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2020年9月16日 (水)

道歌6塚原卜伝百首6の47置く刀夏は枕に冬は脇

道歌
6、塚原卜伝百首
47置く刀夏は枕に冬は脇

置く刀夏は枕に冬は脇
      春秋ならば兎にも角にも

別伝
夏冬を知らで立置く太刀刀
      かならず不覚あるとしるべし
*
刀を置いて寝る時は、夏は枕許に横にして置く、冬は布団の脇に置く、春秋ならば兎に角いずれでもよい。

別伝
夏冬の太刀刀の置く位置を知らずに、壁に立てかけて置くのでは、必ず不覚を取るであろう。

 刀を置いて眠る場合の春秋の位置に就いて、指摘しています。何故その様にすべきかが解説されていないので自分で研究して見る以外知り様がありません。
 枕許、左右の脇、それらの柄の位置など研究した上で、季節による違いを認識して自得せざるを得ません。
 卜伝が言うのだからと云って素直に受け入れる人も居るでしょうが、その様な気持ちは持ち合わせていないので困ったものです。

 別伝などはもっと不可解なもので、太刀刀の置く位置を知らずに立てて置くなどとんでもない、不覚を取るであろうというのです。
 夏冬の違いも別伝にはこの歌では何も歌わず、寝る時か起きている時かもわかりません。
 同じ信友の書写した別伝には47首目に「置く刀夏は枕に冬は脇春秋ならば兎にも角にも」と48首目に「夏冬を知らで立置く太刀刀必ず不覚有ると知るべし」と並べられています。二首で歌っているのでしょう。二首で歌っても「何故」の答えは読めません。
 どこが尤も良い位置なのか、解ったとしても、時と場合で其の位置に置けない事もある。何処に有ろうとも即座に取って抜刀できる状況になる工夫の方が良さそうです。
 更には、無刀で応じられる稽古もすべきものでしょう。
 日中でも人と接する場合、目上の者には座した右脇、同輩や下級の者には左脇等の決まりを稽古でしてきましたが、其の抜刀については殆ど稽古されていないものです。水鴎流に有ったと記憶しています。

 卜伝のこの歌から、決まりは有っても無い様なもの、時と場合でどのように始末しておくのかよく考え、対応しなさいよと云われている気がします。
 マニュアル人間には兵法ではなりたくないものです。
 

 

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