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2021年2月

2021年2月28日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の98位を定ると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の98位を定ると云心持之事

11の98位を定ると云心持之事
父云、先を取りたる心の定まりたる処を、位定むと云。例へば水月を立懸りたる処勝也。是からは敵を寛げも、開かせも、外させもせぬをと思う心は、位定まるべし。敵を伺う心の内を、位と云う。伺う心の止みたる処、定まりたる心持ち也。
亡父の録別儀なし。

 父云、先を取り、心が定まった処を位い定むと云うのである。例えば間を越して懸り勝ち、此れからは敵をほっとさせる事も、開かせも、逃げ出す事もさせない心は、位い定まるのである。敵を伺う心の内を位と云う。伺う心の止みたる処が、心の位定まりたる心持と云うのである。
 亡父の録に別儀は無い。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」には「水月付位をぬすむ事」で、敵の位を盗み、間を越して先々の先を取る事を習いとしています。或は「没茲味手段口伝書」の「真位詰号万法付積之大事」などで、宗矩の解説同様の心持を語っていると思われます。

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2021年2月27日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の97定拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の97定拍子之事

11の97定拍子之事
老父云、是は初一念也。初拍子也。拍子は息合いにあり。慎しむによって後拍子乗る弾む等と云う拍子逢いあるなり。打ち付くる処をば、程と云う心持に思い保ち居る処、拍子也。拍子は無拍子也。然るにより当流には、兵法に拍子という事無し。今に知らず、定まりたる処の勝は、只一拍子也。先・先と打つ処敵も一打、我も一打ならではならぬ也。是を定りたる拍子也。
亡父の録に別儀なし。
云う右に記したる如く。此の習いも定まる勝と云うべきに拍子と書るゝなり。斯様の心持を能く吟味せざれば心持ち心得難し。
* 
 老父云う、定拍子之事、是は初めの一念である。初拍子也。拍子は息合いにあり。慎むに依って後拍子、乗る、弾む等と云う、拍子逢いあるのである。
 打ち付くる処をば、程と云う心持に思い保ち居る処、拍子也。拍子は無拍子也。然るにより当流には、兵法に拍子と云う事は無い。今に知らず、定まりたる処の勝は、只一拍子である。先先と打つ処、敵も一打、我も一打でなくてはならない。是を定まりたる拍子である。
 亡父の録に別儀なし。
 云う、右に記したる如く、此の習いも定まる勝ちと云うべきであるのに、拍子と書かるゝのである。斯様の心持ちを能く吟味しないのならば心持ち心得るのは難しいであろう。

 定拍子の定義が見えて来ないのですが、老父の言い分を並べてみます。
 ・初めの一念に依る初め拍子
   ・程と云う心持(月之抄11の229:父云積りたる処の間、心に浮かみたる処を程と云う。打ち付けたる処も程と云う)
 ・無拍子
   ・当流の兵法に拍子と云う事なし
 ・今に知らず
   ・只一拍子
   ・先々と打つ処なのに、敵も一打我も一打ではならない、それで終わろうとするのは「定まりたる拍子」也

 云う(十兵衛)の解釈
 ・定まった勝と云うのが定拍子。
 ・定まる勝ちと書くべきであろう。
 
 宗矩は習っていないので知らない、当流には定まった拍子などは無い、無拍子が拍子。
 十兵衛は定まった勝ちと云うべきだったろう、と云っています。

 と云う事で、月之抄を読むの11の7で三拍子之事「越す拍子、合る拍子、付る拍子、此の三つ也、然処此三つならでは之無。」となります。 
 亡父石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「三拍子之事 1、越拍子 1、付拍子 1、当拍子」として、拍子は目録に記載されています。

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2021年2月26日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の96行間拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の96行間拍子之事

11の96行間拍子之事
是は、初め拍子に乗り、息を詰め弾み打つ拍子也。打ち初めと打ち納めとの間へ、打ち入る拍子也。
唱歌の心持にて打ちたる良きと、宗厳公仰せらる、しやうが(唱歌)に覚えたると弥三が物語せんなり。
老父は知らずと云へり。是は息の持ち様により、打つ味わい、云うにいわれざる処ある心を以て、息の間にある拍子と云う心を筆者の誤りにて斯く云へるか。但行間の事か、心得難し。古流には心に覚へたる処を言い訳予ねて、拍子調子また(又)乗りはつむ等と云う事にて、手には違いなる事時々多し。心余りて言葉足らざる心持、いずれの習いにもあり。但又わざと此の如くせしか。人の見ても習はざれば理り得難き心もあるべし。
惣別目録には、記さざれと教えの道なり。然れども老父は、習いを伝えんとせず、一心伝心を直伝として習う心持を云い述べられしなり。宗矩此のかたの儀也。

 行間拍子之事、是は敵が打たんとして、手利剣(手の内)に変化が現れ太刀が動き出す初めの拍子に乗り、息を詰めて打つ拍子である。打ち初めと打ち納めとの間へ、我は打ち入る拍子である。越す拍子とでも思えば良さそうです。
 唱歌の心持にて打つのが良い。「月之抄11の18唱歌之事:唱歌は息也。ヤッと声を掛ける心持にして、息を籠めれば浮き立って軽し。声を掛けるに依りて拍子合い、乗るもの也。我心に乗ったる拍子にて打心也」。その様に宗厳公が仰せられる。しやうに(そのように?)覚えたと弥三(弟子の事でしょう)が語った。

 老父宗矩は行間拍子は知らないと云う。宗矩は是は息の持ち様に依る、打つ時の味わいで云うに言われぬ処の心持ちか、息継ぎの間にある拍子と云う心を筆者(石舟斎か?)の誤りでこの様に云うのか。ただ行き間の拍子の事か、心得難し(よくわからない)。
 古流には心に覚えた事でも、どの様に言い表すのか解らずに、拍子、調子、また乗り弾むなどと云う事(連れ拍子、越す拍子か)にして、その手ほどきとは違う事が時々多いものである。心は充分であっても言葉足らずの事、どの様な習いにもあるものだ。
 但し、又、わざと意味不明の事をこの様に云うのか。人が見ても、実際に本人から習わないのであれば、その心得の理、得難き心もあるものである。
 惣別、目録には、その意味を記さず、伝書を授与する者に、直に口伝などで教えるのが道である。然し老父(石舟斎か)は習いを伝えようとせず、一心伝心(心一つにして心を伝える。以心伝心)を直伝として習う心持ちを云い述べられしなり。宗矩はこの方の儀である。

 最後の一節は、石舟斎が宗矩に直伝せずに終わった事を、宗矩が批判している、と思えるのですが、反面十兵衛に宗矩は直伝せずに自論を述べたに過ぎないと云うのか、面白い処です。
 

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2021年2月25日 (木)

月の抄を読む11、習之目録之事11の95迎拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の95連(迎)拍子之事

11の95連(迎)拍子之事
亡父の録にあり、理はなにともなし。
父云、敵と同じ様にする心也。相手の真似をして仕掛ければ、敵勝つべき様なきものなり。諸事に用いる心持也。至極に等しく成心持也。

 亡父の録に有る。解説は何も無い。
 この項目の表題は今村嘉雄著史料柳生新陰流では「迎拍子之事」とされています。此処は迎拍子なのか連拍子なのか頭の文字の崩しが読み取れません。
 まず、迎拍子として読んで見ます。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「むかへの事」が録に有ります。
   月之抄の11の73迎之事では「これ当流の心持大事也。先の先と云う仕掛是也。表裏の道を知らざれば成るまじきなり。互に習いを知り、先を待ち、みち、理に叶いて勝事を本意とす。それを仕掛けて我先と迎と云う」

