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2020年10月 7日 (水)

道歌6塚原卜伝百首6の68もののふの走る刀を指す

道歌
6、塚原卜伝百首
6の68もののふの走る刀を指す

もののふの走る刀を指すこそは
      持たぬ敵を持つと知るべし

 武士が抜き付ける為の刀を指すこそが、持つ必要のない敵(かたき)を持つことになると知るべきである。
 
 「走る刀を指す」とは、軍を仕掛けるとか、武器を携帯することそのものが、持つべきではない敵を持つことになる、というのでしょう。本来人は平和を好むのか、人を蹴落として自分だけ幸せならばいいのか、仲良く暮らしていても、かならず誰かが上に立とうとする。
 卜伝の仕合の経歴が19度、軍の場を踏むこと37度と、嘘か本当かは兎も角、当時は真剣勝負もあったでしょう。武蔵は五輪書で「・・13歳にして初めて勝負す。・・21歳にして都へ上り、天下の兵法者にあい、数度の勝負をけっすといへども、勝利を得ざる事無し。その後国々所々に至り、諸流の兵法者に行き合い、六十余度迄勝負すといえども、一度も其利を失わず。其の程年13より28、9迄の事なり。」と書いています。
 兵法者とは名を上げて多くの門人を持つか、時の為政者に仕官するかが目的だったでしょう。仕合して勝事が必要だったわけで、刀は抜くために指していた様なものです。
 元々武家であったと云うより、兵法者として立身出世を望む者も多かったのでしょう。名ある者に勝たねば名が上がらない。刀を捨てて国へ帰っても、食うや食わずの生活では邪魔者だったかもしれません。
 少々腕に覚えがあればと思う気持ちもあるのでしょう。
 

    

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