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2021年1月

2021年1月31日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の70指目之目付之事付り拍子之持処之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の70指目之目付之事付り拍子之持処之事

11の70指目の目付之事付り拍子之持処之事
父云、病気を見せしめなり。右の習いを知りたる者など、種々の仕懸け働きを仕掛けるによし。水月へ掛からぬ間の儀は、外しもあり、当たらざる処にては、種々の勝もあるもの也。
其の過ぐる、無理に仕掛ける時の心持、病気をいよいよ思い出す心を計り、気を肩先に持ち一途に働き、一つに心を掛けて病気ばかりに思い詰めるを指目と云なり。気を落とさず、勢を抜かさざる処を拍子の持処と云う也。仕懸けて外すものあり、直して勝たんとすれば、悪しき事有り。外されても、夫れを忘れず直に仕掛ける時わすれまじき也。
亡父の録には指目の位拍子の持つ処と書る。
亦云、指目と云うは、初一念なり。ひょっと見て持たる処、指目也。拍子の持処は、神処(神所)、西江水なり。気を張り乗ると云うとも、籠むる息なり。当流の兵法に拍子と云う事なし。拍子は心にあり、息にあり、乗りても弾むも西江水也。
亡父の録に一段大事、指す処のかね、口伝。知る事第一也。拍子に争わずして、眼付の萌す処を取るなり、と書るも有。

 父云、敵の顔・敵の太刀・臆する心の病気と云うのは、みせしめ(こらしめる?)にするのに良い相手である。病気の意味を知っている者ならば、種々の仕掛け働きを敵に仕掛けるのに良い相手である。水月(間合)へ掛かっていないのならば、打ち込んで来ても外す事も出来る。当たらないと分る所では、種々の勝ち方もあるものである。
 其の過ぐる(病気を持っているにもかかわらず?)、無理に仕掛ける時の心持ちは、病気をいよいよ思い出すばかりである。気を肩先に持ち一途に思い詰めて勝とうと働き、一つの思いに執着して病気なのに思い詰める事を「指目」と云うのである。
 敵が気を落とさず、勢を抜かずに打ち込んで来る処を、拍子の持処と云うのである。仕掛けて外す事も、直に改めて勝とうとすれば、悪しき事もあるものだ。敵に外されても、病気による「指目」と「拍子」それを忘れずに直に仕掛ける際に、忘れてはならない事である。

 亡父の録には指目の位、拍子の持つ処と書かれている。
 石舟斎の目録の表題からは読み取れません。
 
   亦云、指目というのは、初めに思い込んだもの、ひょっと見て感じてしまった処、これが指目である。拍子の持処は、神妙剣に相手の心を写した神所であり、心を納る所「西江水」である。気を張り乗ると云っても、それは、肩に力を入れ意気込んだものでは無く、ゆるゆるとして居ながら息を籠める事である。
 当流の兵法に拍子と云う事は無い。拍子は心にあり、息にあり、乗りても弾む心も西江水である。

 亡父の録に、一段の大事、指す処のかね、口伝。知る事第一也。拍子に争わずして、眼付から心に感じられる萌しから取るものである。とも書いてある。
 この事も、今少し月之抄を読み進む中で読み取って見ます。

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2021年1月30日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の69真之位之病気之事付り初重後重の心持

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11、習之目録之事
11の69真之位之病気之事付り初重後重の心持

11の69真之位之病気之事付り初重後重の心持
父云、一念の起り着する処、何れも病気也。着を去りて無心の心に出る事至々極々なり。委曲目録にあり。初重後重も病を去るの心持也。
古語云う、渉念無念渉着無著(念に渉りて念無く、着に渉れば着無し)。
云う、去り去ると云う心持は、一念を去る心をも忘れよと云う心持なり。此の習いは、沢庵筆を染められしより病気真之位と号する也。

 父云、一念(思い込む心)に居付く(執着)するところ、何れも病気である。執着を捨てて、無心の心に成る事はとても至極の事である。委しき事は目録にある。初重後重(第一段も其の後の段)も病を去る心持が必要である。
 古語に云う、思い込む心を渉るならば思いは無く、執着を持たなければ居着く事は無い。
 云う、去り去ると云う心持ちは、一念を去ると云う心持ちも忘れよと云う心持ちである。此の習いは沢庵和尚が一筆された事により、病気の無い「真之位」と号するのである。

 前回の11の67では「病気を去事付り去る処三つ」で敵の顔を見る・敵の太刀を見る・臆する心が出るを病気と位置づけていました。この真之位之病気はさらに深く、「一念の起り着する処、何れも病気」と云うのです。石舟斎の「没茲味手段口伝書」にある「没茲味観心」いわゆる何の思いも無い心、無心・空の心を習いとするのでしょう。
 時に、新陰流の勢法の稽古中でも矢鱈勝とうと意気込んで来り、竹刀で受け太刀に成ったり、過去に習い覚えた竹刀剣道の教えに拘ったり、果ては入門の早い遅いに執着して、習うべき事を置き去りにする事なども、大病かも知れません。

 

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2021年1月29日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の68病気を去事付り去処三つ

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の68病気を去事付り去処三つ

11の68病気を去事付り去処三つ
古語云
是柱、柱に看ざるを柱に非ず、柱に非ずは柱に看ざる。(を)、是己に去り◯(行)て、是裏に非ざれば、薦取る(すすめとる)。
父云、立相(立合い)て敵の顔、敵の太刀を見たく、臆する心出るもの也。是を病気と云う。此の三つを去りて手利剣ばかりに心を付ける事専ら也。亡父の録に替る事なし。

 古語云う、是は柱である。柱として看なければ柱ではない。柱で非ざれば柱として看ないのである。是は己を去り行きて(己を空にして)、是、裏(表裏の裏)に非ざれば、薦取する(すすんでとる)。

 草体の漢字の判読がこの「古語云」の文章を、理解不能にさせるかもしれません。「柱に看ざるを柱に非ず、柱に非ずは柱に看ざる」と書かれた文字から読んで見ました。然し此処は、柱として看るの「看」では無く、柱と決め込んで見る、居着くの看るでしょう。
 裏については「表裏」とは月之抄の後半に出て来るのですが、隠し謀る心、偽り、方便、武略、謀事、を意味します。その隠し事を見抜いて表であれば直に取れと云うのでしょう。

 父云、立相(立合い)って敵の顔、敵の太刀を見れば臆する心が出て来るものである。是を病気と云う。此の三つ(敵の顔を見る事・敵の太刀を見る事・臆する心の三つ)を去り、敵の手利剣(手裏見)新陰流で云う手の裏(太刀を持つ手の裏、太刀を執る柄中、手の内)にだけ心を付ければ良いのである。

 亡父の録は石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「兵法病気去事」を指しています。

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2021年1月28日 (木)

月之抄をよむ11、習之目録之事11の67真之位一理之事

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11、習之目録之事
11の67真之位一理之事

11の67真之位一理之事
云う、諸法、万法、天地間のことわざ(事業)に漏れたる事なし。諸事万事は一理なり。理は一つ成るによりて理也。沢庵大和尚筆を加えられしにより、此の習い心持ち出で来るもの也。
詳しく目録にあり、ことはり(理)と云う理、り字はことわざ(事業)に付てのり(理)なり。誠のりは心也。此の心を知る事大切也。

 云う、諸法・万法・天地間の事業(ことわざ)に漏れた事は無い。諸事万事は一理である。理は一つであるから理である。沢庵大和尚によって此の事に筆を加えられたので、この一理の習いの心持ちが出で来ったのである(此の習いの心持ちが沢庵の指導で「できた」、とも解釈出来ますが、諸事万事は一理なりという心持が「湧いて来た」、と十兵衛の心を思って見ました)。
 「詳しく目録にあり」は石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「壱理位大事口伝之事」に口伝された前項の「一理之事」による突きの心持ちが読めれば切る心持ちはより読みやすい「理」から、諸事・万事(諸法・万法)一理と理解出来たと云うのでしょう。
 理と云う理、「り」の字はことわざ(事業)についての理である。随って誠(真)の理は自分の心である。この心得を知る事は大切である。

 十兵衛の兵法者である一面と、誰かが十兵衛について文学者とも評していた様に記憶しますが、そんな一面を垣間見る様な月之抄です。

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2021年1月27日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の66一理之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の66一理之事

11の66一理之事
父云、向構に付けて、是を用いる也。切れば申すに及ばずとも、水月の内になりて無刀などにて一円に切らざるものあり。動きを待ちかね、無理に取らんと思う心あれば、行き当たる心あり。
夫れに付き、左様之(これ)元は、突処を見んと思う心を外さず仕懸ければ、打つは申すに及ばず、切るより取り良きものなり。
鑓にも同じ也。身位を忘るべからざる事専ら也。
亡父の目録に別儀なし。
亦云、向構は突事、切るよりも早く、見へ難きもの也。然る故に突く一つを心に思い入れば、切る事は見え良き也。

 一理あることだが。
 父云、向構(正眼)に付けて用いる時、切るならば云う事でも無いが、水月の内(間の内)であっても、無刀などによって切って来ない者がある。此方の動きを待にして、切って来れば取らんとするのであれば、思いつく心持がある。
 その事では、実はこれは、突く処を見ると思う心持を其の儘に仕懸ければ、打つは云うに及ばず、突くは切るよりも取りやすいものである。鑓も同じ事で、身位を忘れない事が大切である。

