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2020年9月10日 (木)

道歌6塚原卜伝百首6の41長き柄の鑓は短くする

道歌
6、塚原卜伝百首
6の41長き柄の鑓は短く

長き柄の鑓は短くするとても
      其時々に障りあらじな

 長い柄の鑓を短くしたとしても、其の戦いの時々の状況によっては障りはないだろうな。

 鑓の柄を短くしても差し支えないだろうと思うよ、と解釈したのですが、この頃の文書の解釈として正解であるかはなんとなくスッキリとはしません。
 前回(6の40)の歌が「鑓の柄は長きにしくは無きとても所しらずば不覚たるべし」でした。
 卜伝の「其時々に」があくまでも個人対個人の戦いならば、鑓が長かろうが短かろうが場に応じたものであれば問題は無いでしょう。兵法の極意は、心を静め相手の動きに応じて新陰流ならば「色付色随事」、相手が動かなければ、動くように仕かけて動いた処を打つ、鑓の場合は突く。
 是が、集団戦法で槍衾を作って攻め込む場合では、まちまちの長さより統一した長さで尚且つ相手集団も鑓隊であれば、長い方が有利かもしれません。
 卜伝のこの歌は一対一の個人戦を私は想定して、相手の得物が太刀であろうと薙刀であろうと鑓であろうと、自らの手に合う鑓であれば十分であり、後は相手より力量が勝っているか否かであろうと思います。但し前回の歌による、場所次第による考慮は欠かせない事をも意図していると思われます。
 卜伝百首で何を示そうとしたのか、時々疑問に陥ります。

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