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2021年2月25日 (木)

月の抄を読む11、習之目録之事11の95迎拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の95連(迎)拍子之事

11の95連(迎)拍子之事
亡父の録にあり、理はなにともなし。
父云、敵と同じ様にする心也。相手の真似をして仕掛ければ、敵勝つべき様なきものなり。諸事に用いる心持也。至極に等しく成心持也。

 亡父の録に有る。解説は何も無い。
 この項目の表題は今村嘉雄著史料柳生新陰流では「迎拍子之事」とされています。此処は迎拍子なのか連拍子なのか頭の文字の崩しが読み取れません。
 まず、迎拍子として読んで見ます。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「むかへの事」が録に有ります。
   月之抄の11の73迎之事では「これ当流の心持大事也。先の先と云う仕掛是也。表裏の道を知らざれば成るまじきなり。互に習いを知り、先を待ち、みち、理に叶いて勝事を本意とす。それを仕掛けて我先と迎と云う」

 父云うでは、敵と同じ様にする心である。相手の真似をして仕掛ければ、敵勝つべき様(用)なきものである。諸事に用いる心持である。至極に同じとなる心持ちである。

 敵と同じ様に真似をして仕掛ける。といっています。迎之事は、敵が待で動かない時には此方から色を仕掛け、それに反応した敵の色に従って勝つ事を示しています。本来の「迎之事」の内の一つに、「相手と同じ真似をして仕掛ける」が有っても良さそうです。

 連拍子は石舟斎の新陰流截相口伝書亊の「太刀つれの事」「連拍子之事」と有ります。その心は敵の太刀に連れ随う事、又は我が太刀の動きに体を連れ随う事で、「敵の真似をする」のとは違います。

 この文字の判定は、手元の資料からは特定できません。保留とさせていただきます。

 

 

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