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2020年10月25日 (日)

道歌6塚原卜伝百首6の86もののふは鞠琴鼓枇杷笛に

道歌
6、塚原卜伝百首
6の86もののふの鞠琴鼓枇杷笛に

もののふの鞠琴鼓枇杷笛に
      心盡すは愚かなるべし

 武士が鞠琴鼓枇杷笛などの芸事に現を抜かすのは馬鹿げていることである。

 室町時代の上級武士の遊び事や芸事は、室町時代以前から引き継がれたものと、この時期に成立したものも多そうです。茶の湯・生け花・水墨画・平安時代からの能楽・連歌など現代の基礎がこの頃作られたとされています。
 卜伝が否定する鞠・琴・鼓・枇杷・笛などは卜伝の時代以前からの遊び事、習い事の様です。明日の命もままならない様な時代に心から楽しめる遊び事には、人は引き付けられていくでしょう。それが円満なコミュニケーションツールだったかもしれません。卜伝は酒も飲み過ぎないように程々は良い事とも云っています。
 
 遊び事に心を盡さずに、何に夢中になれと云うのでしょう。卜伝の兵法に打込めと云うのでしょうか。恐らく卜伝を師事して従って来た門人達の身分はどの様であったでしょう、武士でも家督を継ぐことが出来ない次男三男、なかには平民や農民、下克上で主を失った浪人達、それらは卜伝から遊びをするなと云われなくとも叶わぬ人達だったかもしれません。この歌が卜伝の上級武士や官僚を揶揄する歌であれば、犬の遠吠えの様なものです。

 
 
 

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