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2020年11月 1日 (日)

道歌6塚原卜伝百首6の93もののふの心の鏡

道歌
6、塚原卜伝百首
6の93もののふの心の鏡曇らずば

もののふの心の鏡曇らずば
      立逢う敵を写し知るべし

 武士の心の鏡が雲っていないならば、立合う敵が如何にしようとするのか、相手の心を写し知る事が出来ると知れるであろう。

 この歌の上の句の「心の鏡」ついて、卜伝は弟子達にどのように解説し伝えていたのでしょう。戦国時代末期から江戸時代に成立した剣術各流派も同様の教えが見られます。
 何かを写すとか知るとかの表現に「心の鏡」に写すとか言われます。広辞苑では「心の鏡」を清浄な心を鏡にたとえていう語。と云っていますが、この「清浄な心」が卜伝の云う「心の鏡」なのでしょうか。
 「清浄な心」とは何だと云っても「清らかで汚れのない心」と返って来たのでは「敵を写し知る」など出来そうもない。

 意味不明な事にこだわっていても、卜伝の思いが聞こえて来ないのです。下の句の相手の「心」すなわち、我に対して何をしようとするのかが判れば、それに応じる手段も出て来る筈です。
 新陰流で云えば新陰流截相口伝書亊の「色付色随事」、敵のはたらきを見てそれにのって勝事。
 無外流ならば無外流真伝剣法訣の十剣秘訣「神明剣」の教えによる「端末人未だ見えず、天地神明物に応ずる運照を知るを能わず、変動常に無く敵に因り転化す、事の先を為さず動きてすなわち随う」
 無雙神傳英信流居合兵法ならば「居合心持肝要之大事 居合心立合之大事」に「先ず我身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし、敵打出す所にてチラリと気移りて勝事なり、稽古にも思い案じたくむ事を嫌う能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」

 その敵の思いを知るには、「心の鏡曇らず」でなければならない、敵の考える事を無視して、勝つ事ばかり思い描いて、敵の隙に打ち込んだところ、敵は我が「色に付き色に随う事」を知って我が隙をついて来る。
 一刀流の「水月之事」、無外流の「水月感応」などの教えは、この「心の鏡」を水に写る月にたとえて教えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 
  

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