印可・石舟斎無刀取りを上泉伊勢守に披露
 永禄9年1566年  上泉伊勢守より新陰流目録相伝
 天正17年1579年 柳生家憲
 慶長6年1601年  兵法百首
 慶長8年1603年  新陰流截相口伝書亊 柳生兵庫助利厳へ伝授
 慶長9年1604年  没茲味手段口伝書 柳生兵庫助利厳へ相伝
 慶長10年1605年 石舟斎没す
 元和1年1615年  武家諸法度
 

 

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