 亡父の目録に別儀は無い。

 亦云、向構(正眼)は突く事で切るよりも早く、見え難いものである。それ故に、突くと云う事を一つに思い込めば、切って来る事は見えやすい。是、一理である。

 突きは切るよりも早いのだから、突いて来るぞと思えば、切って来るのは解かりやすいと云うのでしょう。この解釈で間違いなければ、それもそうかもしれないと「一理あるな」と思う処です。

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2021年1月26日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の65間之拍子歩之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の65間之拍子歩之事

11の65間之拍子歩之事
老父の録に此儀無し
亡父の目録に之在り理は何ともなし
弥三つ云う、歩は不断ある心持也。何心も無くろくに静かなる事よしと宗厳公仰せられしと語るもあり。
云、何の心もなし、不断歩く歩みは拍子にあらずして拍子也。拍子の間なり。間には拍子無き処也。無き処拍子也。拍子無きとて拍子が違へばけつまずくなり。無き処間の拍子、不断の歩み也。ここぞと云う時は、不断の様に歩まれぬ也。心が働かぬ故と知るべし。

老父の録に此の儀は無い。亡父の目録に之は有るが理は何とも書かれていない。
弥(いよいよ)三つ云う。(この読みは、弥三と云う人の名と読むことも出来ますが原文は「弥三ツ(ハ、ガ)
云う」です。「いよいよ三つ云う」も意味無しですから「弥三という者が云う」が正しいかも知れませんが、習いの本論には影響ない処ですから原文のまま読みます)
 歩みは普段ある心持である。何心も無くろく(陸の漢字から、歪みのなくスルスルと歩む)に静かなる事が良い、と宗厳公(石舟斎)が仰せられているもあり。
 云う、何の心も無く、普段歩く歩みは、拍子が無いのが拍子である。拍子の間である。間には拍子は無い処であり、無い処が拍子である。
拍子の無いと云っても、拍子が違えばけつまずく。拍子が無い処「間」の拍子。普段の歩みである。ここぞと云う時は、普段の様に歩むことはできないものである。心が働かないからと知るべきである。

 普段の歩み足で歩く事が、間の拍子であるが、ここぞと云う時には、打ち込まんとかの心に奪われて普段の歩みが出来なくなる。歩みに心を取られれば、ここぞと云う時の拍子が取れなくなるぞと云うのでしょう。

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2021年1月25日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の64歩之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の64歩之事

11の64歩之事
父云、水月の前にては如何にも静かに心懸、歩みたるよし。水月の内へなりては、一左足早く心持よし。
亡父の録には歩みの事、唱歌ありと書せるあり。
亦云、歩は弾みて軽き心持也。一足の心持専らなり。千里の行も一歩より起ると云々。
亦云、他流にカラス左足、練り足などゝ云うは、後の足をよせ、先の足早く◯◯ためなり。惣別歩みは細かにして留まらぬ心持専ら也。練り足と云うは構をしてぢんぢり練り懸るを云う也。

 父云、水月の前(間境の前)までは、如何にも静かに歩む事を心がけるのが良い。水月の内(間を越す)へ入るには、左足より一歩早く踏込む此処と餅が良い。石舟斎の「没滋味手段口伝書」では、「五合剣」の「第五佐曾久(さそく、左足)」として間を左足で越す習いが口伝され、「水に入る心持之大事」として水月に入る心持として口伝されています。「一左足早く心持よし」なのでしょう、「一左足早く」とは敵に悟られない様に素早く踏込むであって、ゆっくりとした盗み足では無さそうです。ここでは左足で間を越して右足で打ち込みます。

 亡父の録には「歩の事、唱歌あり」と書かれている、と有ります。亡父の録とは何か見つけられません。唱歌は別項目11の18で解説されていますが、月之抄では「唱歌は息也、息合いを心得べし、敵小拍子にして拍子取られざる時、ヤッと声を掛ける心持にて、息を込むれば浮き立って軽し。声を掛くるによりて拍子合い、乗るもの也。我心に乗ったる拍子にて打心也」と有ります。

 亦云、歩みは弾む様に軽い心持ちであり、一足ずつの歩み足の心持ちと云うのでしょう。千里行くにも一歩からと云いますから、走り込むとか継足とか摺り足では無い様です。

 亦云、他流にはカラス足、練り足、後ろの足を寄せる足、先の足早く◯◯により不明。惣別歩みは大股に成らず細かにして、一歩一歩を留まらない心持が一番と云います。なお、錬り足とは刀を構えるなどして、「ぢんぢり」は、前足に後足をジリ、ジリと寄せていく様な足でしょうか。

 

 

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2021年1月24日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の63両一尺之習之事

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11、習之目録之事
11の63両一尺之習之事

11の63両一尺之習之事
父云、是は太刀の伸び、縮み、一尺より上は無きもの也。太刀を向へ出す拳より、我が神妙剣にての間、一尺より外はなし。太刀先の伸び、一尺の上は伸びざるなり。此の一尺を打つ時、控えて打つ心持専らとする也。
亡父の目録別儀無し。
足惣身にて取る心持の事、付り水月にて影、心持有。父云是は水月、神妙剣、手字手利剣、三つの心持を取る心に、足にても手にても、身にても惣体に取る心持専ら也。
亡父の録に此の儀知らず。

 父云、是は太刀の伸び縮みは、一尺より上は伸び縮みする事は無い。太刀を前に出す拳から我が神妙剣までの間、一尺より外には無い。太刀先の伸び、一尺以上は伸びないのである。此の一尺を打つ時、拳を伸ばし過ぎずに控えて打つ心持が大切である。
 亡父の目録には、太刀の伸び縮み、両一尺以外は無いと云う習いは別の意義あるものとしては無い。
 足、惣身によって取る心持の事、付り水月にて影、心持ち有り。父云、水月、神妙剣、手字手利剣、此の三つを取る心では、足にても手にても、身にても惣体で取る心持を専らとするのである。
 亡父の録に此の儀知らず。

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2021年1月23日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の62神妙剣の抱之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の62神妙剣の抱之事

11の62神妙剣の抱之事
父云、我が神妙剣を塞ぎ掛れば、敵の神妙剣自ずと開きて、勝ち易きもの也。先き斗(ばかり)を思うにあらず。懸るにも、打つにも、我が神妙剣を抱える心持ち専ら也。
亡父の録に別段なし。

 父云、我が神妙剣を見えない様にして敵に仕掛ければ、敵の神妙剣は自ずと見えるものなのである。それによって敵の掛からんとする意図が見えて、勝ちやすくなるのである。ああすればこうする、こうすればああ出て来る、其処をこの様に打つなど、先の事ばかり思ってかかるものでは無い。懸るのも、打つのも、我神妙剣を抱える心持で塞ぎ掛かる事が大切である。
 亡父の録に別段なし。此の事は、神妙剣の抱之事という同目録は見当たりませんが、その心持ちは各所に見られます。手字手利剣の処で「心万境に随いて転ず、転ずる処実に能く幽也、流れに随いて性を認得すれば、喜び無く亦憂いも無し。」の偈などもその一つでしょう。神妙剣の処で「心地諸種を含む、普雨悉く皆萌す、頓(とみに)華性を悟り了へて、菩提の菓自ずから成る」も其の事を語っています。すでに習った「色に就き色に随う」などはこの流の最も大切な心持ちである。それを全うするには、「神妙剣を塞ぎ掛かる」は自然の事かも知れません。

 神妙剣之事で、神妙剣とは「老父云、中墨と云う也。太刀の納まる所也、臍の周り五寸四方也。」とまず解説されて、我身体の臍廻り五寸四方とばかり認識している人には、この一文が理解不能になる筈です。我身体の一部である、我が「臍廻り五寸四方」を塞いで敵に見られなくすれば、敵の「臍廻り五寸四方」が自ずから見えるなどとあっても、敵の仕懸けんとする意図など見える訳はないでしょう。
 真の神妙剣とは神所だと云います。神所とは臍廻り五寸四方に己の心を据えた時、神所となる。「神内に有るにより妙外に現れて神妙剣也」と云っています。
 その神所から勝たんとする心を抑え無心になるとか、あるいは敵の待で見えない仕懸けんとする心を、我から誘いに乗る様にして、それに載って敵が仕懸けて来る、さすれば敵の神妙剣が自ずと開くと云うのです。
  

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2021年1月22日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の61座を敵に取られて勝左足外しの事

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11、習之目録之事
11の61座を敵に取られて勝左足外しの事

11の61座を敵に取られて勝左足外しの事
父云、神妙剣の座を敵に取られたらば、我が取りたるも同意成なり。直に用うべし。詰まりたる時などは、遠近の心持にて一左足外し合わする心持もよし。
亡父の録には仕掛たるとも仕懸られたりとも、詰まると知らば一左足遠近と飛び違って座の逢う心持専也。位分けの体曲(待曲、待業)闕(かく)拍子、茂拍子、何れも詰まりたる時の心持ち也と書せる也。

 父云、神妙剣の座を敵に取られたならば、それは我が取ったも同じ事である。直に懸るべきである。敵との間が詰まった時などは、遠近を見積もって、左足を一足外して、間を合わせるのが良い。

