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2020年9月27日 (日)

道歌6塚原卜伝百首6の58もののふの味好みするな

道歌
6、塚原卜伝百首
6の58もののふの味好みするな

もののふの味わい好みするなただ
        常に湯漬けを食するぞよき

 武士は食べ物の旨い不味いと味わい好き嫌いをするものではない、ただ常に湯漬けを食べているだけで良い。

 卜伝独特の食に対する発想でしょうか、湯漬けさえ食していれば武士は良いのだと云うのでは、現代風に言えば食が偏って満足に体を維持できない。
 卜伝の教えには大きく変化していく室町時代に何処か時代を受け入れられず、坂東の田舎暮らしから抜けられず戸惑っていた雰囲気が漂う気がします。
 卜伝の生きた室町時代は、歴史教科書では足利尊氏が建武式目を制定し将軍となった1336年から15代足利義昭が織田信長に京都から追放された1573年237年間のことになります。卜伝は1489年生まれで1571年に没しています。室町時代中期から後期に生きたわけです。
 この時代、国内は戦争に明け暮れていた時代であると同時に、海外から多くの文化がなだれ込んできた時期でもあり、日本文化も著しい変化と発展を来した時代でもあったのです。
 食生活も、以前は一日二食であったものが、雑兵に雇われたりして庶民は戦場での習慣などから一日三食に変わり始め、食事内容も醤油が使われ始め、味噌を使った味噌汁が呑まれ、食事の品数も増えて来た。茶の湯や懐石料理なども始まり、米を炊いて食すようになり、漁業の発達から魚料理や、漬物も出されるようになってきている。

 楽市楽座などで豊富な食材も手に入るようになったと云えるでしょう。農業の発達から農民も裕福な者が現れ、武器を持った郷士なども現れたと云えるでしょう。最も厳しい時代でもあるが、生き生きとした時代でもあったと思います。
 現在の日本の基礎的文化はこの時代に形成されたと云っても可笑しくないでしょう。

 それなのに卜伝の歌は一昔前の暮らしを愛でるが、幾つもあって何故それが好ましいのかの解説が聞こえて来ないのです。何時の時代でも底辺を生きる人は、衣食住に変化は起こせない、だからと云ってそれに合わせるのでは、兵法など学ばなくとも良い、変化し進歩するから底辺にも恩恵があるもので、其処から抜け出られる事もあり得るものです。
  

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