 父云うでは、敵と同じ様にする心である。相手の真似をして仕掛ければ、敵勝つべき様(用)なきものである。諸事に用いる心持である。至極に同じとなる心持ちである。

 敵と同じ様に真似をして仕掛ける。といっています。迎之事は、敵が待で動かない時には此方から色を仕掛け、それに反応した敵の色に従って勝つ事を示しています。本来の「迎之事」の内の一つに、「相手と同じ真似をして仕掛ける」が有っても良さそうです。

 連拍子は石舟斎の新陰流截相口伝書亊の「太刀つれの事」「連拍子之事」と有ります。その心は敵の太刀に連れ随う事、又は我が太刀の動きに体を連れ随う事で、「敵の真似をする」のとは違います。

 この文字の判定は、手元の資料からは特定できません。保留とさせていただきます。

 

 

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2021年2月24日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の94拍子之有処を知事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の94拍子之有処を知事

11の94拍子之有処を知事
亡父の録にあり、理りは何ともなし。老父の云、有処は、心の付処なり。例えば見ても聞ても起こる心也。起こる心を西江水に入れば、其内より拍子出る也。是を拍子の有処と云なり。

 亡父石舟斎の録にある、説明書きは何も無い。
 老父の云うには、拍子の有る処は心の付け処である。たとえば見ても、聞いても起こる心である。起こる心を西江水(心を納むる所腰より下に心得るべし)に入れれば、その内から拍子が出るものである。是を拍子の有る処と云うのである。

 この、習いは拍子と云うのは何処にあるのかを示しています。拍子はこの瞬間何をするかを判断し実行するわけです。敵の状況を見て、敵が打込もうとする事を、脳で判断し、どの様に応じるか脳が指令を出して体が実行する。その様に思うのですが、その事は心が受け取り、起る心を西江水(下腹)に取り込んで反応するのだ、とでも云うのでしょう。確かに下腹に気が満ちていなければ、体全体に発する気は行き渡らず、上滑りした手打ちにしかならないものです。

 この辺りは、現代科学が証明できることなのかもしれません。

 

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2021年2月23日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の93乱拍子之事付たり乱るゝ心口伝

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の93乱拍子之事付たり乱るゝ心口伝

11の93乱拍子之事付たり乱るゝ心口伝
父云、上無き心持也。無上也。乱なる拍子は、取り定められぬ拍子也。定められぬにより勝処也。
拍子を乱して見れば、合わずして追う処、乱拍子と云う。乱るゝとは、乱して見よと云う心也。
拍子は無き也。拍子無くして拍子に逢う。是を乱拍子と云う。無拍子也。無拍子は心にあり拍子なり。常の拍子にあらず、常の拍子は乱拍子也。乱れて逢わぬ也。逢わずして逢う処の拍子は、根本無拍子なり。無拍子心拍子也。
亡父の録には乱拍子は乱るゝ心持、無拍子之口伝重々之在りと書る。

 父云う、乱拍子とは、上無き心持ちである。無上である。乱なる拍子は、取り定められない拍子である。定められないので勝つ処と成るのである。
 拍子を乱して見れば、拍子を合わせずに追う処となり、乱拍子と云う。乱るゝと云うのは、乱して見よと云う心である。
 拍子は無いのである、拍子が無いのに拍子に逢うので、是を乱拍子と云う。無拍子である。無拍子は心にあるもので、常の拍子とは違う。常の拍子は乱拍子なのである。乱れて逢わない、逢わずして逢う処の拍子は、根本は無拍子である。無拍子は心の拍子である。

 亡父石舟斎の録には乱拍子は乱るゝ心持、無拍子の口伝、重々これありと書かれている。石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「空拍子之事付抱三つ在之」及び「茂拍子之大事」の目録を指していると思われます。「茂拍子」は「無拍子」です。

 拍子には、石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」には「三拍子之事」が目録に有ります。それは「越す拍子の事・付ける拍子の事・当たる拍子の事」でした。月之抄の「打たれ打たれて勝事之事」は「新陰流截相口伝書亊」は「打而被打被打而勝事(打ちて打たれて打たれて勝事」と云う、敵の先を待って打つ、「色に就き色に随う」新陰流の活人剣の根幹をなす習いの一環でしょう。拍子については月之抄では、まだしばらく続きます。
 新陰流の勢法を稽古する時、形は様になっていても剣術としての「術」が決まらないにもかかわらず、形ばかり追い求めてもお粗末です。普段から拍子について心がけ、この拍子を考えて行きたいものです。
 初心者に「かたち」も出来ていないのに、出来るわけはないなどと云うのはおかしなことです。犬でもネコでも皆自然に危険に対処する事として行っている事の筈です。

 
 

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2021年2月22日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の92おとり拍子

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の92おとり拍子

11の92おとり拍子
父云、是は弾みて二度目の拍子を持ちて居る心持也。技をせんと思う前方に此の心持ち専ら也。
亡父の録に此の儀見えず。
*
 父云、是は、一度目の迎えの打ち込みで敵を誘い、敵が乗って来る処を再び打込んで思う様に敵を誘い、技を打ち出す。二度目の拍子を持つ心持ちである。技を打とうとする前に、此の心持ち大切である。
 亡父の録にこの儀見えない。

 「おとり拍子」の言葉に、この様な、一度目のおとりの誘い、二度目は我が打たんとする処に敵を誘い出す、と解釈して見ました。「おとり」に拘ったのですが「おとり拍子」ですから、右を打たんとして左を打つ、と云う事もあり得るでしょう。
 「お取り拍子」、「囮拍子」さて、この習いは、課題として稽古の中から探り出したいと思います。

 

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2021年2月21日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の91別拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の91別れ拍子之事

11の91別れ拍子之事
父云、是は捷径(しょうけい)の太刀の遣い様也。太刀を頭の上へ上ぐると身を下へ下がると一度に別ければ、拍子なくなる也。是、別れ拍子也。
亡父の録に別儀なし。
亦云、拍子に別れて見れば勝ち良きなり也。例えば敵の切るに心を移さず、別れて我身へ当たらざる惣躰にて、敵の打つを通し、打つに別れて見れば、勝、沢山なるもの也。

 父云、是は九箇之太刀の捷径の太刀遣い様である。太刀を上へ上げ敵の太刀を受けると同時に身を下へ下げる、一度に太刀と身を別けるならば、拍子無くなるのである。是、別れ拍子と云う。
 この九箇の太刀の5本目捷径の流祖の時代上泉信綱、柳生石舟斎の頃の使い方は、神戸金七編、赤羽根龍夫、赤羽根大介校正の「柳生の芸能」に依れば「捷径:身を低くしてかけ込み、介者(鎧武者)に向いてはホッテ(鎧の胴尻)の下を突く。高きは真眉廂下を突く。受ける時は両膝をえまし受けるとあり」と有ります。以下略します。此処では「太刀を頭の上へ上ぐると身を下へ下がると一度に別ければ、拍子無くなる」と云い、当たり拍子に敵の太刀を落とす、此の処を「拍子なくなる、別れ拍子」と表現しています。