 亡父の録には、此方から仕掛けたとしても、敵に仕懸けられたにしても、間が詰まったと分るならば、左足を一足跳び違って外し、神妙剣の座が合う様にする心持ちが大切である。位を取られた時は、左足を角かけて外す。無拍子に打込むなどは何れも敵との間が詰まった時の心持ちであると書いてある。
 石舟斎の録とは「没茲味手段口伝書」の「角にて闕闕(かく)拍子之事」及び「茂拍子之大事」の目録の口伝を指しているのでしょう。新陰流の勢法の中に幾つもこの状況の応じ方が残っています。順番に従った動作の初心者指導であっても、角かけて打つ仕種の意義などは理解させて置きませんと、意味も解らず棒振り稽古に励んでその内、道を外して戻るのが厄介です。特に竹刀剣道や他流の剣術をやってきた人には大切な処かも知れません。

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2021年1月21日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の60我神妙剣を返すと云心持之事

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11、習之目録之事
11の60我神妙剣を返すと云心持之事

11の60我神妙剣を返すと云心持之事
父云、前後左右神妙剣なり。後ろより懸りても敵打つ時は神妙剣向かうもの也。逆に取りても神の座は逢うものなり、逢う時身位を敵の神の座に合うべし。我が神妙剣は、敵の座に合わせたれば、返すと云う心持也とて亡父の録に此の儀見えず。

 父云、前後左右神妙剣である。後ろより懸って来る敵が打込む時、我が神妙剣は敵に向かうものである。敵と逆の立場であっても、神の座(神妙剣の習いの中に我が心も敵の心も据えると、神所、神の座)は逢うものである。逢う時は、身位は敵の神の座に合(逢)わせるべきである。
 我が神妙剣は、敵の神妙剣の座に合わせたのであれば、それを返すと云う、心持ちなのである。と云うが亡父石舟斎の録には此の儀は見当たらない。

 神妙剣の意味を、我臍の周り五寸四方と云う身体の部位と認識していれば、それは夫れで間違いとは言えないでしょう。敵と立合う際の心得としてどの流でも指導されている処でしょう。
 此処では、更に踏み込んで敵の心を読みとる神所としての神の座の心持ちをも述べていると思います。亡父石舟斎の録に見えず、と云う一節ですが、石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「神妙剣真位の事」の偈に「喜と嗔(いかり)同じ本なり、嗔る時喜び目に俱はる、心は物に随いて宰(さい・つかさどる)と作る、人は我其れに非ずと謂う。」要約すれば、人は敵と我は同じではないと云いながら、「嗔る時喜び目に俱う」様に全く別々の事とは言えない、「同本」だと云っています。此の事を理解した上で「我神妙剣を返すと云心持」が読み取れます。
 目に見える業技法上の敵と「身位を敵の神の座に合うべし」に従い臍を敵に向けるだけでは「是極意の頂上也、是相極也」には至れそうにも有りません。

 

 

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2021年1月20日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の59五字之沙汰之事

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11、習之目録之事
11の59五字之沙汰之事

11の59五字之沙汰之事
父云、是は祀りたる心なり。地水火風空など云うに依りえんが為也。此の五字の上にて云うは、手字手利剣、神妙剣、水月、病気、空なり。文字に直しては手(地)、水(水)、神(火)、病(風)、空(空)なり。空の内の捧心、西江水と知るべし。

 柳生十兵衛三厳が何故、此処に此の「五字之沙汰之事」を挿入したのか、月之抄を読み進んで行きませんと意味がよく解りません。「五字之沙汰」と「神妙剣」との関わりも読めない。
 次項の習いは「神妙剣を返すと云心持之事」その次は「神妙剣之抱之事」とまだ神妙剣について続きます。
 取り敢えず、現代文に置き換えてみます。

 父云、五字之沙汰之事は、是は手字手利剣、神妙剣、水月、病気、空の習いを、心に祀ったのである。五字は「地水火風空」などと云う言葉に寄せてみたものである。習いを文字に直せば、手字手利剣の手は地、水月は水、神妙剣の神は火、病気は風、空は空である。空の内の捧心は西江水である。

 この様に読み解けばよさそうです。今まで習った手字手利剣、神妙剣、水月が有りますから、新陰流の大切な心持を心にしっかりと持てと云うのでしょう。この月之抄を読むでは初めて聞く習いに「病気」「空」「捧心」が有ります。それと少しさわりをした「西江水」が有ります。新陰流用語辞典でも作って引き出せばよいでしょうが、月之抄を順序を追って読み進み理解したいと思います。

 十兵衛の探求心が随所に突然襲い掛かって来る様で、十兵衛の修行の姿が見え隠れして来ます。道場で竹刀を以て上泉信綱、柳生石舟斎由来の燕飛・三学・九箇・天狗抄などを稽古するうちに、此の形の根本に由来する習いは何だろうと行き着くものです。そこで十兵衛は自らの覚書を月之抄に整理したのでしょう。整理しつつも次々に出て来る宗矩からの口伝や石舟斎の目録に眼を通せば新たな発見も疑問も沸いた事でしょう。

 十兵衛の月之抄の校正は不十分ですが、却って面白く読み続けられます。後に此処に出ていた幾つかが出そろった所で、此の項に加筆して見たいと思います。

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2021年1月19日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の58大躰之神妙剣之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の58大躰之神妙剣之事

11の58大躰之神妙剣之事
父云、立相より仕掛の心持なり。敵の神妙剣の座開く様に心得べし。太刀にても、身にても、場にても取る心持、大躰を外さざる積りを云也。
亡父の録に別儀無し。
云う、此の神妙剣は、色々に書る多し、或は所作のうえに取りなし、或は古語の理を取りなし、円相の神妙剣、或は打合の神妙剣などと書すもあり。是に心なし。所作の納まり神妙剣、所作の初まり神処(所)也。
此の二つに心を付くべし。此の心持にて如何様にも云い替えんは自心の作たるべし。

 大体の神妙剣之事、この題目は、大体と云うのですから、たいていとか、おおよそとか、誰でもとか、通常は、普通はとかびしりと締まらない雰囲気です。
 父宗矩は云う、立ち合いから仕掛けていく心の持ち様を云う。敵の神妙剣の座を開く(敵が仕掛けようとする思いをが神妙剣に写し取る)事だと心得るべきものである。太刀にても、身にても、場にても敵の神妙剣を取る心持ちで、大体外さない間積り、心積りを云うのである。
 亡父石舟斎の録には別の意義は無い。
 十兵衛云う、この神妙剣について色々に多くの思惑が書かれている。或は所作の有り様。或は古語の理窟を云う、円相上の神妙剣。或は打ち合う時の神妙剣などと書いてあるものも有る。然しこれらには心の持ち様を書いてあるものはない。
 所作の納まり所が神妙剣である、所作の初まりの神妙剣は神所なのである。
 この二つに心を付けて思うものであり、此の心持であっても、如何様にも言い替えるのは、本来の神妙剣では無く自分勝手に作った、神妙剣である。

 茲では、神妙剣とは父の云う「立相より仕掛の心持。敵の神妙剣の座を開く心得。太刀にても身にても、場にても、取る心持、大体を外さない積り」であると定義しています。それ以外の書き付けたものは、其の人の自作に過ぎないと云うのでしょう。いずれにしても、神妙剣が霞の中に隠された気分です。

 十兵衛は云う、「神妙剣には心は無い、所作の納まる所が神妙剣であり、所作の初まりは神所である。」と云い切っています。
 

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2021年1月18日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の57神処之習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の57神処之習之事

11の57神処之習之事
云、神処(神所)と云うは、神妙剣の習の中に心を据えべし。据ゆれば神也。所作は千万働くとも、此の神処より初めるべし。持つぞ、乗るぞ、外すぞなどゝ云うは、此の処の儀也。
神の内にあるより妙外に現われて、神妙剣なり。此の剣の字に位あり、敵にある神妙剣と我身に有る神妙剣との心持に替り有り。くわしくは目録にこれあり。是に知らざるなり。

 神所と云うのは、神妙剣の習いである体の中墨、臍の周り五寸の中に我が心を据えるものである。心を其処に据えれば神である。所作は千万働かせるとも、この神所より所作は始めるものである。持つぞ(待つぞ、待の誤字でしょう)、乗るぞ、外すぞなどゝ云うのは、此の神所の事である。
 神の内より、妙外に現れて神妙剣なのである。この剣の字(神妙剣)に位がある。敵の神妙剣と我が身に有る神妙剣とは、敵が我に仕掛けんとする心と、それに応じる我が心には替る所があるのである。くわしい事は目録に有る。此の事は知られていない事でもある。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「神妙剣真之位之事」を指しているのだろうと思われます。前に読んだ月之抄の11の53「神妙剣之事」に「古語云、喜与嗔同乎 嗔時喜自俱 心随物作寄 人謂我非夫」と有りました。これは喜びと怒りは同じであり、嗔る時には喜びもともなう、心は物に従うものだが、人は我と他人とは別物である。と述べられています。その心は我も夫れ(敵)も同じと云う事と読み解きます。神妙剣に敵の心を写しそれに随う心、それを「我が身に有る神妙剣」が替る心持と述べたのでしょう。 

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2021年1月17日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の56真実之神妙剣実之無刀之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の56真実之神妙剣実之無刀之事

