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2020年7月 8日 (水)

道歌5柳生石舟斎宗厳兵法百首5の84我が太刀に我と非を打つ工夫して

道歌
5、柳生石舟斎宗厳兵法百首
5の84我が太刀に我と非を打つ工夫して

兵法百首
我太刀耳我と非を打工夫して
       川もり位の古ゝろよくしれ

我太刀に我と非を打つ工夫して
       つもり位のこころよくしれ

我が太刀に我と非を打つ工夫して
       積もり位の心よく知れ

 自分の太刀に、自分で何処が悪いのかを指摘する位の工夫をして来る心づもりが欲しいものだ。

 石舟斎の太刀の何処が悪いのか指摘する位の考えをもって臨む位の心が欲しい。

 「非を打つ」とは、まず「非」とは、道理にあたらないこと・よこしまなこと・不正。うまくゆかないこと。あやまり・きず・欠点。非難。
 名詞に冠して、そうでない意を表わす語。「非を打つ」とは、わるいところを指摘する・非難する。
 「つもり」とは、つもること・かさなり・かさなった結果。前以っての計算・見積。心ぐみ・考え・予想。程度・限度。酒宴の最後の酌・おつもり。
 「位」とは、物の等級または優劣。人や芸術作品などの品位・品格。数値のけた。(副助詞的にグライとも)体言、活用語の連体形、各助詞などいついて、大体の程度や、それに限定する意を表わす・ほど・ばかり・だけ。(広辞苑より)

 この歌も、稽古に臨んでの門人の心構を諭している様に聞こえて来ます。自分のでき具合位自分で考えろ、師匠の何処に問題があるかを事前事後でも指摘できる位の心掛けも大事だ、との歌心とも聞こえて来ます。この歌心が後に柳生兵庫助による始終不捨書になったと云えるかもしれません。
 兵法百首を残した石舟斎の心は、百首の一首目から人生においても兵法に於いても、其処に居付いてしまわない心、新陰流截相口伝書亊の色付色随事・懸待有之事などに明確です。
 

 

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