 亡父の録に別儀なし。特にこの別れ拍子の目録は見いだせません。

 亦云、拍子に別れて見れば勝ち良いものである。例えば敵の切るに心を移さずに、太刀と身を別ける様にすれば敵の太刀は我身へ当たらない。敵の打つを受けて、打つに別れて見れば、勝ち道は沢山あるものである。柳生新陰流の勢法の中に成程此の事を習うものが幾つも見られます。
 他流の組太刀には見られない独特の技法は受け太刀もせずに、別れ拍子の勝は、理を知ると事が、自然です。
 

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2021年2月20日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の90打うたれうたれて勝習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の90打うたれうたれて勝習之事

11の90打うたれうたれて勝習之事
父云、是は、まづ〵切らん、打たんと思う心により、却って敵に切らるゝなり。敵に能く切られ、打たれんと思へ。敵切るにより、先を待ちて勝つ心也。切らるゝ処の勝ち也。打たんとすれば所作先立つにより、先を敵に取られ切らるゝ也。打ち別る故なり。打てば打たるゝ、打たるれば勝つと心得るべき也。諸事に面白き心也。
亡父の録に別儀なし。一首の歌を引きて
極楽へ行かんと思う心こそ地獄へ落つる始めなりけり
と云う古歌も取り、引き直し亡父の歌に
兵法に勝たんと思う心こそ仕合に負ける始めなりけり

 父云、是は、先ず〵切ろう、打とうと思う心に依って、却って敵に切られるのである。敵に能く切られ、打たれると思いなさい。敵が切って来るので、その先を待って勝つ心である。切られる処での勝ちなのである。打とうとすれば所作が先立つので、先を敵に取られ切られるのである。打ち別れる故である。打てば打たれる。打たれるならば勝と心得るべきなのである。諸々の事に面白い心得である。
 亡父の録に別儀は無い。
 一首歌を引きて

  極楽に行かんと思う心こそ
        地獄へ落つる始めなりけり

 と云う古歌も取り、引き直して亡父の歌に

  兵法に勝たんと思う心こそ
         試合に負ける始めなりけり
 

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2021年2月19日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の89あまるをかぶると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の89あまるをかぶると云心持之事

11の89余るを被ると云心持之事
父云、是は、打ち外し、切り損じ、などしては其のまゝあらんよりは、太刀をつむり(頭)の上へ上げ、我楯となして、入れ相べし。惣別仕損じては、残心の心持にても、何にても萬(よろず)取り合いすべき分別、心持、常に肝要也。
亡父の録に別儀なし。

 父云、是は、打ち外したり、切り損じなどして、その太刀のまゝで居るよりも、太刀を頭の上に上げ、我が楯となして、踏み込んで行くべきである。惣別、仕損じては、残心の心持であっても、何であっても、様々な取り合うべき分別、心持ちが常に大切である。
 亡父の録に別儀は無い。


 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「身位三重付残心之事」、「没茲味手段口伝書」の「三重五重之事」で口伝されているのですが、ここぞと切り込んだが敵に躱されたり、打ち懸けられたりしても、切り損じてもそこから切り返して続けて三重五重にでも打ち返していく事を残心と云うのです。
 月之抄を読む、の11の25「残心之事」で学んでいます。残心之事「文字顕わ也、三重も五重も心を残すべし。勝ちたりとも、打外したりとも、取りたりとも、引くにも掛かるにも、身にても、少しも目付に油断無く、心を残し置く事第一也。」
 恐らく、現代の居合や剣術の残心は「心を残し置く事」ばかりに焦点を当て、業の完了した締り位に考え指導される先生方がおられるかもしれません。
 見事に斬りおおせても、如何なる状況があるやもしれず、どの様な変化にも耐えられる残心は勿論のこと、状況次第での続け遣いこそ真之残心でしょう。
 その一つの例が宗矩の「太刀をつむりの上へ上げ、我が楯となして、入れ相べし」と云う分けです。

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2021年2月18日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の88不切不取と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の88不切不取と云心持之事

11の88不切不取と云心持之事
父云、惣別当流には、無心なり。心を至極と用いるに依り、一塵も無かれと云に、太刀にて切るべきと思うは、心の障りなり。塵也。無刀にして取るべしと思うは塵也。勝ちもせず負けもせず、只無事なる処至極の勝ち也。無事を切らんとせば、何れも敵の負け也。
亡父の録には、自由をせんには勝つ事を去りて、負けざる事を思へ。口伝大秘事とも書る。家康公御稽古の目録にも亡父の書と也。
云う、御夜話伺、公の折節兵法の御雑談に家光公御諚には、無心にては有心は何れも負け也。然れば木や灯や柱などの様なる無心のものに、兵法遣はゞ勝負は当たる処にあるべし。無心と無心は、一我なれば、行き相て当たる処に勝負の分つ処、無心にて有心の心也と云々。至極御仰尊し奉るなり。重ねて。
御諚に、此の心持にては座敷の上にて、鷹野、しし狩り、兵法、舟に乗り飛び上がらんも、合戦を呼ばんも、思い出る心に勝負分つもの也と云々。肝に銘ずる也。

 切らず取らずと云う心持ちについて、父云う、総じて当流の心持ちは無心である。心を至極とするによって、一塵もなかれと云うのであるのに、太刀にて切るべきであると思うのは心の障りであり塵である。無刀にて取るのだと云うのも塵である。
 勝もせず負けもせず、ただ無事である事が至極の勝ちなのである。無事を求める者を切ろうとするのは、何れも敵の負けなのである。

 亡父石舟斎の録には、自由でありたいと思うには、勝とうとする事を去り、負けざる事を思へと、口伝大秘事とも書かれている。家康公の御稽古の目録にも亡父の書いたものとされる。この録とは石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「没茲味観心 付其色其拍子敵の心を知る事口伝有之者也」でしょう。心を没する位、何の味わいも無い位、闘争心の無い位と云うのでしょう。

 云う、家光公の夜話に伺った折に、公の兵法の雑談で家光公の御諚(おおせ)には、「無心にては有心は何れも負け也。然れば木、灯、柱などの様な無心の物に、兵法を遣って見ても勝負は、我の当たる処にあるものだ。無心と無心は、一つのものであるから、互に行き合い、当たる処での勝ち負けが分れる、その処での無心に依る有心の心地と云うのであろう。至極御仰尊し奉るものであった。重ねて。
 家光公の御諚(おおせ)に、此の無心の心持ちで、座敷の上での、鷹狩り、猪狩り、兵法、舟に飛び上がるも、合戦も、思い出す心の中で勝負が分れるものであると、云々。肝に銘ずる処である。

 十兵衛の文章を忠実に辿って見ましたが、石舟斎の勝負に臨む没茲味之位を身に付ける事が当流の至極でしょう。其れに依り敵の心を観て、踏み込むものと解しておきます。日々の稽古無くしては結果は得られる訳も無いとしたらこれまた、お粗末でしょう。

 

 

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2021年2月17日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の87太刀に遣はるゝと云事付り遣はれよなり

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の87太刀に遣はるゝと云事付り遣はれよなり

11の87太刀に遣はるゝと云事付り遣はれよなり
父云、是は太刀を遣い打べきと思うは、太刀に遣はるゝ心也。太刀を遣はざるは打たざる心也る時は、我が太刀を遣う心也。是遣はれよなり。遣はざる心には、太刀を遣う心也。遣うべきと思う心は、太刀に遣はれたる心也。諸事に付面白き心持也。
亡父の録に見えず。