11の56真実之神妙剣実之無刀之事
父の録にあり理りは何ともなし
秀忠公御稽古の時分録にあり。
亦云、真実の神妙剣とは神処(神所)也。亦、実の無刀とは根本之習也。又、真の無刀なり。是は道具也。道具を以て理り、心も有。名を借りて云う。もし又教えとする心持あり。人により、其の心を汲むべし。西江水真実の無刀と云う習を秘して、仮なる心持ち多し。

 神妙剣とは、真実の神妙剣、実の無刀について述べているのでしょう。真実の神妙剣は臍廻り五寸四方とか六寸四方とか体の位置を述べていますが、此処では、己の身体の神の御座所である。と云う分けです。次回の月之抄に「神処之習之事」として、解説されています。
 
 亦、実の無刀と云ってここまでに述べて来ていないにもかかわらず、「無刀」について突然言い出しています。実の無刀と云うのは根本の習いであると云います。刀を全く持たない無刀で敵に対する事を「真の無刀」と云うのでしょう。真の無刀は道具の事であって、刀を帯びていない場合でも、その場にあるものを道具として扱い応じる事の、理を云うのです。その心構えも有のです。その道具を扱う事の名を借りて「無刀」と云う。然し、その扱いには教えとする心持ちもあると云います。その事は人夫々によって、考えを巡らし、無刀
の心をくみ取るべき事である。
 「無刀之心持之事」としてずっと後に、月之抄に述べられていますが、一般に無刀取の言葉で有名になっていますから其の触りだけ「無刀にて無理に取ると云う心にては無し。万事無刀の心持にある心を以て、極意とせり・・」

 次の一節も、新たな用語「西江水」が突然出て来ています。「西江水」とは、是も暫らく後に「西江水之事」として月之抄に出て来ますが、触りだけ「心を納むる所、腰より下に心得べし・・」。
  
 西江水、真実無刀と云う習いを秘して(知らずして・隠して・偽って)、仮なる心持ち多し。この仮を知ったかぶりをしてと読むか、誤って思うと読むか、秘してと読むかは、自ら心に手を宛てゝ思うべきものでしょう。

 この項の宗矩の目録は有るが、その理は何とも無い。二代将軍秀忠公の御稽古の時の記録にはある。頭書にありますが何処かに保存されているのでしょうか。
 この項を読みつつ思う事は、十兵衛三厳の月之抄はさらにこれを噛み砕いた、朏門集や武蔵野、行川の流、兵法目録、当流の兵法などを傍らにして、尚且つ道場に立って一人稽古に励みつつ、項目ごとに思いを馳せたい衝動にかられます。

 

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2021年1月16日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の55身位神妙剣取る心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の55身位神妙剣取る心持之事

11の55身位神妙剣取る心持之事
老父云、目録に理なし
亡父の目録にも理なし
云、神妙剣を身位にて取る心持、上中下三段、向き開き一重の位の心持ち替えるべからず。先祖三代この形の目録とも数多多し。其の人々により色々に目録替り之あり。心得べきものか。

 神妙剣とは中墨、太刀の納まる所、臍の周り五寸四方なり。と前項で解説されています。その神妙剣の基づく身位の取り様は、上中下段、体の向きが正面(正体)、開き(半身)、一重の位(一重身)であっても、神妙剣の位置は変わらないと云うのでしょう。先祖三代(上泉伊勢守・石舟斎・宗矩)この事を指す目録は数多多し。其の人々に依る身位は夫々で色々替る目録がある。理は述べられていないが心得て置くべきものか。

 最後は「か」の疑問符で終わっています。三代の「神妙剣を身位に取る心持」の違いが、読めていませんので個々に読み解く方法がありませんが、「身懸五箇之大事」から神妙剣との関係は想像できそうです。
 神妙剣の心得は他流の場合も、是を抜きにしては無さそうです。
 無双直伝英信流居合の場合も、青眼に構えたり、真向斬り下しの際、柄頭は臍の位置より一拳半の位置にあり、如何なる構え、切り込みでもその座を忘れる事はありません。人の体の中心点ともなる位置であると考えれば納得できる事かも知れません。

 

 

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2021年1月15日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の54神妙剣之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の54神妙剣之事

11の54神妙剣之事
古語云く
心地含諸種 普雨悉皆萌 頓悟花性者 菩提菓自成(心地に諸種を含めば 雨普くして悉く皆萌す 花の性を頓悟すれば 菩提の菓は自ずから成る)

老父云、中墨と云う也。太刀の納まる処なり。臍の周り五寸四方なり。手字手利見、水月、神妙剣此の三つは人間の惣体の積り、兵法の父母たり。此の三つより心持種々に別れる也。大形(方)此の三つ極まるなり。
水月も是れ神よりの儀、思いつく心を月と定め、神妙剣を鏡とす。夫れに写してよりは、勝ち良きもの也。
人に大小あり。水の場を取る時に、其の影を考えべし。其の場を取る処を、打たずと云う事無し。それを見損ずるもの也。不覚取りては後ろへ退く事ならぬもの也。
外しは浅く取る処にあり。場を取る処を、打つと思う心を、予ねて心に持つ事肝要也。取る処を切らざるものは、其のまゝ勝べき也。懸々先々たるべし。味を持つ処神妙剣也。

亡父の録に神妙剣之事付り身位三重位分之待曲条々之事、或は中墨とも云うと書る。

亦云、神妙剣之事付り両一尺之習之事
太刀の神妙剣源也。兵法の本来共云と書る。是は秀忠公御稽古の時分の目録に父書る多し。

亦云、神妙剣之真之位之事、能く分別すべし。
是極意の頂上也。古語云く
喜与嗔同乎 嗔時喜自俱 心随物作寄 人謂我非夫
と書るもあり。

亦云、身位三重之事、是は上中下の身の懸かり、又身の捻り、或は開き、三重あり。又、高上極意神妙剣之太刀の勝口、身位三重なり共書るあり。

 神妙剣之事に就いて少々長いのですが、先ず古語で述べられている語句を読んで見ます。
 心の地には諸々の種を含んでいる、すみずみ迄雨が降ればそれらの種が皆芽を出して来る。それらの花の性を真に悟るならば煩悩を断って不生、不滅の真如の道を悟って得る仏菓は自ずから成る。心には色々の応じる手立てを持っているのであるから、無心となればそれらの手立ては自ずから成る、と云うのでしょう。

 老父柳生但馬守宗矩は神妙剣とは中墨之事だと云う。太刀の納まる処、臍の周り五寸四方である。
 手字手利見(手字手利剣)、水月、神妙剣此の三つは人間の惣体の積りであって、兵法の父母である。此の三つより心持ち色々に別れるものである。大方この三つに極まるのである。十文字勝する際の敵之太刀を持つ手の裏、間積り、中墨は兵法の大切な積りであると云うのです。
 水月も神より与えられたもので、思いつく心を月として、神妙剣を鏡として写しとるならば、勝つ事は容易である。
 人には大小あるので、水月の場を取る時に、相手大小による影は一定ではないので考えて、水月を取ったならば、必ず打込んで来る。それを見損じるものである。間積りで不覚を取れば、後ろへ退いても敵之打込みを外せないものである。敵の打込みを浅く外し、敵の場を取った所に打つと思うもので、此の心持肝要である。場を取っても切って来ない場合は、そのまま打込んで勝つべきである。懸々先々であるべし。味を持つ処神妙剣也。

 亡父の録に神妙剣之事付り身位三重位分けの待曲条々の事、或るは中墨とも云うと書いてある。
 是は石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「神妙剣付両一尺位分待曲之事」を指しているのでしょう。
 亦云、での両一尺之習の事は、間積り之事で、一尺の太刀の当たらない間合い、其処での仕掛け。仕懸けても待の敵に対する懸勝事。
 太刀の神妙剣は源である。兵法の本来のものと書いてある。是は秀忠公の御稽古の時分の目録に父宗矩が書いている事が多い。

 亦云、神妙剣之真之位之事、能く分別すべきである。是は極意の頂上である。古語に曰く。
 喜びは嗔(いかり)と同じか 嗔(いかる)時喜び自ずから倶(ともなう) 心は物に随い作り寄す 人謂(いう)我れ夫れに非ずなり
 此の偈は石舟斎の没滋味手段口伝書に書かれています。

 亦云、身位三重之事、これは上中下の身の懸かり、身の捻り、開きの三重のことである。又、高上極意神妙剣之太刀の勝口、身位三重也とも書いてある。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」に神妙剣の後に「身の位三重付残心之事」と有ります。三重は残心の事と云っています。無双直伝英信流の残心は敵を斬り倒した後に、新たな敵が現れるのに応じる心構えや斬った敵を思い残心を行います。この新陰流の残心は、一度の斬りで後が続かない事を戒めて、打・撥ね・打等の続け打ちを三重と云い残心の事と云う。

 新陰流の伝書は石舟斎によって目録のみで解説は不断の稽古の中で口伝された習いなのでしょう。随って石舟斎によって第三丗として相伝した、兵庫助以外は正しく口伝されていなかったかも知れません。石舟斎の覚書がある様ですが江戸の宗矩や十兵衛には無く正しく伝承されたか否か、この神妙剣にも表れていて月之抄だけでは読み取れません。

