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2020年9月22日 (火)

道歌6塚原卜伝百首6の53もののふは女にそまぬ

道歌
6、塚原卜伝百首
6の53もののふは女にそまぬ

もののふは女にそまぬ心もて
      是ぞ誉の教えなりける

 武士は女に染まってしまわない心を持つものだ、これこそ名誉なことという教えである。

 「女にそまぬ」とは、女に感化される、女にかぶれるなどが本来の意味ですが、さてどの様に卜伝は思っていたのか疑問です。
 卜伝は82歳の生涯と云われています。その内三度の廻国修行に出ています。
 第一回が16歳から29歳までの13年間、第二回33歳から44歳の11年間。第三回が67歳から82歳の15年間です。
 82歳の生涯の内39年間は廻国修行で16歳で第一回廻国修行に出ていますから、16歳から82歳の66年間が成人した卜伝でそのうち39年は廻国修行であれば27年間は国に居た事になります。生涯独身の様でしたが、29歳から33歳の4年間、44歳から67歳に23年間つごう27年は生国ですから其の辺りで娶っていたかもしれません。
 嫁をもらっていても、いなくとも女に現を抜かしたり、かぶれたりしない事が武士の誉だと云うのです。卜伝には三人の男子がいて家督を譲る際、彼らの器量を試した逸話があります。「自分の居間の入り口の暖簾の上に小さな鞠をのせ、潜ればすぐ落ちる様に仕掛けてまず嫡子彦四郎を呼んだ。彦四郎は見越しの術をもって頭上の鞠を見つけて、そっと取って妻戸の側に置いて部屋に入った。卜伝は又、もとのようにして次男源五を呼んだ。源五が暖簾を上げて入ろうとすると鞠が落ちてきた。アッ!とおもわず腰に手をかけたが、鞠であることに気づいて静かに座した。同じ様に三男や弥藤太を呼んだ。弥藤太が暖簾を開と鞠が落ちてきたので、刀を抜いて之を斬った。三子の動作をみて卜伝は長子彦四郎に一刀を授けて「汝能くその器にたへたり」と賞して家督の相続を許したという。(武芸小伝)」

 彦四郎を養子としたことは史実上のこととされていますが、実子三人のことは疑問です。茨城の武芸(剣の巻)より。

 

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