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2020年8月11日 (火)

道歌6塚原卜伝百首6の11武士の其の名を挙げる例えには

道歌
6、塚原卜伝百首
6の11武士の其の名を挙げる例えには

武士の其の名を挙げる例えには
       昔も今も馬をこそ言え 

 もののふの名を挙げるための例には、昔も今もその持ち馬を讃えるとも云える。

 良い馬に乗る武士は、馬の良し悪しで其の心得を推し測られるのは昔も今も変わらない。と歌います、前回が「もののふの実知るべきは馬なれや心懸けぬは愚かなるべし」でした。
 人馬一体に依る戦場往来は、馬共に凛々しく惚れ惚れとした気に敵味方ともさせられたのでしょう。
 戦国時代の逸話の一つに山内一豊の妻の故事にある様に、貧乏でも駿馬を欲しがる一豊に、実家から嫁入る際に「事有る時に」と持たされた大金を渡して手に入れさせた内助の功の話はほほえましい。
 平家物語では梶原源太影季のする墨と佐々木四郎高綱のいけずきの宇治川での先陣争いなど名場面の一つでしょう。当然、駿馬を乗りこなす馬術も無ければのことです。
 そんな駿馬は当時の日本には居なかった、武田の騎馬隊も、馬上での一騎打ちも嘘っぱちと、私を笑った人が居ます。天然記念物として生き残りの日本固有の馬は確かにポニーで背丈140cm以下です。不断テレビで見る馬はサラブレッドでヨーロッパで開発されて歴史的には短いものです。戦国時代には蒙古馬や西洋との貿易による馬なども輸入され高値で売買された様です。
 日本の歴史はその時代を生きた庶民や、其処での暮らし、其の家畜などは上の空です。
 おかしなブログに左右されて、信じ決めつける人は幸せです。当時の牧場で飼育された馬は強く逞しい馬は商売になっても、きゃしゃで臆病な馬は売り物にならない。それでも荷物運びなどに使われたでしょう。騎馬武者が不要になって来た戦国末期には馬の市場も縮小されたか廃業でしょう。江戸時代ではもっと極端に軍用馬の需要はなくなり、農耕馬とか荷物運び一部は乗馬用、放置されて野生化した馬を見て日本固有種は使えないなど嘘八百でしょう。
 話半分でも信実に至ろうとするのは、史料が何処にあるのか誰に聞けばよいのかそれだけでたった57577の和歌に翻弄されて、寝ていても思いつけば跳び起きる程です。これ、不幸では無く真実の幸福かもしれません。

 

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