 

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2021年1月14日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の53水の無法と云心持之事付り月に兵法無しと云事

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11、習之目録之事
11の53水の無法と云心持之事付り月に兵法無しと云事

11の53水の法無しと云心持之事付り月に兵法無しと云事
父云、水月に兵法無と云う心なり。月の写るが兵法也。月は勝つ也と云うも、写してよりは勝ちの備わりたる心持也。水に入り入らぬぞなどと云う処に構えは無き也。
引歌に
浮き草を払いて見れば底の月 
       寔(ここ、まこと)に有とは誰か知るらん

 父云、水月(間合い、間積り)には兵法は無いと云う心持なのである。月の写る(敵の心が、我が心に写る)の兵法である。敵の心が我が心に写って「月は勝つ也」と云うのも、写す事によって勝ちが我に備わる心持ちである。水に月が入るの入らないなどと云う処に、何の構えも無いのである。
 引歌に 池の表面を覆う萍(うきくさ)を払って見れば、池の底に月が写っている、本当にあったとは誰が知っていよう。この様にして勝とう、負けてはいられないなどと、心に己の思いばかり募らせていたのでは、何も見えて来ないものです。浮草を払うとは無心となればおのずと敵の心が我心に写るものだ、と歌っています。
  

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2021年1月13日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の52真之水月之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の52真之水月之事

11の52真之水月之事
父云、身は水の月と云う、うつりうつす心持なり。敵の神妙剣を、鏡にたとへ、我心を月にたとへて、我形を敵の鏡にうつし、心の月を水月の水にうつしてよりは、勝事こてまゝなる心持也。至極なり。
亡父の録に真之水月之事、付りうつりうつす心持、心の月我形を一処にうつす也。重々心持口伝と書る。
亦云、真之位に付、覚と云う習有り。水月を思はずしても心に独り覚あるもの也。是自ずからなる水月、真の位也。当たる当たらぬ境は素人も知る也。習いを知らずして知る心、心に有るもの、心を水にうつし、形を鏡にうつす也。一陣の曇りあらば、月は出まじきなり。
古語に云う、日に新に、日々新、又日に新にすと云えり。月ぞ鏡に、水ぞと云う心持は、感知深し。説く人有て知る人無し、知る人有て通人無しと古語にあり。
* 
  真之水月之事と云うのですが、これまでの水月は敵との切り合いで刀の当たらぬ間積、間合と教えられたと認識しています。真之水月は目に見える間積では無いような、雰囲気で語られます。

 父云、身は「水の月」水に写った月の様なものだと云う。敵も我も写り写す心持なのである。敵の神妙剣(中墨、太刀の納まる所)を鏡に譬え、戦いの場での心と我身の形を一所に神妙剣に写し、心に写った敵の月(心)を我が、心の鏡に写したならば、勝事は自在になる心持である。至極の業である。

 亡父の録に、「真之水月之事付り写り写す心持、心の月一処に写す也」重々心持は口伝と有る。真の水月とは「心のあり様を写りうつす(移す、写す)心持之事で、心のあり様を一所に写すのである」と云う事なのでしょう。
 亡父石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「水月付り位をぬすむ」の偈「心法は無形十方に通貫す水中の月鏡裏の象」によって語っています。心に形無ければあらゆるものを認識でき、水に写る月影の様なものである。

 亦云う、真の位であるが、覚(おぼえる)と云う習いが有る。水月(間積り)を思わなくとも、心に自然に覚えあるものである。是は自ずから人に備わった水月(間積り)、真の位である。敵の太刀が当たる当たらぬの境は、兵法の素人も知っているのである。習わずして知る心、心に有るもの、心を間積りではかり、形を心の鏡に写し取るのである。勝とうとばかり気を入れてしまえば一陣の曇りが月を遮るように何も見えなくなるものである。

 古語に云う。日に新に、日々新に、又日に新にすると云う。月ぞ鏡に、水ぞと云う心持は感知深いものである。説く人有て知る人無し、知る人有て通人無しと古語に有り。

 
 

 

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2021年1月12日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の51水入之事付りうきしづむ心持

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の51水入之事付りうきしずむ心持

11の51水入之事付りうきしづむ心持
父云、水月より能く切られんと思う心にて水に入るなり、浮く也勝べきと思う心には、水に入らざるなり。沈むなり、心持深し。
亡父の録には水入之事付り浮かまんとすれば沈み、沈まんとすれば浮く心持重々口伝也と書。
亦云、水月の水と云により、場を越入所の心持也。例えば水心知らざる人の、水に浮かまんとすれば却って沈み、沈まんと思へば返りて浮くなり。浅き譬えなれども面白き心持也。水月の水に沈むと思うて切らるゝ心持、水入なり。

 父云、水月(間境)で切られる事は無いと思って、間を越すのであれば、水に浮くに違いない、勝に違いないと思う心であるならば、間を越して水(間合い)に入るべきではない。沈む(切られる)であろう。心持深いものである。

 亡父の録には、「水入之事付り、浮ぼうとすれば沈み、沈むまいとすれば浮く心持。重々口伝とするのである、と書かれている。
 この処は亡父石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「水入心持大事 口伝」に目録があります。水月を踏み越える大事な心持として、切ってやるぞと意気籠め場、却って切られる。水に身を任せる様に、敵の色に随って無心に斬り込めば勝と云う事でしょう。

 亦云、水月の水と云う譬えで間を越す習いの心持ちを述べているが、場を越して切り込む所の心持は、例えば、水の心を知らない人は水に浮かぼうとすれば却って沈み、沈まないと思へば返って浮く物である。浅い例えではあるが、面白い心持である。間境での切り込み入る心持、切られると思えば切られる心持。随ってここぞと云うに従って無心に切り込む、是を「水入」の習いと云う。のでしょう。
 なかなか味わい深い一節でした。

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2021年1月11日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の50勢々りと云事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の50勢々りと云事

11の50勢々りと云事
父云、身は表裏の心持也。水より前にて色々に仕掛て、手立てに花を咲かせ、なぶり立て敵に随い、又随わずしても、又油断の処、気の抜くる処多かるべし。水より前にて勝つ心持専也。
亡父の録にはセゝリと云事付けたり、水月を越さざる心持也と書るあり。
亦云、セゝリとは表裏の心持より序を切はくるしなし(苦し無し)と云々。

 原本は、「勢々り」と表題は書かれています。解説の文章では「セゝリ」で片仮名になります。広辞苑ではセゝリは「挵」の文字で、もてあそぶの読みになります。ここでの文字は当て字かも知れません。競る(せせる)とも違うよです。
 表裏は前にもありましたが、新陰流独特の語句の解釈の無いまま表現されても戸惑うばかりです。表裏とは「かくし、たばかる心也、偽りなり。心付かざる先を謀り候事、気前也。表裏は、気前の末なり。偽り却って実となる所専ら也。方便の道。武略。同意也」と云う分けです。

 父云、身は、敵を誘い出す謀り事をもって、水月(間境)の前で、敵に色々仕掛けて、作戦に花を咲かせ、なぶり立て、敵の動きに随い、又は随わない。其の様な表裏の仕掛けにも油断の処や、気の抜けている処も多いかも知れない。随って表裏の心持に依るのは、水月の手前で勝つ心持が好ましい。それをセゝリ(勢々り)と云う心持である、と云います。

 亡父の録にはセゝリと云事付けたり「水月「間境」を越えないで仕掛ける心持」と書いてあるのが有る。
 亦云、セゝリとは表裏の心持より序(はじめ)るのには問題はないと云々。

 

 

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2021年1月10日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の49早味を越す心持之事

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11、習之目録之事
11の49早味を越す心持之事

11の49早味を越す心持之事
父云、両三寸なり、内外早き処、一寸二寸なり。越し、外し、此の所に心を◯付る也。
亡父の録に、我初一念を早く越す也と書有。

 この項目は、そのまま読んで見ても、意味が読み取れません。何処かにこの項に相当する、目録の口伝の覚書が残されているかもしれません。

「早味」とは、敵の素早い打込みを越して打込む心持ち、とでも解釈しておきます。
父云、目付は両三寸、二星、柄を握った敵の拳の動きを見て、早い動きは一二寸に過ぎない、越すなり外すなりは、此処に心を付けて見るのである。
 亡父の録に、と有りますが新陰流截相口伝書亊、没茲味手段口伝書の目録からは読み取れませんが、早味を越す心持ちは「我、ここぞと思った一念を貫いて打込み越す事」と書いてある、と云うのでしょう。

 この「早味を越す心持之事」は、月之抄の水月の習いを述べて来た一連の項目の中に書かれています。随って、「早味を越す」は水月を素早く越して来る敵、或いは、越そうとする、外そうとする時の心持を読んでいると見てもいいかもしれません。読み解くポイントは「両三寸なり」でしょう。
 三寸は切先三寸、両の拳の事などですが、拳は二星とも云います。此処では拳として読んで見ました。

 

 

 

 

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2021年1月 9日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の48水月之事身位足手の盗之事

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11、習之目録之事
11の48水月之事身位足手の盗之事

11の48水月之事身位足手の盗之事
とられて勝事と書れたも老父の目録有、理りは無し。
云、水を盗心持は、身にても、足にても、或いは手にても太刀表裏などにても盗心を書るなり。盗られて勝と云も、敵の盗取事を此方に知れば、則盗られて勝べき也

