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2020年7月 7日 (火)

道歌5柳生石舟斎宗厳兵法百首5の83兵法は利かたと聞かば少しにも

道歌
5、柳生石舟斎宗厳兵法百首
5の83兵法は利かたと聞かば少しにも

兵法百首
兵法者利可多と聞ハ春こし尓も
       幾ゝし流徳を何尓多とへん

兵法は利かたと聞はすこしにも
      きゝしる徳を何にたとへん

兵法は利方と聞かば少しにも
      聞き知る徳を何に譬えん

 兵法は利のある事と聞けば少しでも聞き知る恵を、何に譬えれば良いのだろう。

「利かた」とは、利益のある方法・便利な考え方。
「徳」とは、心に養い身に得たところ・人道をさとって行為にあらわすこと・道徳・善導・正義が行為にあらわれること。道徳的に善い行為をするような性格の習慣。生来有する性質・天性・品性。人を感化し、また敬服させる力・名望・徳化。恩恵を施すことまたそれを受けること・めぐみ・おかげ。幸福、財産を有すること・富・裕福。利益・得分・もうけ。

 石舟斎の「一流の紀綱・柳生家憲」には、他流と試合しても何の足しにもならずかえって恥をかき、師にも難を及ぼすとして法度としています。その反面「他流を育て相尋ねる事尤も也、世上修行するほどの仁は、一つ二つ是非共に然るべき極意を存ずる者也」とされています。
 善いと思う事は積極的に聞き知る事は何にも譬えられない徳である。と歌っているのでしょう。
 そう云えば尾張柳生には林崎甚助重信の弟子長野無楽齋槿露の弟子の系統による居合が組み込まれていたり、宮本武蔵の圓明流による二刀勢法、還流の槍、新当流薙刀、静御前の静流薙刀(自在剣)、十兵衛杖などが通常の稽古にも組み込まれています。

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