 太刀に遣われると云う事は、太刀に遣われよである。
 父云、是は、太刀を遣い打つべきと思うのは、太刀に遣われている事になる心である。太刀を遣わないのは打たない心である時は、我が太刀を遣う心である。太刀を遣わないと云う心は、太刀を遣う心である。遣うべきと思う心は、太刀に遣われたる心である。諸事に面白い心持ちである。

 この、文章から何を学ぶのかが見えて来ないのは、未熟だからでしょう。太刀を持って切り込むのは太刀に遣われていると云う。太刀を遣わなければ打たない積りかと云われてしまう。そこで、太刀を遣う心は太刀に遣われなさいと云う事で、太刀を遣うのではないのだと云うのです。
 太刀を打込む時は我が心が太刀を以て敵の拳を打たんとするのですが、打たんと手利剣が動けば、太刀が太刀の道を走り出します。途中で思うようには変化できないものです。太刀の動きやすい様に我が体を任せる方が良さそうです。せっかく太刀の道に乗った瞬間、肱をすくめたり、手首を伸ばしたり、、力んだり、太刀の邪魔ばかりしている、是では太刀を遣わず打たない事になりそうです。諸事面白いと笑われています。
 
 

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2021年2月16日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の86太刀一杯に打つと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の86太刀一杯に打つと云心持之事

11の86太刀一杯に打つと云心持之事
是は、腕迠太刀と云心也。我眼の下より、太刀先迠太刀に遣いなし、打つ心持太刀一杯の打也。是は助九より工夫の処也。目録に非ず。本末思うべからざるの心也。

 是は、腕迄も太刀と云う心持ちである。我が眼の下より、太刀先まで太刀として遣いこなし、打つ心持ちは太刀一杯の打ちである。是は助九による工夫に依るものである。父や、亡父の目録では無い。此の事は新陰流の本末として思うべきものでは無い。
 
 太刀一杯に十分使って打込む物で、腕をすくめたり、ダイコン切をしたり、手首で打ったりせずに、太刀一杯に打込めと云う習いを述べているのでしょう。
 この腕も太刀の内として使う事の良し悪しをのべているのですが。是は新陰流の弟子の中の「助九」の工夫によるものだとして、目録に無いもので、新陰流の所作として思うべきものでは無い、と云っています。
 敢えて、否定的な言い回しを付け加えるならば、他の云い様も有ったでしょうにと思うばかりです。

 

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2021年2月15日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の85うちに別ると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の85うちに別ると云心持之事

11の85うちに別ると云心持之事
父云、是は太刀を打つくる打に心を止めずして、心は残心と返して用いべし。打と心と別る心持也。打に心を取られじの儀なり。
亡父の録に別儀なし。
亦云、打つに別れ、身に別れ、気に別、心に別れ、一念に別、所作に別れよなど云事、何も同意也。

 父云、是は太刀を打ち付ける打つに心を止めずに、心は残心11の25残心之事「勝ちたりとも、引くにも掛かるにも、身にても、少しも目付に油断無く、心を残し置く事第一也、二つの目近く、急くまじき事。一を捨て二つに付くと云う心持ちも後太刀を思う心也。」として、返して用いるのである。打つと心を別にする心であり、打つ事に心を取られない事である。
 亡父の録に別の意義は見られない。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「身位三重付残心大事」
 同、「没茲味手段口伝書」の「三重五重の事」で再三語られています。
 亦云、打つに別れ、身に別れ、気に別れ、心に別れ、一念に別れ、所作に別れよと云う事である。何れも同意である。

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2021年2月14日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の84うつに別ると云心持事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の84うつに別ると云心持事

11の84うつに別ると云心持事
父云、発する処を見付け次第、早く打つ事肝要也。打つは手に非ず、心に打つにより、手に心無きを別ると云う也。
亡父の録に此の儀見えず。
例えば、打つにても、又は所作にても、心に問う処にても、着する処を打ちて落とし、打ちて落としたる心にも、是は捨てると、口伝あり。別る心持也。茲味多し。

 父云、敵の打ち出さんと発する処を見付け次第、早く打つ事は大事である。打つのは手では無く、心に打つ事で、手には心が無いので別ると云うのである。
 亡父の録には此の事は見られない。
 例えば、打つにしても、又は所作であっても、心に問う処であっても、目が着いた所を打ち落し、その打ち落した心にも、是を捨てると云う。口伝あり、打つ心を打てば直に、忘れて次の心の発する事に向かう事を、別る心持と云うのである。茲味多いものである。

 

 

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2021年2月13日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の83新目之習之事

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11、習之目録之事
11の83新目之習之事

11の83新目之習之事
父云、見詰めて程降るれば、暗く成りて思いのまゝに見え難きもの也。我が心の発する時の眼の心持専ら也。思い付きしたる気は悪し。捧心を見ん為也。
亡父の録に此の儀見へず。
亦云、此の心は、目を塞ぎいて見んと思う時、目の明、見る眼精を心得るべし。捧心を見んとしてまぶり詰めたるは暗くなるほどに、発せざる前に、捧心を思い、さのみ目には見ずして発する処にて見る心持。目を新しくする心持也。

 
父云、見詰めたまゝ、暫らくすると、目の前が暗くなって思うようには見えなくなるものである。我心の発する時の眼の心持ちが第一である。思い付いてする、気持ちは悪い、それは捧心を見ようとするためである。
 亡父の録には此の事は無い。
 亦云、この心は、目を閉じて見ようと思う時には、目は明るくなり、眼精に依って見ることを心得るべきである。捧心を見ようとして見つめてしまえば暗くなってしまう。心の発する前に、捧心を思い、そんなに見つめて見ないで発すると共に見る心持で、是が目を新しくする心持である。

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2021年2月12日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の82一尺虚空之懸之事

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11、習之目録之事
11の82一尺虚空之懸之事

11の82一尺虚空之懸之事
亡父の録に壱尺に虚空之懸之こと、捧心を待たざるにと書る。
父云、是は水月壱尺前、又は、太刀先一尺前にまで懸かりても、捧心見へざる時は、我方より動きて打つ心也。虚空に打ちて見れば捧心に逢う心也。壱尺よりは、虚空にて仕懸けるべし。則、迎と成る心持也。
亦云、仕掛けても、◯(新たに)仕掛けても一尺と詰まりたる処には、述べ難き勝ち有る心也。云うにも言われず、書くも及ばざる心持の勝口を虚空と云う。急に割りなき刹那の処の詰まりたる事を言わん為に一尺と云う心持もあり。

 亡父の録の「没茲味手段口伝書」に「虚空懸之事」と記されています。口伝ですから何処かに覚書があるのでしょう。教えは、文章から推測すれば、敵の懸らんとする事を事前に察知する捧心を待たないで、一尺程の虚なしい空の懸かり打込みをする事に依って捧心を得る、と云うのでしょう。

 父云、で解説されます。是は水月(斬り間)の一尺前、又は敵の太刀先一尺前までの処まで懸り待っても、敵の仕掛けんとする事が見へない時は、我が方より先に動いて打つ心である。当たらない虚空の打込みに依って捧心(心の発する処を見る心、空の内より是を見る事肝要)に逢うことが出来る事である。当たらざる手前一尺の処で、虚空に仕懸けるべきもので、それは、則、「迎」と成るのである。

