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2020年11月25日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の2五箇之身位之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の2五箇之身位之事

11の2五箇之身位之事
老父云、身を一重に為すべき事。敵の拳へ我が肩を比ぶる事。我がこぶしを楯にすべき事。左のひじを伸ばすべき事。前(さき)の膝に身を持たせ後の足を伸ばす事。是は其座より後へ引のく者を追掛けて打時よし。
亡父の録、第一身を一重になすべき事。第二敵の拳我肩に比ぶる事。第三身を沈に〆(して)我拳を下げざる事。第四身をかゝり先の膝に身を持たせ後のえびらをひしぐ事。第五我左の肘を屈めざる事云々。亦云構は何時も相構の事と書すも有。

 この月之抄の五箇之身位之事は、慶長8年1603年柳生石舟斎宗厳が孫の柳生兵介長厳(後の柳生兵庫助利厳)へ新陰流截相口伝書亊を伝授した冒頭に記されているものです。原文のまゝ記載します(柳生厳長著 正傳新陰流より)。
新陰流截相口傳書亊
身懸五箇之大事
第一身を一重に可成亊
第二敵乃古婦之吾肩尓くら婦遍き事
第三身を沈尓して吾拳を楯尓してさけ佐る事
第四身をかゝ利佐記の膝尓身も多世後乃ゑ比らを比ら具事
第五左乃比ちをかゝめ佐る事
右随分心懸稽古あるへし重々口傳有之也

 柳生兵介長厳は元和6年1620年に尾張權大納言義利(義直)に相伝の際「始終不捨書」を進上しています。兵介長厳は石舟斎の身懸五箇之大事に示された身懸は戦国時代の甲冑を着けた介者剣法に依るもので、甲冑を着ない平和な時代の剣術として「直立たる身の位」を提唱して否定しています。
 十兵衛三厳の月之抄は寛永19年1642年ですから、柳生新陰流も尾張柳生では月之抄の標準とする身懸は「身堅まり詰まる」と否定されています。
 

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