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2021年1月11日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の50勢々りと云事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の50勢々りと云事

11の50勢々りと云事
父云、身は表裏の心持也。水より前にて色々に仕掛て、手立てに花を咲かせ、なぶり立て敵に随い、又随わずしても、又油断の処、気の抜くる処多かるべし。水より前にて勝つ心持専也。
亡父の録にはセゝリと云事付けたり、水月を越さざる心持也と書るあり。
亦云、セゝリとは表裏の心持より序を切はくるしなし(苦し無し)と云々。

 原本は、「勢々り」と表題は書かれています。解説の文章では「セゝリ」で片仮名になります。広辞苑ではセゝリは「挵」の文字で、もてあそぶの読みになります。ここでの文字は当て字かも知れません。競る(せせる)とも違うよです。
 表裏は前にもありましたが、新陰流独特の語句の解釈の無いまま表現されても戸惑うばかりです。表裏とは「かくし、たばかる心也、偽りなり。心付かざる先を謀り候事、気前也。表裏は、気前の末なり。偽り却って実となる所専ら也。方便の道。武略。同意也」と云う分けです。

 父云、身は、敵を誘い出す謀り事をもって、水月(間境)の前で、敵に色々仕掛けて、作戦に花を咲かせ、なぶり立て、敵の動きに随い、又は随わない。其の様な表裏の仕掛けにも油断の処や、気の抜けている処も多いかも知れない。随って表裏の心持に依るのは、水月の手前で勝つ心持が好ましい。それをセゝリ(勢々り)と云う心持である、と云います。

 亡父の録にはセゝリと云事付けたり「水月「間境」を越えないで仕掛ける心持」と書いてあるのが有る。
 亦云、セゝリとは表裏の心持より序(はじめ)るのには問題はないと云々。

 

 

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