 亦云う、は十兵衛の解説でしょう。仕懸て、新たに仕懸て一尺に詰まれば、述べ難い勝ちがあるもので、云うにも書くこともできない、勝口が見えて其れを虚空と云う。何としても見きれないまま、水月に至らんとする刹那の一尺手前で打ち込んで見よ、捧心に逢うと云う心持ちもあるでしょう。
 戻りますが、述べ難い勝ちとは何でしょう、一尺以内に詰まってしまった虚空の懸かりで、敵も乗って来て思わぬ勝を得られるのでしょうか。 
 亦、云うのも書く事も及ばない様な勝口を空打ちによって捧心を得る事も無く勝つのを虚空と云うのでしょうか。是もあるでしょうが、お粗末です。月之抄は十兵衛の集めた覚書のレベルを超えていませんので、往時の稽古に携わらない私には読み切れない事が多々あるのもやむなしです。


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2021年2月11日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の81心をうつすと云心持之事

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11、習之目録之事
11の81心をうつすと云心持之事

11の81心をうつすと云心持之事
父云、みつくる時身足を一度にかゝる事。
亡父の録に水月真之位付りうつす心と書る。
亦云、心をうつすとは他念なき処の捧心をみる心の内に他念なき心を、水に月のうつるがごとしと云也。
*
 父云、の「みつくる時」で、「はて」と閊えて、先に進めないのに「身足を一度に懸る事」と背中を押されている様です。此の項の題が「心をうつすと云心持之事」ですから、「敵の心を写し見て、ここぞと想う瞬間に、身足を一度に打ち懸る心持」かなと推測します。

 亡父石舟斎の録には、同様の目録の題は見当たりませんが、没茲味手段口伝書の「水入心持大事 口伝」や「五観之大事の水月之事」などは、この項の心持を語っているのでしょう。水月真之位は我に神妙剣に敵の神妙剣の心を写した時、その時だと云うのでしょう。

 亦云、は十兵衛の解釈でしょう。敵の心をうつすと云のは、我が他念無き心を捧げ、水のような空の心で写した敵の心と云うのである。

 澄み切った心、勝とう負けまい、こう打、ああしよう、さすれば敵は此の様に来るに違いない、などの様々な想いを、置いて「捧心」に成れよとの事でしょう。そして敵の色に随い色に就く。然しその奥には敵の心を計り知る手立てを求められてもいます。表裏、下作り、迎が絡んでもいます。人は日常の中で多かれ少なかれ、自然に求められ、自然にこなしている事でしょう。正面切って求められると「はてと閊えてしまう」未熟者です。

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2021年2月10日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の80うつらすると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の80うつらすると云心持之事

11の80うつらすると云心持之事
老父の録に此の儀見へず。
亡父の録にあり。我が下作り正しければ、敵、気を失いて、我に移る心持付り表裏迎に能。敵就く様に仕懸るをも移らする心持也、と書せるあり。
亦云、此の習は、仕懸ても仕懸ずしても、先を待つ心也。是は家康公御稽古の時分、亡父目録に此の如く書る也。其の以後録に見えざる也。

 「うつらする」は移らする・写らする、か、この習いの文字は「ウツラスルと云心持之事」と書かれ「ウツラスル」と片仮名で書かれています。意味は敵の思いが我心に観える事、敵の心が我心に移るでも、写るでも同様にとらえられると思えます。文字的には「移らする」はその場から移動すること、移るをイメージします。「写る」や「写らす」はその場にあったままの状態で、他の場所や物に写り込む事をイメージしてしまいます。敵の様子から、敵が仕懸け様とする事を、そのまま我心に「想い描く」事なのでしょう。写ったとばかりに自分かってな思い込みであってはならないものです。漢字を当てれば「写す」でしょう。心は敵の思いを我が心に「移す」でしょう。

 亡父石舟斎の録には、「没茲味手段口伝書」の「むかへの事」を読み直してみれば良いかも知れません。
 此処では月之抄の原文のままを載せておきます。
 11の73「迎之事:先の先と云う仕掛け是なり。表裏の道を知らざれば成るまじき也。互に習いを知り、先を待ち、道理に叶いて勝事本意とす。夫れを仕掛けて我先を迎と云う也。惣別表裏を専らとして、道理に叶う事肝要也。道理を知りても表裏を知らざれば成らざる也。表裏を知りても道理を知らざれば成るまじき也。仕懸ける処迎なり。空之位懸也。古語云く、眼は東南に為し、心は西北に有り。」

 我が下作り(諸事万事に下心分別して、油断無き心持ち也)正しければ、敵は、思う事を為すことが出来ず、我が表裏に乗せられてしまう。敵が我が色に就く様に仕懸けるのも、移らする心持ちでる。と書かせる有り。
 亦云う、この習いは、仕懸けても仕懸け無くとも、我が迎の先を出し敵の先を待つ心である。下作りを以って表裏を仕掛ける、将に活人剣の真髄でしょう。

 何度も云う様ですが、新陰流の兵法にはこの様な心得が残されています。江戸時代中期には、実戦はおろか、勢法の稽古も形を追うばかりで「かたち」の良し悪しばかりが取りざたされていたかもしれません。それではこれら月之抄の教えは何処にも残らないものです。只の棒振りの良し悪しを学ぶに過ぎません。目録など、話で聞くばかりで見る機会すら無い修行者も多かったろうと思います。
 現代はもっとひどいもので、DVDや勢法の手附で一通り勢法の順番や「かたち」を覚えた程度の者が、月之抄の教えすら見聞きしたことすら無いまま「一刀両断は・・」などと云っているわけです。新陰流の教えは自ら自得する以外に無いかも知れません。それは稽古の中でどのようにすれば得られるのか、稽古内容を自ら求めて行かなければならないでしょう。
 それ以前に、月之抄の原文を自ら読み解いて、それを勢法の「形」に当てはめて検証する日々も無ければ、誰かの誤った解釈の押付に随うばかりで「色に就き色に随う」など夢物語です。

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2021年2月 9日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の79真之捧心之事付り一尺二寸

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の79真之捧心之事付り一尺二寸

11の79真之捧心之事付り一尺二寸
老父云、昔は腕の肘の屈み目より拳迄を、一尺二寸に定め、此の間の捧心を見んと思へば見よき心持也。体、捧心は心の発する処なれば、夫れに限るべからず。
五体の内にて、動き働きの無き先に、敵の心の発する処を見付くる事、捧心の真之位なり。まづまづ四処の専らに心懸けるべし。敵の眼と足と身の内と一尺二寸と、此の四処にて知るゝもの也。心の行処へは、目をやりたく、掛らんと思へば足出るべし。心に思う筋あれば、身の振り常に替り見えるもの也。一尺二寸はもとより発する也。此の発する処、五体の内にていつくにても捧心と知るべし。
亡父の録に捧心之事付り一尺二寸口伝、気ざす(萌す)処に二つの心持ち有り。気のさすと心のさすとの替りある也。大事口伝と書せる有。

 真の捧心について、老父云う、昔は肘の屈み目より拳まで一尺二寸に定めて、この間の動き働きを見れば捧心は見よいのである。体に依る捧心は心の発する処のものであるから、それだけに限ったものでも無い、とやや否定的な物言いをして居ます。
 五体の内で、動き働く事の起る前に、敵が打とうとする、心の発する処を観る事を捧心の真之位と云うのである。その為には、先ず、四ケ所に第一に心懸けるのである。敵の眼と、足と、身の内と、一尺二寸(肘の屈みから拳まで)とである。この四ケ所に目を付ければ、敵の発する心が知れるのである。
 心の行かん(打たん)とする所へは、目を付けたくなるなり、掛ろうとすれば足が出る。心の思う筋があれば、身の振りは何時でも替るものである。一尺二寸は当然発するものである。この発する処、五体の内のいつ何処からでも知り得る捧心である。
 