 盗られて勝事と書かれているも老父の目録有り。理は無い。
 云う、水月を盗る心持は、身にても、足にても、或いは手にても太刀表裏などにても盗る心を書いてあるのである。盗られても勝と云うのも、敵の盗み取る事を、此方が知るならば、則、盗られて勝つべきである。

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月之抄を読む11、習之目録之事11の47そり懸りと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の47そり懸りと云心持之事

11の47そり懸りと云心持之事
云、上段の者は、上早きにより、下水を取り入れ、身位三尺を腰より上を反り掛、一拍子に入あうべき仕度也。仮令打つ時も、水の場にては、敵の打つ太刀を外して受けば当たらぬ。外さずして打つ心持にては、外しても敵に当たるもの也。
此の事、いずれの目録にも無し。

 云(主語が老父・父・亡父のいずれでも無い場合は、石舟斎や宗矩による習では無いのでしょう)月之抄の作者柳生十兵衛と思われます。
 上段に構えて打込むものは、打込みが早いものなので、下で水月の間に踏み込み、身位を三尺の間より腰から上を反り身にして掛り、反り身になって敵太刀を外し一拍子に上体を水月に入れ打込む仕度の事である。仮令、打つ時も、水月の場では、敵の打つ太刀を外して受ければ当たらないものである。外さないで打つ心持であれば、外しても敵に当たるものである。
此の事は老父。亡父いずれの目録にも無い。

 

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2021年1月 8日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の46左足積り運び様之事

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11、習之目録之事
11の46左足積り運び様之事

11の46左足積り運び様の事
父云、詰べきと思う心有らば水月を近く積り取るべし。外さんと思うには、水遠く取たるよし。足の運びは何時も後の足の早く寄せ掛くる事専ら也。◯(引?)当流にはからす左足と云う心なり。
亡父の録には何とも無し。
亦云、左足は、浮き立って軽ろき良し。運びは如何にも静かに小足なるよし。大形一尺ばかり程づゝ、拾い歩く心也。下心はつみて、上、静かなるにしくはなし。

 父云、敵に詰めるべきであると思う心が有れば、水月(間合)を近く取るべきである。敵との間合を外そうと思うには、水月を遠く取るのが良い。足の運びは何時でも前足に後ろの足を早く寄せて掛かるのを当然とするのである。◯当流にはカラス足は左足からと云う心である。

 亡父の録には「左足積り運び様の事」について何も書かれていない。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「五観之大事」の「佐曾久積位知事(さそくつもるくらいをしること)とあります。さそくは左足で水月を無拍子で静かに越し右足を踏み込んで打つ。その心持は「新陰流截相口伝書亊」の「水月付位を盗む事」で「心法は形無く十方に通貫す、水中の月鏡裏の象」とあります。

 亦云、左足は浮き立って、軽いのが良い。足の運びは如何にも静かで、歩幅は狭い小足が良い。大方一尺ばかり程づつ、拾い歩心地である。下心は充分にして、上の心は静かであるに越した事は無い。

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2021年1月 7日 (木)

辛丑(かのとうし・しんちゅう)

辛丑(かのとうし・しんちゅう)

 令和3年2021年の干支は辛丑、丑年です。
 令和も早いもので3年目を迎えてしまいました。毎年11月初めか12月初めには干支を読むのカテゴリーで翌年の干支を辿っていたのですが、この辛丑の資料を集めていると何だか気が乗らず、「そのうちそのうち」と思いながら、年を越してしまいました。幾ら丑は馬と違ってのんびりしていて諺に「牛の歩み」とあるように、進み具合の遅い事の譬えにされていますから、そんなものかとも思っています。
 遅ればせながら書き出したのは、このブログでもコメントをいただく事もある無銘様から「今年の干支はどうしたの」と、ありがたい事に寝ていた目を覚ましていただけたわけです。 

 気が乗らなかった事を上げると、令和2年を振り返って見れば、地球上で猛威を奮っている新型コロナに翻弄されただけの一年であったとしか言いようがない。
 安倍のマスクを筆頭に結果としてろくでもない事に右往左往するだけで、何ら根本的な事が見えてこなかった。それは、今の日本がどんどん世界から取り残されていく萌しのような印象を受けたとも言えます。
 生活必需品や食料などは高い率で自給すべき事が忘れられている実態を浮き彫りにし。生活に根差した研究開発が著しく遅れて其れは政治にも、あらゆる分野で見られる。たいして役にも立たない自分の城を守っているのが精一杯の印象を受けてしまいます。
 新型コロナが緊急事態であるならば、それを集中的に短期間で解除できる政府の設立による実戦型知能集団組織を作るまでの意気込みもなく、現場任せのお粗末です。やってると云っても他の分野にまで踏み込まない、踏み込ませない組織では意味は無い。

 それでも、何かめぼしい事があるかと辛丑の過去を振り返って見たのですが、60年ごとの歴史の中の一年ですから前後の流れの中に左右されるのは当然ですが、その年の動きの中から歴史上の大きな動きが見いだせない事にも辛丑の年の特徴でもあり興味がわかず気乗りしない事の一つでもありました。

 令和2年は早々から、公共施設の閉鎖などで居合も古流剣術も刀や木刀を自宅で振う、個人稽古になってしまいました。
 勝ち負けを争うスポーツ剣道と違い、仮想敵相手の稽古は、技の習得には大変役に立つのですが、ともすると自分に都合よく切られてくれる相手の想定に陥ります。言い替えれば武術が「かたち」になってしまい「演舞」は出来ても「武術」に至らないのです。
 令和2年は、早々から無双直伝英信流の古伝神傳流秘書から抜刀心持引歌、田宮流歌の伝、無外流百足伝、柳生石舟斎兵法百首、卜伝百首とたてつづけに兵法の古歌を読み漁って稽古不足を、心の修行に置き替えて来ました。
 今年は昨年末から令和3年7月まで柳生新陰流の「月之抄」を読み込んでいます。歌の心と技法が重なり合い、四苦八苦しながら臨んでいる処です。そして多くの気付きも有ります。

   辛丑を境に、今までの之で良いと思う、自らの諸々を見直し新たに一から始めたいと思います。
 年賀状には「萬法帰一」の偈を書きました。

辛丑が終わらない内に干支を読んで見ます。  Dsc07168-3202012246

1、令和3年は十二支は丑(うし、ちゅう)
 日本では牛の年です。十干は辛(かのと、しん)。干支は辛丑(かのとうし、しんちゅう)です。
 辛の文字は「しん、からい、つらい、かのと、からし」で鋭い刃物を描いた象形文字で、刃物でぴりっと刺す事を示す。転じて刺すような痛い感じの意。「辛労、辛気、辛苦、辛抱、辛烈、辛勤、辛酸、」など。辛は薪の原字とも云われる。(藤堂明保著学研漢和大事典より)。収穫の喜びであると共その労働は辛い事を顕わすとも云います。

 丑の文字は「ちゅう、うし、」十二支の二番目、時刻では今の午前2時、及びその前後2時間、方角では北北東、動物では牛に当てる。丑はつかむの原字。手の先を曲げてつかむ形を描いた象形文字。すぼめ引き締める意を含み紐(しめひも、しめてひねる)などの音符となる。手・守と同系の言葉。(藤堂明保著学研漢和大事典より)。手がひどく曲がった姿を示す、植物が地下でなお屈曲して伸びかねている時期を顕わすともあります。

 この様な文字から判断すると辛丑の年は「痛みを伴うつらい事があちこちに起こり得ると同時に、その中から新たな芽生えの息吹が起る年」である様です。コロナが終息できても、そのまま元に戻れるとは言い難い、コロナが猛威を奮っていても新しい事に挑戦していく心構えと実行を要求されているのだと思えて仕方がありません。

2、丑(牛)の諺
 1、丑申高に巳豊年(丑申の年は不作で巳は豊作)
 2、丑の刻参り(午前二時頃のお参り)
 3、草木も眠る丑三つ時
 4、牛売って馬を買う(優れた方に乗り替える事)
 5、牛に引かれて善光寺詣り(偶然善い方に導かれること)
 6、牛の歩み(進み具合が遅い)
 7、牛も千里馬も千里(遅速は有っても結局は同じ所に到達すること)
 8、牛飲馬食(大食い)
 9、牛耳を執る(成り行きを支配する)
10、牛刀を以って鶏を割く(大袈裟な手段を用いること)
11、鶏口となるも牛後となる勿れ(大きなものに随うより小さなものでも頭になった方が良い)

3、丑を詠んだ俳句
  喰ふて寝て牛にならばや桃の花 蕪村
  春風や牛にひかれて善光寺   一茶

  現代俳句には幾つもある様ですが、古いものはこれのみと致します。

4、丑(牛)を祀ってある神社
 菅原道真を祀ってある神社には牛も祀られています。
 湯島天神(東京)
 北野天満宮(京都)
 大宰府天満宮(福岡)
 防府天満宮(山口)
 道明寺天満宮(大阪)などが有名です。

