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2020年9月26日 (土)

道歌6塚原卜伝百首6の57もののふの刀のつめ

道歌
6、塚原卜伝百首
6の57もののふの刀のつめ

もののふの刀のつめを知らでこそ
      常に不覚のえてしあるらめ

 武士が刀のつめを知らないのであれば、常に不覚をとるであろうな。

 「刀の徒免(つめ)」とは、「つめ」を武術的な発想で漢字に書けば、詰・積・摘ぐらいでしょう。刀を兵法に置き換えた刀法の間積もりや間を詰める事、相手の出足を摘み取るなどを知った上でさらに命を懸けて相手と立合はなければ、必ず不覚を取るであろう。スポーツ剣道や古伝の形の伝承位のレベルでのことでは、卜伝の兵法の詰めが出来ません。
 卜伝の兵法の基礎は飯篠長威斎の起した天真正神道流とされています。長威斎直伝との話もある様ですが、長威斎の死後卜伝が生まれたと云う事の様で疑問です。卜伝は実父吉川覚賢から家伝の鹿島中古流と戸田系の外之物を学び、養父塚原土佐守安幹から神道流は習ったとさています。
 武術流派は幾つも起こり消えていくのも常のことでしょう、現在稽古されている流派の形やその業の数々は決して流祖の起こしたものと同じとは言えません。然しその奥の奥に残っているかもしれない。それが他流とどれほどの違いがあるのかは計り知れないと云うより、究極は同じ所に行き着く、そして死ぬまで求め続けることになる、と思っています。

 卜伝は武器の良し悪しをどの様に捉えていたでしょう。此処では刀と云う武器の「刀のつめ」ですから刀の材質あるいは鍛造にかかわる「詰」について、「刀の性質を知らないのであれば、常に不覚を得るのは当然である、」と読むのも一つかもしれません。
 鎌倉時代には既に刀の製造技術における「鍛刀法」、鉄を打ち、鍛え、日本刀とする技術は完成されていたと云われます。「折れず曲らず良く切れる」のが日本刀と云われます。その構造は刃の部分は炭素含有量の多い堅いもの、内側の芯は炭素量の少なく柔らかいもの。その組み合わせに四方詰・本三枚詰・甲伏などの方法があります。
 甲伏は柔かい芯鉄を堅い皮鉄でくるむ二種類の鉄でできている。本三枚詰は三種類、四方詰は四種類と云うようになります。卜伝はこの様な鍛造法で作られた刀をどこで作られたのか知る事で刀の良し悪しを知ったのでしょう。大和・山城・相州・備前・美濃の五箇伝を指していたかも知れません。

 「卜伝百首の歌心も知らないで良く解説するよ」と云われても、歌を読んで弟子に語った口伝を知らない、卜伝の新当流を知らない、卜伝の兵法の奥義を知らない、卜伝百首の原本をそのまま書写したものを見た事も無い。まして百首を正しく読み下し、解説したものを知らないの知らないづくしなのですから、この歌など現代の誰が解説しても其の人の力量の範囲でしか解説されないはずです。
 恐らく古文書読解の大家でも、剣術の大家でも歌心の周辺を掠るのが精一杯と思います。
 
 

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