 亡父石舟斎の録は「没茲味手段口伝書」の「五観之大事」に「真の捧心一尺二寸位大事」と有ります。「中々になを里ちかくなりにけり、あまりに山のおくをたづねて。 一仏成道観見法界 草木国土悉皆成仏」と書かれています。口伝による覚書でしょう「萌す処に二つの心持ち有り。気の指す、と心の指すとの替り有る也。」この見分けは、石舟斎に直に口伝されたとしても、容易な事でも無さそうです。常の稽古や試合の中から自ら「これ」と知るものかも知れません。

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2021年2月 8日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の78起醒之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の78起醒之事

11の78起醒之事
亡父の録にあり。是は拳を能く目付て起る時専也。終るゝを、醒と云う也と書る。
老父の録に此の儀なし。
亦云、何事も用うべき習い也。起こり醒めある処、我心にするべからず。用い考えべし

 亡父の録に「起醒之事」と題するものは見当たりません。起こり醒める事は、敵の拳に目付をして、敵の懸らんとする起こりの機を捉える事を第一とする。次の「終るゝを、醒めると云う也」を文章通りに捉えれば、敵の起りに応じて打出し勝負がつけば、醒める。とも取れるし、敵が「いざ」と、拳に動きが発せられた、その瞬間我は打込まんとしたが、敵の起こりが、消えてしまった。とも取れてしまいます。
 老父の録には此の事は語られていない、と云います。
 亦云う、は十兵衛の考えでしょう。敵の拳に目付をする習いは、何事も用いるべき習いである。然し、「起こり醒める」と云う、心持ちは我心には、あってはならない。その事はよく考えるべき事である。と云っています。

  起醒とは「起こり醒める」事と云います。敵の拳に目付をして、我の何処にどの様に打込まんとするかを知り、その起こりに先だって仕懸ければ敵の動きは変化するか、そのまま我に懸られて打ち負かされるでしょう。敵が表裏を仕掛けているならば、乗せられて打込めば、思うつぼとばかりに打ち込まれてしまいます。

 

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2021年2月 7日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の77三つ之習之事付り一去空構心

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の77三つ之習之事付り一去空構心

11の77三つ之習之事付り一去空構心
父云、一つに去る目付よりは、空之拍子早し、空よりは、又、捧心早き也。然る後に、一つの早き捧心を心懸けるにより、仕損じては、空に合うか、一去処へ合うか也。三つの内にては、只捧心一つを専とせよと云う心持也。
亡父の録に別儀なし。
是は、上中下三段也。上を思う心也、下は自ずから成る心也。目付の心次第次第に細かに見上げたる心持也。
* 
 この項目は新陰流独特の用語ですから、用語を紐解かなけれ何もわからない事と成るでしょう。
 ここで云う三つの習いとは、既に解説されている、「一に去る事・空之拍子之事・捧心之事」でしょう。
 一去は:11の70「一に去る」病気である「立相て敵の顔、敵の太刀を見たく、臆する心出る。この三つを去りて、手裏剣ばかりに心を付ける事。」手裏剣とは手の内を見ると云う心持と云う事です。手の内を見る事、手利剣の目付となります。
 空は:空之拍子「空の習は敵の動き初る心持を見知る習なり。迎を仕懸、敵思い付く所を空と云う。手利剣の起り初めなり。」
 捧心は:「心の発する所を見る心。見へざる先に心を付くるに依り見へると云う也。観より一見と見出したる捧心也。」

 父云、一に去る目付である手利剣(手の内)の目付に依って応じるよりは、空之拍子(敵の動き始める心持を見知るが習い)の方が早い。その空(空之拍子)よりは捧心の方が早いのである。然るに依って、一番早い「捧心」を心懸ける事で、仕損じても、「空」に合うか、「一去」に合うかである。此の三つの内では、心懸ける事は、「捧心」一つを第一とせよ。と云う心持ちである。
 亡父の録に別に意義は見られない。
 是は、上中下三段の構えに云えるもので、上を思う処によるのである。下は自ずから判るものである。目付の心持、段々に細かに見上げた心持ちに依るのである。

 この、解釈で充分だろうと思うのですが、問題はどのような心積りで「捧心」を身に付けられるかが、最大の難問でしょう。月之抄の文章上の解釈の良し悪しなどは議論の対象外、とさえ云えるところかもしれません。11の73「迎之事」及び11の74「捧心之仕掛と云心持之事」がその解答と云えるかもしれません。
 日頃の稽古で決まった相手と形を追うばかりの勢法の稽古では、とても身に就くわけは無さそうです。新陰流の「わざ」は「かたち」が出来ても「へいほう」にはなりそうもありません。
 この項のボードを叩きながら、人の生き様そのものを問われている様な思いに駆られています。

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2021年2月 6日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の76五観一見之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の76五観一見之事

11の76五観一見之事
亡父の録に五観一見之位。第一水月、第二其の道を塞ぐ風躰三寸に心之事、第三神妙剣之事、第四一尺虚空之懸之事、第五左足之位知る事。一見之事、捧心之目付と書かせるあり。
亦云、五観一見口伝、神妙剣事、水月付り太刀相三寸之事、歩風躰と書るも有。
父録は神妙剣、水月、身の懸り、左足、捧心。此の五つを五観一見の習と定るなり。此の五つの内より一見と見出したるは、捧心也。是秘事なり。一見を見る心持に色々多し。写す(移す)と云う心持あり。目と心と一度に掛ると云う心持也。
目を新しくすると云うは、見詰めたる目には、細かなる処は見へざるにより、新しき心持を用いる也。打に分るゝと云うも、捧心の一見を見ると、一度に手を分れて(別れて)打つ心なり。
没茲味の手段の内に心持有、打ち懸くる味に心を入、打の内に打つ有るも拍子と云う心の内に遣味よし。茂拍子も打たんと思う心持出で来る処、我方より仕懸け打つ心持也。
亦云、手利剣、水月、神妙剣、病気、此れ四つを一つに見て、一見と見る也。五つの内より一見と見るは、手利剣也。水月、神妙剣、身手足、此の四つは大躰に用いる也。観也。手利剣を見る為に、病気を去る事肝要也とも云うもあるなり。
云う、五観一見と云う心持は、習う所作身に受けくる処の惣躰は、五つにして、五つの内より見る心一つを専らとして一見と云う心持也。四つは観に用いる也。此の一見と見る心を指して是極一刀真実之無刀と云う。

 亡父の録(没茲味手段口伝書の五観之大事とある)に五観一見之位がある。第一は水月、第二其の道を塞ぐ風躰三寸に心の事、第三に神妙剣之事、第四に一尺虚空之懸之事、第五に左足之位、一見の事、捧心之目付と書かせるあり。
 没茲味手段口伝書の五観之大事には、第一水月之事、第二其道を塞ぐ風体之事、第三虚空懸之事、第四佐曾久(左足)積る位を知る事、第五神妙剣の順に五つあります。更に一見之大事、捧心、茂拍子、没茲味観心と続きます。
 
