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2020年10月24日 (土)

道歌6塚原卜伝百首6の85もののふは軍の事を

道歌
6、塚原卜伝百首
6の85もののふは軍の事を

もののふは軍の事を常々に
      思はざりせば不覚あるべし

 武士は軍の事を常々思う事も無いようでは不覚を取るであろう。

 この歌で卜伝は何を言い残そうとしたのでしょう。
 卜伝は真剣勝負十九度、軍の場に踏むこと三十七度、其の外に見聞きした軍を幾つも経験しているでしょう。事実は全くわからないものですが、卜伝と云う兵法者が室町時代中期から末期に存在したか、何人かが合わさって卜伝かも知れません。卜伝百首も卜伝の歌かどうかも読む時疑問を感じる事もしばしばです。

 過去の軍の一つ一つの事が常に頭の中を駆け巡る。勝利に酔いしれるばかりでなく、殺さずとも良かった仕合、殺すべきであった仕合、勝ち軍、負け戦。
 卜伝が大将として大軍を率いて戦った話は特に残されていないので、門人等を連れて、その戦に限り助っ人として参加したのかも知れません。
 この歌での軍(いくさ)は廻国修行での一対一の真剣勝負、山越えなどの盗賊との争いなどでもそれでしょう。生き残り勝ち残る事を常に思う。
 武器の手入れ、引き連れた門弟の状況などにも気を掛けなければならない。修行中で無くとも戦国中期から末期は至る所で小競り合いは有ったでしょうから、武士である以上は、武術は怠り無く体は何時如何なる状況でも応じられる心掛けが歌われたとしても、頷く事かも知れません。

 卜伝百首は、其のまま武術修行の参考となる歌と、その歌を表題として何を自ら模索していくのか考えさせられるところでしょう。この歌などはその良い例でしょう。

 此処までの兵法百首中85首を歌いながら、卜伝の歌には「孫子の兵法」や、平安時代の大江維時の「訓閲集」の教えの形跡が読み取れない気がしています。実戦経験から悟り得た兵法の歌なのかもしれませんが、何か物足りないのは、令和の時代きな臭い匂いはしても、平和な時代だからでしょうか。
 この歌の「軍の事」とは、軍の何を常々思い出して、次の軍の参考としようとすればいいのでしょう。卜伝の門人の中から武芸者は生まれていたとしても、一国一城を預かる武将は生まれたのでしょうか。卜伝に指導を受けた人に将軍足利義輝、伊勢の国司北畠具教、細川幽斎などが名を連ねるそうですが、護身術としての剣術を学んだのは兎も角、さていかがなものでしょう。

 
 卜伝にしても生涯に三度もの長期武者修行の旅に出て、助っ人参戦も37度と云われます。
 鹿島氏の出城塚原城の主と成る事を約束されながら、二度の廻国修行出て戻った時は44歳、此の時妻帯したとされますが十年ほどで妻を亡くし、67歳にして第三回の廻国修行に出ているのです。
 卜伝の逸話は少年時代に読んだ講談社の少年講談全集塚原卜伝に集められ講談として読んでいます、其の数々の武勇伝は楽しいものでした。それらの講釈師の話や歴史的事実を繋いで小説とした中山義秀著塚原卜伝も面白い読み物です。
 

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