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2021年1月12日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の51水入之事付りうきしづむ心持

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の51水入之事付りうきしずむ心持

11の51水入之事付りうきしづむ心持
父云、水月より能く切られんと思う心にて水に入るなり、浮く也勝べきと思う心には、水に入らざるなり。沈むなり、心持深し。
亡父の録には水入之事付り浮かまんとすれば沈み、沈まんとすれば浮く心持重々口伝也と書。
亦云、水月の水と云により、場を越入所の心持也。例えば水心知らざる人の、水に浮かまんとすれば却って沈み、沈まんと思へば返りて浮くなり。浅き譬えなれども面白き心持也。水月の水に沈むと思うて切らるゝ心持、水入なり。

 父云、水月(間境)で切られる事は無いと思って、間を越すのであれば、水に浮くに違いない、勝に違いないと思う心であるならば、間を越して水(間合い)に入るべきではない。沈む(切られる)であろう。心持深いものである。

 亡父の録には、「水入之事付り、浮ぼうとすれば沈み、沈むまいとすれば浮く心持。重々口伝とするのである、と書かれている。
 この処は亡父石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「水入心持大事 口伝」に目録があります。水月を踏み越える大事な心持として、切ってやるぞと意気籠め場、却って切られる。水に身を任せる様に、敵の色に随って無心に斬り込めば勝と云う事でしょう。

 亦云、水月の水と云う譬えで間を越す習いの心持ちを述べているが、場を越して切り込む所の心持は、例えば、水の心を知らない人は水に浮かぼうとすれば却って沈み、沈まないと思へば返って浮く物である。浅い例えではあるが、面白い心持である。間境での切り込み入る心持、切られると思えば切られる心持。随ってここぞと云うに従って無心に切り込む、是を「水入」の習いと云う。のでしょう。
 なかなか味わい深い一節でした。

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