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2020年10月 2日 (金)

道歌6塚原卜伝百首6の63もののふの勝負の場(にわ)に

道歌
6、塚原卜伝百首
6の63もののふの勝負の場(にわ)に

もののふの勝負の場(にわ)に出(いづ)る時
        跡と左右に心散らすな


 武士が勝負をする場所に進み出る時には、相手をしっかり見て、後や左右の状況に心を散らしてはならない。

 卜伝の戦歴は、「百余人の属徒を具し、鷹をすえさせ、馬を牽かせ、其富程盛んなり。十七歳にして洛陽清水寺に於いて、真剣の仕合をして利を得しより、五畿七道に遊ぶ。真剣の仕合十九度、軍の場をふむこと三十七ヶ度、一度も不覚を取らず。木刀の打合、惣じて数百度に及ぶといへども、切疵、突疵を一ケ所も被らず。矢疵をっ被る事六ケ所の外、一度も敵の兵具に中る事なし。凡そ仕合・軍場共に立会ふ所に敵を討つ事、一方の手に掛く二百十二人と云へり。五百年来無双の英雄と云々。」 卜伝百首には沢庵和尚が書いている様な序文が附されています。加藤相模守藤原信俊が天明6年1786年丙牛11月29日に追記したものがこの戦歴の一節となります。
 卜伝百首は元亀2年1571年卜伝の死んだ年に書き上げられている様に信俊は「書之」としています。元亀2年に書かれた卜伝百首を天明6年に追記されているので215年の歳月の開きは卜伝の生涯を霞の中から浮び出る夕焼けの富士の影絵の如き思いにさせられます。
 
 勝負の場に臨む時、場の状況は総て目視している筈、其の上で立合う相手に臨む時の心得でしょう。周りを気にしておどおどして居ればあらぬ横槍も入れられそうです。
 相手を静かに心の目で見ながら、スルスルと接近して行く姿は近寄りがたいものです。それは竹刀であろうと真剣であろうと変わらない。私は、稽古でも同じと思っています。
 場の状況は稽古に入る前によく確かめ、他の組との関係を見て、互に場取りして対する、後は稽古も試合も同じです。


 

 

 

 
        

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