 亦云、については、どの様な目録なのか解りません。歩風体は、歩は左足之位、風躰は道を塞ぐ風躰なのでしょう。石舟斎の目録は解説が口伝と云う事ですので、口伝に依る理解不十分などで変化して何を言っているのか解らない事もあり得ます。

 父録は、神妙剣、水月、身の懸り、左足、捧心の五つ。是を五観一見の定めと云います。
 石舟斎は、水月、其の道を塞ぐ風躰三寸に心の事、神妙剣、一尺に虚空之懸、左足でした。同じ事を言っているのか、変えてしまったのか、双方を突き合わせる事も出来ますが、石舟斎は五観は五観で、一見は捧心と云い切っています。
 宗矩は其の五観の内から捧心を一見としています。

 亦云、は月之抄の作者柳生十兵衛三厳でしょう。手利剣、水月、神妙剣、病気の四つを一つとして見て五つとすると云うのです。その上で五つの内から一見とするのは手利剣と云うもので、石舟斎の捧心とは異なるもので手利剣は手の内です。

 最後の云う、は十兵衛の五観一見をまとめたつもりで述べているのでしょう。と云う事で、此の習いは、五観は水月(間合・間積)、風体(敵の太刀を塞ぐ道の構)、神妙剣(手の内)、虚空懸(虚空に打ち見る)、左足(間境を越す足)をよく見て、更に捧心(心眼)で観ろと云う処でしょう。その上で、更に居着かない心を以て、先々の先の心を養えと聞こえて来ます。
 

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2021年2月 5日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の75捧心の仕掛と云う心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の75捧心の仕掛と云う心持之事

11の75捧心の仕掛と云う心持之事
私に云く、是の習いは、敵と一躰と成る心持也。家光公仰せ聞かさる処也。無き処に心を付て仕掛、敵の心の起る兆しへ、我がこる(凝る)心を、乗らせるべき也。敵と我と一躰に成る心ゆへ、打つや見て、則、勝と成る心持也。至極向上成る儀也。

 私が云うには、捧心の仕掛と云う心持、是の習いは、敵と一体となる心持である。家光公が仰せ聞かさる処である。敵の見え無い処に、心を付けて仕掛け、敵の心の起る兆しを、我がここぞと云う心を乗らせるべきものである。敵と我と一体に成る心である故に、打つや、見て、則、勝となる心持である。至極向上なる儀である。

 この教えは、石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「虚空懸之事」に相当する習いであろうと思います。

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2021年2月 4日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の74迎之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の74迎之事

11の74迎之事
父云、これ当流の心持大事也。先の先と云う仕掛け是なり。表裏の道を知らざれば、成るまじき也。互に習を知り、先を待ちて、道理に叶いて勝事本意とす。夫れを仕掛ては我先を迎と云也。惣別表裏を専らとして、道理に叶う事肝要也。道理を知りても表裏を知らざれば成せず也。表裏を知りても道理を知らずは、成るまじき也。仕懸ける処、迎なり、空之仕懸なり。
古語に云く。
眼は東南に為し、心は西北に有り。
亦云、迎之心持付懸け、表裏気外也。敵の心をこる(凝る?)仕掛迎なりとも書もあり。

 父云、「迎之事」これ当流の心持の大事である。先の先と云う仕掛けが是である。表裏の道を知らなければ、迎之事は出来ないのである。互に兵法の習いを知り、先を待ち、道理に叶っているならば勝つ事は可能である。
 夫れを仕掛けるのであれば、それが我先を迎ると云うのである。惣別表裏を第一として、道理に叶う事(兵法の道理に叶うものであって、強い早いばかりの出鱈目な事では無い)肝要である。道理を知っていても表裏を知らざれば、迎之事は成る事は出来ない。仕懸ける処が迎である、空之仕懸けである。
 古語に云く。
 眼は東南を見て、心は西北に在る。是は表裏の仕懸けである。
 亦云、迎之心持は付け懸け、表裏、気外である。こる(敵の心を取り込み凝らす)仕掛けが迎であるとも書も有。

  この「迎之事」は石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「むかへ乃事」で口伝されています。

 表裏とは月之抄の此処まででも度々出て来る言葉です。「表裏は、隠し、謀る心也、。偽り也。心を飾る先を、謀り候事、気前也。表裏は気前の末なり。偽り却って実となる所専ら也。方便の道、武略同意也。」また「表裏も表裏として表裏ならず。表裏の内の表裏の心持専らなり。偽と見せて偽る心、実と見せて偽る心、実を実として偽る心、色々工夫の上にあるべし。」と、この位を覚えておきます。まだ先の項に解説されています。
 新陰流の面白いところです。稽古でも常にこの仕掛けは勢法の諸作に行われているのですが、「形」とばかりに「かたち」ばかりとやかく言うのでは、何も理解していない事と変わりません。「かたち」の真の意味を掴まなければ唯の、順番通りに振り回しっこするチャンバラごっこになってしまいそうです。

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2021年2月 3日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の73捧心之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の73捧心之事

11の73捧心之事
経文云く
真言不思議なり、観受すれば無明除く、一字に千里を含む、則身法如證、行行円寂に至る、去去て原初に入る、三界客舎の如し、一心是居らず
父云、是は心の発する処を見る心也。空の内より是を見る事肝要也。見へざる先に心を作るにより、見へると云うなり。見へざるにより、見んと思う心に依って能く成なり。此の目付は、思いのまゝに成らざるなり。然るとも是を心掛くれば、空の拍子一つに去る事、動き右の三つの段、目付残り無き処能く成るにより、此処を専らと心掛くるなり。心の発する処捧心一つに限らずあるべし。ここをきざさせん(萌ざさせん)が為に迎表裏を用いる也。観に至れば何事も見へぬと云う事なし。観より一見と見出したる捧心なり。
亡父の録には捧心の目付迎之事、逆目付之事と書せるあり。
抑(そもそも)此の習いは、亡父初瀬寺に祈請しけるに、きせんくんじゅ(貴賎群集)して金のをゝ取り合え奪い合い取るもの取る外すも幾数を知らず。つくずくと見て得心して、今此の捧心習とす。偏に観音の誓也と云々。習の心持は至極なり。見の目付也。至極の心持は見の目付に極まるにより、是を専らとする也。切らんと思う心出れば太刀の柄を握るもの也。握れば腕の筋張る也。張る処を見よ也。此の処見え難きもの也。見え難き処を是非見んと思へば、観に至ると云うは、目にて見ずして見る也。目を塞ぎて見る心也。心ん眼ん(心眼)と云うは観也。
見えぬ処は心眼にて見る也。是心空也。空を見るは心なり。心は空也。心空を見んと思へば、観に至る也。観に至れば無き処に心ある故に捧心見えると也。心をさゝぐる(捧ぐ)処なり。是捧心なり。思い染むる志を見んとせば、思い染めざる以前無き処を心掛けざれば見えざる也。
亡父の録に捧心目付空之拍子之事と書も有。
父の録に捧心之習之事、是は先々頂上なり。敵思い付けず一円に働きも無き処を、無理に仕懸けて打つべし。其の心持目付、見えぬものなり。見えぬ処を向上の目付と云う也。観見の心持は、観の文字の心持第一也と書る、是は、秀忠公御稽古も訓の録にあり。