5、辛丑の有名人のうち還暦を迎えられる方々。
 柳葉敏郎・中井貴一・賀来千香子・田原俊彦・藤あや子・松原のぶえ・渡辺徹・哀川翔・三谷幸喜の方々。

6、辛丑の過去
 1961年昭和36年 第二次池田隼人内閣
  貿易自由化、重工業関係300品目
  所得倍増計画初年度
  第二次防衛計画(ミサイル装備強化)
  第二室戸台風

 1901年明治34年 第四次伊藤博文内閣
    伊藤博文日露協定交渉開始
  福沢諭吉没

 1841年天保12年 仁孝天皇 徳川家慶将軍
  幕府天保の改革始まる
  幕府奢侈禁止令

 1781年天明4年 光格天皇 徳川家治将軍
  この春疫病流行

 1721年享保6年 中御門天皇 徳川吉宗将軍
  評定所門前に目安箱設置
  信州浅間山噴火

 1661年寛文4年 後西天皇 徳川家綱将軍
  京都大火禁裏炎上

 1601年慶長6年 後陽成天皇 
  家康大阪城より伏見城に移る
  上杉景勝120万石を米沢30万国に移す

 1541年天文10年 後奈良天皇 足利義晴将軍
     北条氏綱と今川氏輝、甲斐に武田信虎を破る

 1481年文明13年 後土御門天皇 足利義久将軍
  一休宗純没

 1421年応永28年 称光天皇 足利義持
  鎌倉円覚寺火災 飢饉疫病流行

 1361年南朝正平16年 後村上天皇 足利義詮将軍

 1301年正安3年 後二条天皇 執権北条師時
  鎌倉大火

 1241年仁治2年 四条天皇 執権北条泰時
  藤原定家没

 1181年養和元年 安徳天皇 
  平重衡、源頼朝追討 
  義仲越前で通盛を破る

 1121年保安2年 鳥羽天皇

 1061年康平4年 後冷泉天皇

 1001年長保3年 一条天皇
  この頃枕草子なる

 941年天慶4年 朱雀天皇
  海賊の横行
 881年元慶5年 陽成天皇

 以下略す

7、2021年令和3年を夢見て
 新型コロナなどは、前からあるインフルエンザより感染率も死亡者数も低い、マスコミや政府が騒ぐばかりだ、その証拠は若者の感染率も重症化も低い。などと、責任の無い誰かがインターネット上で配信したのを真に受けて、現状対策について否定的な事を云っている人もいる。
 Go to travelよしとして、観光地に密集してこの暮れも正月も所によって若者があふれていた。何の事は無い、暮れから正月を過ぎても相変わらず「感染者数過去最高」の印が一向に消えて来ない。死亡者数も増え続けている。
 テレビなどの公共放送が流す事と、インターネット上に流される事にギャップがあって、自分に都合の良い方を人は取るのは当然なので、テレビの報道は無視して都合の良い方に偏っていくのは、自然の理でしょう。特に若者の様にテレビよりネットの方が優先なのはやむなしです。
 しかし実態は悪化を止めてはいない。

 夢に見るのは、何故日本でコロナのワクチンや治療薬が開発されてこないのだろう、日本製を打ってもらいたい。それほど日本の医療は貧困なのだろうかと悪夢を見ています。

 大学は教育の場で研究開発を主としない。医療薬の会社は決められた調合の薬を作って稼ぐだけ。コストのかかる研究開発などやってられない。医療現場は経験値で治療するだけ。いやそんな事は無い現場はあらゆる知識や情報を駆使して日夜頑張っていると叱られ、「お前がコロナに懸ったら門前払いしてやる」と云われそうです。放り出されればミツヒラに接触したクラスターが出てしまう。
 コロナから垣間見えるどこか変な日本。もう一度根本的な処を見直さないと、どんどん世界から後れを取るだろうな。そんな夢を見ています。 

 地球上で生きる人類一人一人は、国境も、権力者の囲い者でも無い。他国からつまはじきされる理由も無い。特定の権力者に依る国と云う囲いの為に、不利益を受けるなど、あっていいわけはない。今いる場所で自分の力量に応じて平等に生きる権利を与えられているはずなのに。

 

 

  
   

 

 

 

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月之抄を読む11、習之目録之事11の45水後之心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の45水後之心持之事

11の45水後之心持之事
云、是は水月の場を取らば、後ろ広く寛ぎの有る様に取べし。取直しなどする時の為也。立相急なる時、又は狭き処などにて此の心持よし。詰まらば寛げよと云も同じ也。心持色々あるべし。
亡父の録に此の儀これ無し。
亦云、詰まらば寛げよと云は、狭き処にては早く場を取り、後寛げよ也。
云、当たるを許さずと云う心持も、立相になり場を早く取り見れば、片手太刀などにては、とづく(とどく)もの也。
当たらばまづちゃくと打ちて退べし、許すまじき也。水へ入らずして勝気持也。必勝能きもの也。

 この書き出しには、主語が抜けています。誰の教えなのか不明ですが、此処までの項目では老父もしくは父で宗矩の教えでした。
 是は水月の場(敵との間を取る)を取るならば、後ろを広く寛げる様に取るべきである。状況によっては場の取り直しもあるかもしれない為である。敵との立合いが急に起ったならば、狭い所ではこの心持が良いのである。敵との間が詰まるならば寛げよと云うのも同じ事である。心持ち色々あると思うものである。

 亡父の録に此の事は特に記載されていない。

 亦云、敵との間が詰まっているならば、寛げよと云う。是は狭い処では、敵より早く場を取り、後で寛げと云うのである、是では聊か可笑しいものです。寛ぐのは我後ろで無ければ狭い処では難しそうです。敵に大した前では無く後を寛ぐことが出来る場取りの方が、「後ろ広く寛ぎのある様に取るべし」に成でしょう。
 場を取って、敵の打込みを許さないと云う、然し立ち合いともなり、急いで我水月の場取りをしても、片手太刀ならば間を越さず共当たるものである。
 当たる場取りであるならば、まず、ちゃく打込んで直に後ろへ退くべきである。敵の打込みを許さない事である。水月の間に踏み込まずに勝気持である。必らず勝てる能きものである。
 
  ここでは、場取りの際後ろが寛げる位置に着く事。それによっても得られる水月に踏み込まずに勝つ教えと云う事でしょう。

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2021年1月 6日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の44水月之かゝへと云心持之事

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11、習之目録之事
11の44水月之かゝへと云心持之事

11の44水月のかゝへと云心持之事
父云、敵より懸る時は水(水月)をかゝへて、待の内より見る心持也。
亡父の録に理なし。
亦云、是は打にても、待にても、懸るにも、前かたにひかえたる心をかゝゆると云う也ともあり。

 父云、敵より水月を越して懸る時は、「敵より水を取たらば、我取りたるにも同前」であるので、その場で、敵の仕懸けを待の内より見る心持である。仕掛けられて、負けてはならじと突き進んだり、怖気て退いたりせずに、敵の動きを見て色に就き色に随うと云う事でしょう。

 亡父の録に理なし。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」には前項でも紹介したように「水月・付位をぬすむ事 心法は形無く、十方に通貫す、水中の月鏡裏の象」と記載しています。水月に敵に先んじられた時は「位をぬすむ事」と明瞭です。
「心法は形無く」と云って敵の色をよく見て、「十方に通貫す」どの様な動きにも応じる事を語っている、と思います。
 更に、石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「水月活人刀之事」で明らかに、敵の動きに随って勝つ「活人刀」のありようを伝えています。然しそれ等は目録の表題のみで解説が口伝と云う事ですから、十兵衛の云う「亡父の録に理なし」は柳生新陰流を相伝出来なかった宗矩の子としては、当然の言葉だったかも知れません。

 亦云、是は打つにしても、待つにしても、懸るにしても、「前かたにひかえたる心」を「かかゆる」と云う。のですが解ったようで判らない文章です。「前かた」とはで「前方・前肩」と迷い、「ひかえたる心」と「心をかゝゆる」とはと、十兵衛の迷いに誘われてしまいます。
 何れにしても、父云、「敵より懸る時は水をかゝへて、待の内より見る心持」が新陰流の極意なのですから懸かり待つ心により敵の色に就き色に随う事が出来なければ、解る筈もないでしょう。

 

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2021年1月 5日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の43水月之活人刀之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の43水月之活人刀之事

11の43水月之活人刀之事
父云、水月は右同じ殺人刀活人剣と云う事あり。他の流には下段の太刀を殺人刀と云う。新陰には下段の太刀を活人剣と云う。当流には構えたる太刀を殺人刀と云う。構えたる太刀を皆々残らず截断して、構の無き処を構えとして活人剣と用るにより、生る処活人剣なり。
亡父の録には水月の活人刀之事也と書せるなり。
亦云、水の場まで寄りては、如何様にせんもかつべきも、打つべきも、我がまゝに成る心持なれば、扨こそ活人剣と活きたる心持なり。至極面白き心持也。
亦云、水の内へ入らずして活人剣の太刀にて、序を切り掛け勝べしとも書せる。

 父云、水月は前項の様に「敵の身の丈我身の丈三尺の習いの如く積る也」とする間積りである。そこに殺人刀と活人剣と云う事がある。
 他流では下段の太刀を殺人刀と云う。
 新陰流では下段の太刀は活人剣と云う。当流には構える太刀は殺人刀と云う。構える太刀を皆残らず切り捨てて、構えの無い構えとして下段の太刀を活人剣として用いる、それにより生きる処から活人剣である。

