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2020年9月 3日 (木)

道歌6塚原卜伝百首6の34目貫にはゆゝしき習い

道歌
6、塚原卜伝百首
6の34目貫にはゆゝしき習い

目貫にはゆゝしき習いあるものを
       知らで打つこそ拙なかりけり
別伝
目釘にはゆゝしき習いあるものを
       知らで打つこそ拙なかりけり

  目貫の装着には昔からの仕来たりが有る物を、知らないで打つことは愚かな事である。
別伝
  目釘の装着には昔からの仕来たりが有る物を、知らないで打つことは愚かな事である。

 目貫と目釘は戦国時代以前の太刀拵えでは同じものだったかもしれない、との話もありました。目貫を柄糸の下若しくは上に装着するのにはズレない、外れない、手の内の違和感をもたらさないなどゆゝしき仕来たりがあったでしょうし、現代拵えでもその道の達者のものと粗製乱造の模擬刀のものとは異なります。
 是も卜伝の時代には戦場で破損した柄などは、下級武士は自分で補修していたかもしれません。拵え師でも柄と茎を繋ぐ穴の位置は刀身のバランス上何処にどの角度でなど、細かい教えもあったかもしれません。柄巻の無い太刀などには目貫と目釘が一体であったものもあるように聞きますからその貫通のさせ方には特別な習いがあったのでしょう。
 江戸時代には、刀の長さが決められてきましたから、新しい刀は兎も角、戦国期の刀を長さ調節の為摺上げが行われたものも見られます。それらの古い目釘穴は摺上げられて無くなって居たり、形勢が残っていたり、古いものはそのままに新しい穴を穿たれていたりします。古いものが残って居る茎の穴の位置を見ても、何故そこに、という様なものもあって、「摺上げだから」位で置き捨てていますが、答えのない興味の湧く處かも知れません。
 真剣をもって激しく打ち合う事の無い現代では目釘の位置まで気を廻す素養が失せているかもしれません。せいぜい目釘の弛みをチェックするのが精一杯です。

       

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