 此の項は長文ですが解りやすい、習いですから全文を読み解いていきます。

捧心之事(ほうしんのこと・ささげるこころのこと)とは心を捧げる事、「ほうしん」と読むべきでしょう。捧げるの文字を棒と読み誤る様な行書で「捧げる・ささげる」は一般には「奉げる」ですから、棒心之事(ぼうしんのこと)と読み誤る事もあるでしょう。
 真言の経文は、興味のある方にお任せしておきます。
 又云、捧心とは、心の発する処を見る心である。空の内から是を見る事が肝要である。見へ無い先に心を付けるので、見えると云うのである。見へ無いので見ようと思う心に依って見やすくなるのである。この目付けは思いのままに見えるわけでは無い。然しこの見えないものを見ようと心がけるならば、空の拍子(中段・下段の太刀が切るために上る拍子)
、一つに去事(病気を去り手利剣一つにする事)、動き(働き出ざる前)、先の習いの項目の三つの段、目付に残る所無く能くなり、それにより、見えない処を見る事を第一に心がけるのである。
 心が外れる処捧心一つに限らずあるべきである。見えない処を萌させるために、迎(先々の仕掛け)表裏(武略)を用いるのである。
 観に至れば何事も見えないと云う事は無い。観より一見と見出した捧心である。亡父の録には捧心の目付迎之事、逆目付之事書せる有。
 抑(そもそも)この捧心の習いは亡父が初瀬寺に祈請した時に、きせんくんじゅ(貴賤群集)して、鐘の緒を、取り合い奪い合い、取る者や、取り外す者、幾数さえ知らない、つくづくと見て、得心して、今にこの捧心の習いとする。偏に観音への誓と云う。
 習いの心持は至極である。見の目付である。至極の心持は、見の目付に極まるに依って、是を第一とするのである。切ろうと思う心出れば、太刀の柄を握るものである。握れば腕の筋が張るのである。張るところを見ろと云うのである。此の処は見へ難いものである。見へ難いところを是非見ようと思へば、観に至ると云うのは、目にて見ずして、見るのである。目を塞いで見る心である。心眼と云う観である。見えた所は心眼にて見たのである。是は心空である。空を見るは心である。心は空である。心空を見様と思へば観に至るのである。観に至れば無き所に心ある故に捧心は見えるとなる。
 心を捧げる所である。是捧心である。思い染むる志を見ようとすれば、思い染めざる以前、無き所を見ようと心掛けなければ見えないのである。
 亡父の録に捧心之習之事、是は先々の頂上なり。敵が思い付かない一円に、働きも無い所を、無理に仕懸けて打つならば、其の心持の目付、見えぬものである。見えない所を向上の目付と云うのである。観見の心持は、観の字の心持第一であると書かれている。
 是は秀忠公御稽古の訓の録にある。

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2021年2月 2日 (火)

月之抄を読む11、習之心持之事11の72空之拍子之事

月之抄を読む
11、習之心持之事
11の72空之拍子之事

11の72空之拍子之事
父云、中段、下段の太刀上がらざれば切る事なし。さるにより、上る処へ拍子を用る也。上段の太刀何れも身を離れたる構え、上ぐる事成らざれば、下す一つ也。下す処は見へ難きもの也。是につき見へぬ先、現われざる先を心に付る専一なり。心に空也。空は見へぬ処なり。工夫専ら也。
亡父の録に別儀なし。
亦云、空と云うに、二つあり。虚空と心空の差別有り。本空、凡空とも云う。無私(無視?)なる処に心を付けよ也。至極なり。心は形も無く、色も無し、香も無し。見えぬ処を譬えて空也。目付、仕懸け、諸事万事動き働き出でざる前、無き処に心を付よ。心を指して空と知れば、無事なる処を空と知れ、現われたる処は空の末なり。
父云、空の習に敵の動き初める心持を見知る習いなり。迎えを仕懸け、敵思い付く処を空と云う。手利剣の起り初めなり。
又、青眼(正眼)の構えに付くと云う心持有。又上る処を勝を、空の拍子と云う。捧心よりは遅し、一に去るより早しなどと書るあり。
何れもこれは、秀忠公御稽古も時分の目録にあり。

父云、中段、下段の太刀は上に上げなければ切る事は出来ない。それによって、敵が中段或いは下段から斬り込まんとして太刀を上げる処へ拍子を用いるのである。上段の太刀は何れも、我身から離れた構えであるので、太刀を上げる事は無いので、下す事一つである。下す処は見えやすいものである。此の事によって見えない処、現われない処を、敵の心に付ける事が第一である。心を空にする、空は見えない処である、工夫第一の事である。

 亡父の録には別に意義は無い。

 亦云、空と云うのには二つある。虚空と心空の違いである、本空(心空)と凡空(虚空)とも云う。むし(無私)になっている処に心を付けよとの習いである。是は至極である。心は形も無く、色も無し、香も無しである。見えぬ処たとえて空と云うのである。
 目付、仕懸、諸事万事動き働き出る前、無き処に心を付けよと云う。心を指して空と知れば、何事もなき処を空と知るのである。現われて見える処は空の末である。

 父云、空の習いに、更に敵の動き初める心持を見て知る習いなのである。迎えを仕懸、敵の思い付く処を空と云う。手利剣(二星の裏)の起り初めである。
 亦、青眼の構えに付くと云う心持がある。又、敵太刀上る処を勝を、空の拍子と云う。是は捧心よりも遅く、一に去るより早い、などと書いてあるものも有る。
 いずれにしてもこれは、秀忠公の稽古の時分の目録にあり。

 この項は、解りにくい書き方ですが、項目ごとに熟読すればさして難しい事は無いのですが、敵の動作を見て判断は出来ても、何も起こりのない状況からも「無き処に心を付けよ」と云われてもそう簡単な事ではない、それには敵の目、敵の手利剣を見る目も養わなければ出来る事では無いでしょう。

 捧心及び迎については順次、月之抄で解説されてゆきます。

 

 

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2021年2月 1日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の71一に去る事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の71一に去る事

11の71一に去る事
父云、病気の内を動き一つに去れと云う事也。三つの病を去りて手利剣一つにせよと云う事也。是より細かに見上げたる心持有。
亡父の録に別儀なし。
亦云、習の数々を、思うも病なれば、何れも皆去て、一心一つに至る心持、一去真之位なり。此の至りより見れば、目付次第に細かに見なし上げて、空捧心となる処の目付、観の目付に至れば有の目付は見へ良き心持也。

 父云、病気の内にある動き、立ち合いて敵の顔を見る事・敵の太刀先を見る事・臆する心の三つを動き一つにして(全部)去れと云う事である。三つの病気を去り、「手利剣」一つにせよと云う事である。手利剣とは已月之抄で解説されていた「11の31十字手裏見之事」の「種利剣は手の内を見ると云う心持なり」手利剣とは手裏見で二星「敵のこぶし両の腕」これを左右二つを一つに見る、夫れと目付八寸の柄の動きを見る事。それにより「二星色も其の内にあると云う心」と云う事に成ります。
 是により細かに見上げた心持があると云って、敵の色が見えると云うのでしょう。
 
 亡父の録には、別の意味は見られない。

 亦云、これまでの習いの数々を、思う事も病気であるから、何れも皆去り、己の心一つになる心持、それが「一去真之位」なのである。此処に至るならば、目付次第に細かに観なし、空の捧心と成る目付、観の目付に至るのであり、有の目付は見え良き心持ちと成るのである。と云う事で「捧心」については次回以降に月之抄は解説しています。其れに随いましょう。

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