 亡父の録には水月の活人刀之事也と目録には書いてある。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」では「水月・付位をぬすむ事」はありますが、「水月活人刀之事」は石舟斎による「没茲味手段口伝書」に有ります。没茲味手段口伝書も目録に有っても内容は口伝とされていますから、石舟斎に直に指導を受けられなかったであろう十兵衛には宗矩の教えが、夫れと成らざるを得ないでしょう。
 下段の構えは新陰流の無形の構え無きものですから、其処で懸かり待つ心持で敵の懸かりを促し、敵の仕懸けに随って勝ちを取る、宗矩の云う習いに替り無いでしょう。

 亦云、水月の場まで寄っては、どの様にしようと、勝も打つも、我が思いのまゝになる心持ちであるから、それでこそ活人剣であり、活きた太刀の心持ちである。至極面白い心持ちである。
 この事項の書きぶりは、聊か誤解を受けそうです。それは「如何様にせんも、勝べきも、我がまゝに成る心持」が先にあるのではなく、敵の「色に就き色に随う」習いによって「我がまゝに成る」、更にただ、無形で待のではなく、敵の仕懸けを促す待でなければならないのでしょう。

 恐らく、次の「水の内へ入らずして、活人剣の太刀にて、序を切り掛け勝べし」が懸待表裏の下心を暗示させているのでしょう。

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2021年1月 4日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の42水月を敵にとられて勝心持之事

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11、習之目録之事
11の42水月を敵にとられて勝心持之事

11の42水月を敵にとられて勝心持之事
父云、是は敵より水を取たらば、我取りたるも同前なり。直に仕掛けるべし。手字手利剣を敵に遣わせて勝と云うも同意也。
亡父の録には理なし。

 父云、是は敵が間を越して来たならば、それは我が間を越したも同じ事である。直に敵の色に就き色に随って仕懸けるべきものである。手字手利剣を敵に遣わせて勝と云う事とも同じ意味になる。
 石舟斎の目録には理は書かれていない。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」に、「水月活人刀之事」が記載されています。水月で待にある時、敵が水月を越して懸って来る、其処を敵の働きに随って勝つものである。ここでは活人剣に依る十文字勝が目に浮かびます。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」」にはこの敵の懸りに応じる「水月活人刀之事」が伝えられています。兵庫助は是を昔の習と云って否定していますが、その心は同じとも思えるし、やや違うとも思えます。
 兵庫助は「水月活人刀と云習は昔の教なり、悪し、重々口伝」で否定して、待つのではなく敵に思う処に懸って来いと誘い其れに随って勝つ心を伝えている様です。

 

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2021年1月 3日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の41水月之事付り其影之事・盗位心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の41水月之事付り其影之事・盗位心持之事
古語云く
心似水中月 形如鏡上影(心水中の月に似たり、形は鏡上の影の如し)
老父云、敵の身の丈我身の丈を、三尺の習の如く積る也。是迠は当たらす(ぬ)しるしなり。此の場を身足にて取り込み、知られざる様に水月の内へ取り込むを盗むと云う也。
水の内へなりては懸ん(けん・かからん)と打つべし。然るによりて、内へ入る事をうつりうつす(移り移す・写り写す・移り写す)と云う心持を専らとするなり。是一◯(円)に当たらざる処なり。
亡父の目録別儀なし。
亦云、敵により背高き低きあるべし。其の丈の程を場へ写し取る心持、其の影と云うなり。
亦云、うつりうつすと云うは、水に影をうつしうつす(移し写す)心をうつり(移り・写り)て見る処専ら也。

 水月についての考え方を解説している項目になりますが、ややこし言い回しです。
古語に云うには「心は水に写る月のようなもので、敵の形影を心の鏡に写しとる様なものである」と始めに述べています。ですから此処は敵の様子は我が心に写すのだと前置きしているのでしょう。

 老父云、敵の身の丈、我身の丈を夫々三尺の間積りの如く積もれば、この間の外に居るならば切られる事は無い印しである。此の場に身足で踏み込み知られない様に間境を越すのを位を盗むと云うのである。水月とは敵と我との間と宗矩は教えている事になります。
 間境を越したならば打ち懸るべきものである。然るにより、間を越す事を心に敵の仕懸けを写すや、身足を移すと云う心持を専らとするのである。三尺の間の外ではいずれでも当たらない間である。

 亡父石舟斎の目録には別儀なし、と云います。石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」には「水月付り位をぬすむ事 心法無影 通貫十方 水中月鏡裏像」と記載されています。単なる間合いを述べるばかりでは無く、心のあり様迄も水月を以て語っています。

 亦云、敵によって背丈の高弟が有るので其の丈がどれ程であるかを場に写し取って其の影により間積りをするのだ。と再び敵と我との間合いに戻されます。

 亦云、うつりうつす(写り移す)と云うのは、心に敵の仕掛けんとする影を写し取ったならば、その仕掛けに応じて我心を移す事。と云うのでしょう。
 月之抄は、大体宗矩の教えを基に紐解いていますが、十兵衛自身の思いは直接語られる事は中々見えないのですが、習いの項目の並べようなどでその心を読みとれば、見えて来ます。中には十兵衛の「朏門集」で十兵衛の言葉で語ってもいますが宗矩の解説の域は越していないと思われます。

 水月について兵庫助の「始終不捨書」では幾つか昔の教え悪しと云っています。
 「水月活人刀と云習は昔の教なり悪し口伝」
 「水月に懸り敵に向て勝つ位悪し是も昔の教也今の位有之口伝」
 「(水月の)前にて勝位善悪二つ有口伝」
 「水月三位之大事 草行真 右重々口伝有之」
 「水月前を待にして内に入れば先々の位好し重々口伝」

 

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2021年1月 2日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の40十二因縁

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の40十二因縁

11の40十二因縁
無明行識名色六入蝕受愛取有生老死自然と云う事。
自は自性、自は本体、然れば本体は処と云う心ぞ。自は天にも付かず、地にも付かず、独とり立たる物なり。自然は法性なり。草木は人も極まらずに出で来るは自然に似たると譬へたる心ぞ。
例えば其の人に逢いたきと思いたるに心為らず、約束もせざるに行き逢う時、自然に逢いたると云うは自然に似たると云う心ぞ。
魏々万住尊、秋水家々月、彼此の出家児、礼亦不可缺(ふかけつ)、三界唯心万法唯識、是に叶う歌
さびしさに宿をたちいでながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ

この十二因縁も読み下しのみとします。自然の法に興味のある方はご研究下さい。

 

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2021年1月 1日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の39天地之種子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の39天地之種子之事

11の39天地之種子之事
長文なので現代漢字及び読みを原文にあてて読み進めます。
父云、是の習、難しくして、言い訳難し。和尚に尋ね奉るべきよし也。予、この由を御物語に申せば沢庵大和尚の曰く、是は八識の理を知るべしさに書す。

麻 圓成性  欲知過去因
(ま えんじょうしょう かこのいんをしらんとほっせば)

縄 依他性  見其現在果(じょう よたしょう)(そのげんざいのかをみよ)
蛇 偏計性       (じゃ へんげしょう)

因 善悪の種を植る  欲知未来果   
(いん ぜんあくのたねをうえる みらいのかをしらんとほっせば) 

像 雨露也  見其現在因(しん うろなり)(そのげんざいのいんをみよ)
果 菓のなる処     (か このみのなるところ)

物の色を赤と見、白と見。初めの一念、眼・耳・鼻・舌・身・色・声・香・味・触、知るに付て、初めて起る一念なり。未だ分別生ぜざる時也。
暫らく有て分別が生じ、此の白き物は雪か梅かと分別する所、是意之を第六識と云。眼・耳・鼻・舌・身を前に五識と云う。意識を添えて第六識と云う。
さて雪ではない、梅ぞと決定したる所、是第七識と云う。已七識にて決定し終わって、胸に何も無くなる処を、第八識と云う。身は八識真如と云う。本分の白地なり。
已に本分の白地にして、一法一塵も無しと思へば、又時として彼の初一念の起りし白梅が忽然として胸に出る。是第八識に種子が残る故なり。
一切の善悪の業、此の八識に残りて、八識より出て生死流転するぞ。故に人死する時は、前の五識より死するなり。是を麁識(そしき、あらいしき)と云う。
次に六識の意絶す、次に七識より八識の宜しき処に入る。又輪廻に出る時は、八識より七識に出て、七識より六識の意が生じ五識出て五識より◯足して今日の人(我)なり。
七識、八識をば細識と云う。生ずる時は細より麁(そ、あらい)に出て、死する時は麁より細に入る。人死する時は眼・耳・鼻・舌・身より死する物也。是、識分の沙汰と云う。此の次てに(?)御物語面白さに書する也。

 天地之種子とは何かとの問いに、沢庵和尚が語ったのが此の偈なのでしょう。過去を知りたければ現在を見る、未来を知りたければこれも現在を見る事と云っています。
 胸に何も無くなって八識真如に至っても、善悪の種子の業八識に残り生死流転する。と云うのでしょう。
 是を新陰流の兵法と結び付け、「天地之種子」とは何ぞやは、さて・・。この一文をここに記載した十兵衛三厳の意図には興味はありますが、何れその時が来れば自ずと知れるかも知れません。

 

  

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